五十三話 村
昼。
山道を抜ける。
風が止んだ。
目の前に、小さな村が広がっていた。
田畑。
藁葺きの家。
細い川。
煙が一筋、空へ昇っている。
どこにでもある。
山村だった。
「……普通だな。」
兵介が呟く。
「うん。」
ソウも頷いた。
ムジナだけが肩の上で鼻を鳴らす。
「なんか気持ち悪ぃ。」
村へ入る。
畑では老人が鍬を振っていた。
こちらを見る。
目が合う。
すぐ逸らされた。
誰も挨拶をしない。
誰も笑わない。
静かだった。
兵介が小声になる。
「歓迎されてねぇな。」
「違う。」
瀬良が答えた。
「あれは、怯えてる。」
その時だった。
一人の老人が近付いてくる。
白髪。
曲がった背。
深い皺。
「……旅のお方ですかな。」
穏やかな声だった。
「ええ。」
ソウが軽く頭を下げる。
「少し村を通らせてもらいます。」
老人は何度も頷いた。
「どうぞ、どうぞ。」
笑っている。
だが。
目だけは笑っていなかった。
「宿なら一軒ございます。」
「ありがとうございます。」
老人は踵を返す。
その背中を。
ソウはしばらく見ていた。
「どうした。」
兵介が聞く。
「……いや。」
言葉を飲み込む。
嫌な気配がした。
だが。
鬼ではない。
もっと。
曖昧な何かだった。
その頃。
ミコトは道端へしゃがみ込んでいた。
草を摘む。
一枚。
二枚。
そして。
手が止まる。
「……。」
一本だけ。
赤い花。
静かに摘み取る。
瀬良が覗き込んだ。
「何だ。」
「この辺りでは生えない花。」
短い返事。
瀬良の顔から笑みが消えた。
「どういうことだ。」
「うん。」
ミコトは辺りを見回した。
「植えてる。」
誰かが。
育てている。
風が吹く。
兵介は子供を見つけた。
七つくらい。
川辺に立っている。
「よう。」
手を振る。
子供は一瞬だけ兵介を見る。
次の瞬間。
走って逃げた。
家の中へ。
戸が閉まる。
兵介が頭を掻いた。
「俺、なんかした?」
誰も答えなかった。
夕方。
宿へ荷を置く。
窓の外。
日は傾き始めていた。
赤い光が村を染める。
静かだった。
静かすぎた。
鳥も鳴かない。
虫も鳴かない。
ムジナがぽつりと言う。
「やっぱり一匹もいねぇ。」
ソウは窓の外を見つめる。
「……夜になったら動こう。」
その一言に。
兵介も。
瀬良も。
ミコトも。
何も言わず頷いた。
村全体が。
何かを隠している。
そんな気がしていた。




