七十一話 上代家
玄関。
「ようこそ。上代家へ。」
穏やかな女性が微笑む。
ソウは頭を下げた。
「お世話になります。」
兵介も慌てて頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします!」
とてとてとて。
廊下の奥から小さな足音が響く。
「……?」
兵介が振り向く。
小さな女の子。
黒髪のおかっぱ。
裸足のまま全力で駆けてくる。
「わらし。」
ミコトが笑う。
女の子はソウの前でぴたりと止まり。
じっと見上げた。
「こんにちは。」
ソウがしゃがむ。
わらしは何も言わない。
一歩。
また一歩。
近付く。
ぎゅ。
袖を掴んだ。
兵介が目を丸くする。
「ん?」
わらしはソウを見つめたまま。
小さく呟く。
「……すき。」
兵介が思わず叫ぶ。
「なにがあったの!?」
ソウは困ったように笑う。
「ありがとう。」
わらしは小さく頷いた。
それでも袖は離さない。
その様子を見ていたミコトが驚いた様に言う。
「珍しい。」
「なにが?」
「うん。わらし、人見知りだから。」
兵介はわらしを見る。
「全然そう見えねぇけども。」
◇
「おぉー。」
今度は廊下の向こうから、のんびりした声が聞こえた。
緑色の肌。
甲羅を背負った青年。
頭には皿。
兵介が固まる。
「……河童ぁ?!」
「河太郎だよぉ。」
河太郎は笑いながら近付いてくる。
まずミコトを見る。
「おかえりぃ。」
「ただいま。」
次にソウを見る。
「ふーん。」
ぐるりと一周。
眺める。
「なんか、いいねぇ。」
兵介。
「気に入られ過ぎだろ、ソウ。」
河太郎は笑う。
「よろしくねぇ。」
◇
お母様が優しく笑う。
「皆。お客様が困っていますよ。」
わらしは袖を掴んだまま。
河太郎は笑ったまま。
「困ってないねぇ?」
ソウは首を傾げる。
「うん。」
そのやり取りを見て。
お母様は小さく笑った。
「安心しました。皆に受け入れられたようですね。」
少しだけ間を置いて。
ソウへ微笑む。
「ようこそ。婿殿。」
ソウは普通に頷く。
「ありがとうございます。」
兵介。
「婿殿!?」
ミコト。
「お、お母様!」
顔を真っ赤にして俯く。
お母様は不思議そうに首を傾げた。
「違いましたか?」
ソウも首を傾げる。
「違うの?」
兵介。
「は!初手で求婚してた!?!?」
ムジナが肩の上で鼻を鳴らす。
「まあ今さらだろ。」
「俺が追い付かねぇっ!」
◇
廊下の奥。
ばたばたと数人の使用人がやってくる。
「ミコト様!」
「おかえりなさいませ!」
皆が頭を下げる。
そして。
一人がソウを見る。
「婿殿様。」
「お荷物はこちらへ。」
兵介は頭を抱えた。
「増えたぁ……。」
河太郎が笑う。
「お母様が言うならそうなんだよねぇ。」
わらしも頷く。
「……むこどの。」
兵介。
「覚えちゃった!」
ミコトは耳まで真っ赤だった。
◇
お母様が静かに一礼する。
「申し遅れました。 上代 アキと申します。この上代家を預かっております。」
ソウも頭を下げた。
「ソウです。よろしくお願いします。」
兵介も慌てて続く。
「井上兵介です!よろしくお願いします!」
アキは穏やかに微笑んだ。
「どうか肩の力を抜いてください。」
「この家は、人も妖も隔てなく迎える家です。皆さんも、もう家族ですから。」
ソウは少しだけ目を丸くした。
「……はい。」
その返事を聞いたわらしは。
ぎゅっと。
もう一度ソウの袖を握り直した。
河太郎は嬉しそうに笑う。
兵介は天井を見上げて呟く。
「……なんか、とんでもねぇ家に来ちまったな。」
ムジナは小さく笑った。
「いい所じゃねーか。」
遠くの空で、鳶が鳴いた。




