七十九話 狂信
暗い牢。
ぽたりぽたりと水滴だけが響く。
鉄格子の向こうから足音が近付いてくる。
カツ。
カツ。
現再だった。
木盆を地面へ置く。
湯気の立つ飯。
汁。
水。
「食え。」
ミコトは動かない。
「……なぜ?」
現再は鼻で笑う。
「お前を殺す気なら、ここへ連れては来ぬ。」
沈黙。
「わたしをどうするつもり。」
ミコトが睨む。
現再は少しだけ首を傾げた。
「上代だからだ。」
それだけだった。
「……上代だから。」
「分からなくていい。」
現再は角の置かれた祭壇へ目を向ける。
「その血が必要だ。」
「血……?」
「御身のために。」
ミコトは眉をひそめた。
「御身、御身って。」
「あなた、一体何を言ってるの。」
現再は静かに笑う。
「まだ眠っておられる。」
「だから、お迎えする。」
ミコトは言葉を失う。
この男は本気だ。
「酒呑童子を復活させる気?」
「復活ではない。」
現再は首を振る。
「お目覚めになるだけだ。」
「そんなことをして何になるの!」
初めて声を荒げるミコト。
現再は穏やかなままだった。
「何も。」
「……え?」
「御身がおられれば、それでいい。」
ミコトは理解できなかった。
「あなたはなにが目的なの?」
現再の表情が、ほんの少しだけ止まる。
「……。」
語らない。
「御身こそ、すべて。」
現再は盆を牢の中へ押し入れた。
「食え。」
「その時まで、生きていてもらう。」
踵を返す。
「待って!」
現再は止まらない。
「ソウが来る。」
足が止まる。
「……そうか。」
それだけ。
振り返らない。
「ならば。」
静かな声。
「天児は、この山へ納めよう。」
再び歩き出す。
足音が遠ざかる。
牢には静寂だけが残った。
ミコトは拳を握る。
「……。」
ミコトは祭壇に置かれた酒呑童子の角を見つめる。
「……あなたなの。」
小さく呟いた。
再び静寂が訪れる。




