六話 鼠
山道。
風が、木々を揺らしている。
一角が一体。
低く唸り、地面を蹴る。
速い。
だが――
ソウは一歩だけ動く。
間合いが消える。
刀が首筋をなぞる。
それだけで、首が落ちる。
音もなく。
土に還るように、静かに。
「……終わりだね。」
「今日は早いな。」
肩の上で、ムジナが言う。
「この間の群れ、何だったんだろうな。」
ソウは少し前の酒蔵を思い出す。
異常。
群れることなどないはずの鬼達が群れる。
まるで何かに引き寄せられるかのように。
いや。
「……あれは、集められたのかもしれないね。」
「……一角を集められることなんて出来るのかよ!?」
ソウは小さく息を吐いた。
「さあね。そこまではわからないな。」
ぼんやりほの暗い何かに見られている。
ソウは感じていた。
村に戻ると、また別の話が待っていた。
「……物が、減る?」
「ああ。」
村人が困った顔で頷く。
「食いもんとか、小銭とか……気づくとなくなってるんだ。」
「荒らされた様子は?」
「それが、ないんだよ。」
「盗み、じゃなさそうですね。」
「だから気味が悪くて……」
ソウは少しだけ考えた。
「見てみましょうか。」
夜。
風と、虫の音だけがある。
家の軒先で、ソウは腰を落としていた。
「……来るか?」
ムジナが尋ねる。
「来るだろうね。今夜は、朔月だ。」
小さな音。
かさ、と何かが動く。
視線を向ける。
いた。
小さな影。
ネズミほどの大きさ。
だが、普通のネズミではない。
目が、どこか違う。
動きも、少しだけ滑らかすぎる。
「……ああ、いるな。」
「やっぱり。」
それは何かをくわえていた。
小さな布袋。
器用に運んでいる。
「食ってないな。」
「ああ、運んでる。」
ソウはゆっくりと立ち上がった。
逃げない。
ただ、こちらを見る。
「何してるんだ。」
静かに声をかける。
少しだけ、間。
「……集めてる。」
小さな声だった。
「なんで。」
また、間。
「……なんか、落ち着く。」
それだけだった。
理由にもなっていない。
でも、それで十分だった。
「……そうか。」
ソウはそれ以上聞かない。
「どうすんだ?」
ムジナが言う。
「斬るか?」
「いや。」
ソウは首を振る。
「斬るほどじゃない。」
ネズミの妖怪は、また動き出す。
物をくわえて、闇の方へ消えていく。
「追うか?」
「ああ。」
少し離れた山の中。
木の根元。
そこに、小さな山ができていた。
小銭。
布。
食べ物。
ばらばらに、積まれている。
「……集めてるな。」
「言ってた通りだね。」
ネズミの妖怪が、その中に紛れた。
安心したように、動きを止める。
「ここならいいだろ。」
ソウが言う。
「村からは離れてる。」
「戻ってきたら?」
「その時は、また考えるよ。」
ムジナは肩の上で小さく笑った。
「適当だな。」
「そうだね。」
数日後。
「最近は減らなくなったよ。」
村人がほっとした顔で言う。
「助かった。」
「よかったです。」
ソウは軽く答える。
それ以上は言わない。
帰り道。
山の方から、風が吹いてきた。
「……なあ。」
ムジナが言う。
「ああ。」
ソウは空を見上げた。
何も変わらない空。
「ああいう変な奴もいるんだな。」
肩で鳴くムジナ。
ソウは笑って。
「お前が言うなよ。」
ムジナの怒声が鳴り響いた。




