六十八話 信濃
朝。
信濃。
山々は深く。
冷たい風が頬を撫でる。
街道には旅人。
荷馬。
商人。
山の匂いが濃かった。
兵介は大きく息を吸う。
「空気はうめぇな。」
「ご飯もおいしい。」
ミコトが頷く。
「結局食い物か。」
兵介が笑う。
ムジナが肩の上で欠伸をする。
ソウは懐から地図を取り出す。
赤い印。
残るは二つ。
その一つは、この山の向こうだった。
「行こう。」
三人と一匹は山へ入っていった。
◇
昼。
森の奥。
酒蔵。
静まり返っている。
樽。
酒瓶。
誰もいない。
兵介が刀を抜く。
「……来るぞ。」
次の瞬間。
唸り声。
一角が一体。
二体。
三体。
四体。
五体。
一斉に飛び掛かってきた。
兵介が前へ出る。
「ここは俺だ!」
鬼が迫る。
刀が閃く。
一体。
二体。
三体。
息が上がる。
四体目。
肩を掠められる。
「ちっ!」
踏み込む。
斬る。
残る一体。
咆哮。
兵介は大きく息を吸い。
「おおおおおっ!」
最後の一太刀。
首が飛ぶ。
鬼は崩れ落ちた。
兵介は刀を肩で息をしながら。
「どうだ!」
ソウは笑う。
「強くなったね。」
兵介は鼻を擦る。
「誰と旅してると思ってんだ。」
ムジナが笑う。
「少しは様になってきた。」
兵介は照れ臭そうに笑った。
濃い気配。
酒蔵の奥。
重い足音。
ぎぃ。
扉が開く。
二本角。
双角。
兵介の笑顔が消えた。
「……まだいたか。」
ソウが静かに前へ出る。
「休んでて。」
兵介は何も言わず。
一歩だけ下がった。
双角が吠える。
踏み込む。
ソウも踏み込む。
一閃。
それだけだった。
首が落ちる。
黄色い光が舞い上がる。
静かに。
天穿へ吸い込まれていった。
ソウは刀を見つめる。
「……。」
ほんの少しだけ。
柄が温かい。
ムジナが横で笑う。
「戻ってきたか。」
ソウは頷く。
「少しだけね。全部使っちゃったから。」
兵介が首を傾げる。
「何の話だ?」
ソウは笑う。
「さあね。」
酒蔵へ火が放たれる。
煙が空へ昇っていく。
地図の赤い印が。
また一つ消えた。
◇
夜。
宿。
囲炉裏の火が静かに揺れていた。
兵介は包帯を巻き終え。
布団へ倒れ込む。
「いてて……。でも。」
少し笑う。
「俺もやれた。」
ソウも頷く。
「うん。」
ムジナは天穿を見つめる。
ソウは柄へ触れる。
「また集まってきてる。」
太郎坊の声が脳裏をよぎる。
『溜めるな。』
『喰わせろ。』
ソウは静かに刀を鞘へ納めた。
「……あぁ。」
囲炉裏の火が。
小さく揺れて。
ぱちんと弾けた。




