六十九話 奥州
朝。
奥州。
空気はさらに冷たくなっていた。
街道の脇には背の高い杉。
遠くには青い山並み。
兵介が大きく伸びをする。
「ここまで来たかぁ。」
ソウが笑う。
「あと少し。」
ミコトも静かに頷いた。
「うん。」
「いこう。」
ミコトはどこか嬉しそうだった。
◇
街道を歩く。
旅人とすれ違う。
馬を引く商人。
荷を背負った僧。
兵介が呟く。
「北の方まで来ると、人も少ねぇな。」
ソウも頷く。
「ここから先は山ばっかりだからね。」
ムジナが肩で欠伸をする。
「やっと静かになった。」
◇
昼。
小さな川。
橋は無い。
浅瀬を渡るしかないようだった。
兵介は勢いよく飛び越える。
「よっと。」
ムジナも軽く跳ぶ。
「ほい。」
ミコトは立ち止まった。
流れは緩やか。
それでも石は少し滑りそうだった。
ソウが振り返る。
何も言わず。
右手を差し出す。
ミコトはその手を見る。
少しだけ笑って。
「……うん。」
手を取る。
一歩。
また一歩。
無事に渡り終える。
ソウは自然に手を離した。
兵介は振り返る。
「……。」
ムジナが小さく笑う。
「ニヤニヤして気持ち悪いぞ。兵介。」
「いや。」
兵介は頭を掻く。
「なんでもねぇよ。」
軽やかに歩き出す。
◇
夕方。
丘の上。
遠く。
深い山々が見えた。
ミコトは静かに指を差す。
「あっち。」
ソウは目を細めた。
「遠野?」
「うん。」
兵介は景色を眺める。
「遠かったなぁ。」
「でも。」
ソウは笑う。
「あと少し。」
◇
夜。
焚き火。
火が静かに揺れていた。
兵介は大の字になって眠っている。
「ぐぅ……。」
ムジナも丸くなって寝息を立てていた。
静かな夜。
虫の声。
薪がぱちりと爆ぜる。
ソウは火を見つめていた。
隣ではミコトも座っている。
眠そうに。
「……寝てていいよ?」
「……うん。」
ソウの肩へ頭を預けた。
静かな寝息。
ソウは横を見る。
起こさない。
眉尻が少し下がる。
風が吹く。
前髪がミコトの顔へ掛かる。
ソウはそっと髪を耳へ掛けた。
ミコトは安心したように。
小さく笑った。
ソウも小さく笑う。
何も言わない。
焚き火へ薪を一本くべる。
火が少しだけ大きくなった。
その温もりに包まれながら。
遠野はすぐそこまで来ている。




