六十一話 影の向こう
夜。
酒蔵。
最後の一角が唸る。
瀬良は息を吐いた。
「……終わりだ。」
踏み込む。
小太刀が走る。
首が飛ぶ。
鬼は崩れ落ちた。
静寂。
風だけが吹く。
瀬良は膝へ手をつく。
「……っ。」
息が上がる。
肩から血が流れていた。
蔵の中も酷い有様だった。
樽は砕け。
壁は抉れ。
床には鬼の死骸が転がっている。
それでも。
酒蔵は残った。
村長が呆然と立ち尽くしていた。
「……本当に。」
掠れた声。
「全部、倒した……。」
その時だった。
山の向こう。
夜空を裂くような光が走る。
真っ直ぐ。
どこまでも。
天へ伸びる。
瀬良が目を見開く。
光はゆっくり振り下ろされ。
厚い雲を。
音もなく切り裂いた。
満月が姿を現す。
瀬良は乾いた笑いを漏らす。
「……は。」
力が抜ける。
「化け物め。」
そのまま意識を失った。
夜が明けた。
山の空気は静かだった。
瀬良は壁へ寄り掛かっていた。
包帯だらけ。
顔色も悪い。
それでも立っている。
「残党がこの村を襲うかもしれねぇ。」
静かな声だった。
「俺は残る。」
村長を見る。
酒蔵を見る。
「なるべく早く源蔵へ知らせてくれ。」
ソウは頷く。
「わかった。」
少しだけ間を置いて。
「瀬良も気を付けて。」
瀬良は手をひらひら振る。
「早く行け。」
それだけだった。
四人は山を下り始めた。
堺への道。
風が心地良い。
兵介が大きく伸びをした。
「しっかしよ。」
空を見上げる。
「あのすげぇ光、何だったんだ?」
ミコトは少しだけ考える。
「多分。」
静かな声。
「アマガツの、本当の力。」
兵介が首を傾げる。
「そんなもん使えるなら最初から使えよ。」
ソウは苦笑した。
「俺も初めてだったからね。」
ムジナは肩の上で欠伸をする。
「勝ったんだからいいじゃねぇか。」
興味なさそうだった。
少し歩いて。
兵介が聞く。
「でもよ。仇は討ったんだろ?
これからどうする。」
ソウは前を見る。
山道。
風。
「とりあえず。」
少し笑った。
「宵屋へ行こう。瀬良のこともあるし。」
誰も反対しなかった。
夕方。
宵屋。
煙草の煙が漂う。
源蔵は四人の姿を見るなり煙管を置いた。
「帰ったか。」
「うん。」
ソウは酒蔵で見たこと。
仙花。
王角。
すべて話した。
話を聞き終えた源蔵は静かに立ち上がる。
「そうか。」
短く頷く。
「すぐ人を向かわせる。」
源蔵は煙を吐いた。
「……だが。」
空気が変わる。
ソウが顔を上げる。
「だが?」
「お前ら。」
「これから千鬼衆に狙われると思え。」
兵介が固まる。
「は?」
源蔵は煙管を灰皿へ置いた。
「千鬼衆をどこまで知ってる。」
ソウが答える。
「赤松の残党。鬼を作る酒、仙花を使っている。」
源蔵は頷く。
「大体その通りだ。」
少しだけ黙る。
「だが。
連中の狙いはもっと大きい。」
兵介が眉をひそめる。
「なんだよ。」
源蔵は低く言った。
「鬼の軍勢を使って世を平定するつもりなんだとよ。」
静寂。
ミコトが小さく呟く。
「だから仙花を……。」
「ああ。」
源蔵は頷いた。
「そして。」
煙管を持ち直す。
「その千鬼衆をまとめてる男がいる。」
少しだけ目を細める。
「幽木現再。」
部屋が静まり返る。
ミコトが復唱した。
「……幽木、現再。」
源蔵はゆっくり煙を吐く。
「本名かどうかは知らねぇ。だが。
そう名乗ってる。」
煙がゆっくり天井へ昇っていった。




