四十九話 崩壊の兆し
「ガアアアアアアアアッ!!」
双角未満が地面を砕く。
速い。
大木を薙ぎ倒しながら突っ込んでくる。
ソウは天穿を振るう。
火花。
衝撃。
腕が痺れる。
重い。
鬼が嗤う。
「ころス。」
爪が振り下ろされる。
避ける。
地面が爆ぜる。
土が舞う。
礫が飛ぶ。
「……っ。」
息を吐く。
強い。
今までの鬼とは違う。
鬼になりきれていない。
だからこそ歪だ。
理性と本能が混ざっている。
次の瞬間。
鬼が踏み込む。
速い。
ソウも前へ出る。
天穿。
一閃。
肩を斬る。
肉が裂ける。
だが。
止まらない。
鬼の拳が飛んでくる。
「っ!」
避けきれない。
天穿を盾にする。
衝撃。
吹き飛ばされる。
木に叩きつけられた。
肺の空気が抜ける。
鬼が笑う。
「よワい。」
「……。」
立ち上がる。
だが。
視界の端。
兵介達は見えない。
そちらへ行かせる訳にはいかなかった。
鬼が再び突っ込む。
天穿を構える。
振る。
弾かれる。
また振る。
弾かれる。
硬い。
その時。
鬼の腕が天穿を捉えた。
凄まじい力。
ぐい、と引かれる。
「っ!」
手が滑る。
天穿が飛んだ。
地面を転がる。
男が笑う。
「シね。」
踏み込んでくる。
速い。
間に合わない。
ソウも踏み込んだ。
拳。
顔面へ叩き込む。
鈍い音。
鬼がよろめく。
もう一発。
腹。
さらに。
肘。
膝。
拳。
拳。
拳。
骨が軋む。
血が飛ぶ。
鬼が吠えた。
腕を振るう。
肩が裂ける。
だが。
止まらない。
最後。
渾身の一撃。
顔面へ。
渦を描くように、叩き込む。
轟音。
鬼の頭が後ろへ弾け飛ぶ。
静寂。
風だけが吹く。
ソウは息を吐く。
終わった。
そう思った。
だが。
鬼の身体が崩れない。
ひび割れる。
黄色い光。
兵介が遠くで目を見開いた。
「なんだ……あれ。」
光。
光。
光。
まるで溢れ出すみたいに。
今まで見たどんな鬼より多い。
双角未満の身体から噴き出した光が、一斉にソウへ向かった。
避ける暇もない。
飲み込まれる。
腹の底へ落ちる。
その瞬間。
ソウの身体が震えた。
「……っ。」
膝をつく。
熱い。
腹の奥が焼ける。
呼吸が出来ない。
何かが流れ込んでくる。
憎しみ。
怒り。
恐怖。
殺意。
殺意。
殺意。
殺意。
知らない感情。
知らない記憶。
男達の断末魔。
鬼の声。
ぐちゃぐちゃになった何か。
全部。
全部。
流れ込んでくる。
「ぐ……っ。」
地面を掴む。
指が土へ食い込んだ。
兵介が駆け寄る。
「ソウ!?」
返事がない。
ソウが顔を上げる。
兵介が止まった。
目。
燃えるように。
赤く。
兵介の背筋が凍る。
「……おい。」
ソウ自身も混乱していた。
何かが溢れてくる。
暴れたい。
壊したい。
斬りたい。
殺したい。
そんな感情が。
胸の奥から。
湧き上がる。
その時だった。
「駄目。」
ミコトだった。
いつの間にか目の前に立っている。
金色の瞳。
静かな顔。
ソウが息を荒げる。
「……ミコ、ト。」
「動かないで。」
初めて聞く強い声だった。
ミコトは膝をつく。
そして。
そっと。
ソウの額へ手を置いた。
暖かい。
風が吹く。
金色の瞳が揺れる。
「還れ。」
小さな声。
それだけだった。
だが。
ソウの中で暴れていた何かが。
静かになっていく。
熱が引く。
赤が消える。
力が抜ける。
視界が暗くなる。
最後に見えたのは。
悲しそうな顔をしたミコトだった。
そして。
ソウは意識を失った。
地面に刺さった天穿が、僅かに傾いた。




