七十三話 お役目
夜。
虫の声だけが聞こえる。
障子を叩く音。
「……ソウ。」
「うん。」
障子を開ける。
そこにはミコトが立っていた。
月明かりに照らされ。
どこか落ち着かない様子だった。
「少しだけ。」
「いいよ。」
二人で縁側へ腰掛ける。
静かな夜。
風が木々を揺らしていた。
少しだけ沈黙。
ミコトが口を開く。
「今日ね。」
「うん。」
「村のみんな。」
「ソウのこと、気に入ってた。」
「嬉しい。」
少し笑う。
また静かになる。
ミコトは膝の上で手を握った。
深呼吸。
「ソウ。」
「うん。」
「私と。」
一度だけ目を閉じる。
「結婚してください。」
「いいよ。」
それだけだった。
ミコトは目を丸くする。
「……え?」
「うん。」
「そんな簡単に?」
「初めて会った時。この人だって思った。」
ミコトは思わず笑ってしまう。
「やることおわったから?」
「うん、そうだね。」
二人で笑う。
しばらく笑って。
ミコトは静かに立ち上がった。
「ありがとう。」
そして。
「来て。」
◇
夜の山道。
月明かりだけが二人を照らす。
森は静かだった。
石段。
古い鳥居。
誰もいない社。
その奥。
小さな塚。
古墳のようにも見える。
そこに。
アキが立っていた。
「来ましたね。」
ソウは頭を下げる。
「こんばんは。」
アキは微笑んだ。
「こちらへ。」
◇
社の奥。
太い注連縄。
幾重にも貼られた札。
その中心。
黒く変色した一本の角。
ソウは足を止めた。
「……。」
空気が重い。
胸の奥がざわつく。
天穿も小さく震えた。
「これは。」
アキが静かに答える。
「酒呑童子の角です。」
「五百年ほど前。酒呑童子は討たれました。」
「ですが。最も彼岸の力を宿した角だけは滅びませんでした。」
静かな声。
「最たる鬼の角。」
「禍の根源になりかねない。」
ソウは角を見つめた。
黒い。
生きているようだった。
「だから。」
アキは角へ向き直る。
「封じました。」
「そして。」
「上代家が鎮めています。」
◇
「上代家当主は代々女性。」
「この角を鎮めること。」
「それが、お役目です。」
静かな夜。
虫の声すら聞こえない。
ミコトが一歩前へ出る。
「次は、私。」
ソウはゆっくりミコトを見る。
「ずっと。ここを守ってきたの?」
ミコトは頷く。
「うん。お母様も。お祖母様も。その前も。」
アキはソウを見る。
「それでも。この子と歩んでくださいますか。」
ソウは角を見る。
ミコトを見る。
アキを見る。
そして。
静かに頷いた。
「守ります。」
「ミコトも。」
「この家も。」
「ここで暮らす皆も。」
「俺にできることなら。」
アキは深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
ミコトは涙ぐみながら笑った。
「……ありがとう。」
◇
帰り道。
月が山を照らしていた。
しばらく二人で歩く。
静かな時間。
ソウがぽつりと呟く。
「もしかしたら。天穿が導いたのかな。」
ミコトは一瞬きょとんとした。
「え?」
「外道丸の刀。」
夜風が吹き抜ける。
天穿は何も語らず、ソウの腰に在った。




