五十話 アマガツ
風が吹いていた。
戦いは終わった。
鬼の気配も、殺気も、もう残っていない。
残っているのは、荒れた山道と、傷付いた人々だけだった。
「……あれは何だったんだ。」
兵介がぽつりと言った。
ミコトは黙っていた。
やがて。
「鬼に堕ちるところだった。」
静かな声。
兵介が顔を上げる。
鬼に堕ちる。
その言葉で思い出す。
前聞いた話。
ソウの祖父。
鬼になった男。
「……。」
兵介は何も言えなかった。
ミコトが続ける。
「形代を持たないで鬼を倒したから。」
風が吹く。
地面には天穿が落ちていた。
兵介はそれを拾う。
次に。
気を失ったソウを見る。
大きく息を吐いた。
「重てぇんだよ。」
文句を言いながら背負い上げる。
ムジナが鼻を鳴らした。
「お前も十分でけぇだろ。」
「うるせぇ。」
そんなやり取りをしながら。
一行は歩き出した。
しばらくして。
「……ん。」
背中が動く。
兵介が笑った。
「起きたかよ。」
ソウがゆっくり目を開く。
頭が重い。
身体も重い。
だが動く。
「……ああ。」
兵介の背中から降りる。
「ありがとう。」
ソウは立ち上がる。
その瞬間。
ふらついた。
倒れそうになる。
横から手が伸びる。
ミコトだった。
「大丈夫?」
「たぶん。」
全然大丈夫そうには見えなかった。
ミコトはしばらくソウを見ていた。
やがて。
静かに言う。
「ソウ。」
「うん。」
「なぜアマガツを使わなかったの。」
ソウが首を傾げる。
「天穿なら弾き飛ばされたよ。」
「……。」
「というか。」
ソウが続ける。
「なんでミコトは天穿をアマガツって呼ぶの?」
ミコトが黙る。
珍しく。
すぐには答えなかった。
言葉を探しているというより。
言うべきか迷っているように見える。
風が吹く。
被り布が揺れる。
やがて。
ミコトは口を開いた。
「外道丸。」
「げどうまる?」
「昔いた人。」
静かな声。
「その人が使っていた刀。」
ソウの視線が天穿へ向く。
ミコトも続ける。
「鬼を斬ると、鬼を喰らう。」
「……。」
「持ち主を護る刀。」
兵介が眉をひそめた。
「形代みたいなもんか。」
「そう。」
ミコトは言う。
「本当かどうかは知らない。」
だが。
その金色の瞳は。
少しだけ天穿を見つめていた。
「昔の使い手は。」
風が吹く。
「それを使って。」
少しだけ懐かしそうに。
「天を穿ったとも言われている。」
沈黙。
兵介が天穿を見る。
次にソウを見る。
そして。
「……いや。」
首を傾げた。
「天穿って名前、そこからじゃねぇの?」
ソウも少し考えた。
「かもしれない。」
ミコトだけが笑わなかった。
ただ静かに。
天穿を見ていた。
まるで。
昔の知り合いを見るみたいに。
一行は堺に帰ってきた。
「皆様、大変お世話になりました。報酬の方は色を付けておきますので。」
徳兵衛がいう。
「徳兵衛さん、襲ってきた連中に心当たりはありますか?」
ソウが尋ねる。
「……おそらくあれは、千鬼衆かと。」
遠くで犬が吠えた。




