六十六話 近江
朝。
近江。
目の前いっぱいに水が広がっていた。
空を映す青。
風に揺れる波。
どこまでも続く湖。
兵介が固まる。
「……。」
次の瞬間。
「うおおおおおっ!!」
一目散に駆け出した。
湖畔まで走る。
勢いよくしゃがみ込み。
両手で水を掬う。
ごくり。
飲む。
「……。」
もう一口。
ごくり。
「ホントにしょっぱくねぇ!!」
ソウが吹き出した。
「湖だからね。」
兵介が振り返る。
「いや!こんだけ広けりゃ海だろ普通!」
ムジナが肩の上で鼻を鳴らす。
「はしゃぐなよ。」
「うるせぇ!」
兵介が睨む。
ミコトが湖を覗き込む。
「兵ちゃん。」
「なんだ。」
「魚も違う。」
「魚?」
ソウが笑う。
「海の魚じゃなくて川魚だよ。」
兵介は湖を見る。
「へぇ……。」
少しだけ感心した顔だった。
ムジナが笑う。
「一つ人間に近づいたなー?兵ちゃん。」
「お前、本当に腹立つな。」
風が水面を揺らす。
湖面がきらきら光る。
旅人達も足を止め。
景色を眺めていた。
「綺麗。」
ミコトが小さく呟く。
その手はソウの袖を摘まんでいた。
ソウも頷く。
「うん。」
しばらく。
誰も喋らなかった。
風の音だけが聞こえていた。
◇
昼。
湖畔の茶屋。
焼き鮎の香ばしい匂いが漂う。
兵介は串を一本持ち上げた。
一口。
「……うまっ!」
勢いよくかぶりつく。
「毎回うまいしか言ってねぇな。」
ムジナが笑う。
「うまいもんはうまい!」
ソウも鮎を口へ運ぶ。
「確かに。」
ミコトも頷く。
「おいしい。」
兵介が笑う。
「なー?」
「おいしい。」
「わかったよ!?」
ムジナが腹を抱える。
「ぶははは!」
穏やかな昼だった。
◇
食後。
ソウは懐から紙を取り出した。
源蔵から渡された道筋。
赤い印がいくつも付いている。
墨を取り出し。
二つ。
静かに線を引いた。
兵介が覗き込む。
「もう二つか。」
ソウは紙を畳む。
「うん。」
ここに至るまで一行は二つの酒造所を潰していた。
人が始めた災い。
終わりはまだ見えない。
◇
夕方。
街道を歩く。
兵介が空を見上げた。
「あとどれくらいだ?」
ソウは少し考える。
「まだまだじゃない?」
兵介はあっけらかんと。
「……そうだよな。」
ムジナが欠伸をした。
「旅なんてそんなもんだ。」
ミコトは前を見ていた。
風に髪が揺れる。
「でも。」
少しだけ笑う。
「楽しい。」
兵介が照れくさそうに頭を掻く。
「……まぁ。」
「そうだな。」
ソウも笑った。
「うん。」
三人と一匹は。
ゆっくりと北を目指して歩いていく。
空はどこまでも高かった。




