五十七話 血と花と酒
瀬良は子供を背負ったまま宿へ駆け込んだ。
「誰かいるか!」
宿の奥から女が飛び出してくる。
子供の姿を見るなり、その場へ崩れ落ちた。
「一太……!」
涙声だった。
ミコトは静かに子供を寝かせる。
傷口を洗い。
薬草を潰し。
布へ染み込ませる。
部屋は静かだった。
やがて。
「……大丈夫。」
小さく呟く。
「峠は越えた。」
母親が何度も頭を下げる。
「ありがとうございます……。」
その時だった。
戸が静かに開く。
昼間会った老人。
村長だった。
眠る子供を見て。
深く息を吐く。
「……助かりましたか。」
「うん。」
ミコトが頷く。
村長はしばらく黙っていた。
瀬良が壁にもたれたまま口を開く。
「一つ聞く。」
村長は顔を上げる。
「赤い花。」
短い言葉。
村長の肩が僅かに震えた。
「……見つけられましたか。」
瀬良が続ける。
「鬼。」
「赤い花。」
「この村。」
「全部繋がってるんだろ。」
沈黙。
部屋には子供の寝息だけが聞こえる。
やがて。
村長は観念したように目を閉じた。
「……そうです。」
「もう。」
「隠しても意味はありません。」
静かに立ち上がる。
「ついて来てください。」
瀬良がミコトを見る。
ミコトは頷いた。
二人は村長の後を追う。
夜道。
提灯だけが足元を照らしている。
赤い花畑を抜ける。
風が吹くたび。
花が波のように揺れた。
村長は一度も振り返らない。
ぽつりと呟く。
「この村は。」
少し間を置く。
「ずっと前に終わっていたのかもしれません。」
山の奥。
木々の間から建物が見えた。
大きな蔵だった。
酒蔵。
村長は立ち止まる。
ゆっくりと戸へ手を掛けた。
「ここです。」
重い戸が軋む。
ギィ……
暗闇。
並ぶ樽。
天井から吊るされた。
無数の赤い花。
床には黒く乾いた染み。
ミコトが息を止める。
瀬良も眉をひそめた。
鼻を突く。
鉄のような臭い。
甘く発酵した酒の臭い。
そして。
赤い花の、むせ返るような香り。
三つの臭いが混じり合い。
蔵いっぱいに充満していた。




