四十六話 護衛依頼
「すみませんねぇ、呼び出したりなんかして。」
鳴海屋。
帳場の奥。
帳簿の山。
香の匂い。
外からは、荷運び達の怒鳴り声が聞こえてくる。
徳兵衛が汗を拭きながら頭を下げた。
「いえいえ、宿でお世話になってますし。」
ソウが軽く手を振る。
「お気になさらず。」
徳兵衛は笑った。
「お代はちゃんと頂いておりますし。」
その顔は、いつもの柔らかい商人の顔だった。
「それで、どうしました?」
徳兵衛は声を少し落とす。
「実は、岸和田の町まで向かう用がございまして。」
帳簿を閉じる。
「そこで、お二人に護衛をお願いしたく。」
兵介が眉を上げた。
「護衛?」
「最近、ご存知の通り少々物騒でしてねぇ。」
徳兵衛は困ったように笑う。
「荷を狙う輩も増えました。」
ソウは頷く。
「わかりました。いつですか?」
「急なのですが。」
徳兵衛は指を折る。
「昼四つ頃には出ようかと。」
「では、それくらいにまた。」
「ええ。」
徳兵衛が笑う。
「お代は弾ませていただきますよ。」
外へ出る。
昼過ぎ。
堺はまだ騒がしかった。
潮の臭い。
焼き魚。
汗。
荷車が軋み、商人達が声を張り上げている。
兵介が肩を回した。
「護衛かぁ。」
「嫌?」
「いや。」
少し考える。
「“仕事してる感”あって好き。」
ムジナが肩の上で鼻を鳴らした。
「お前らほんと気楽だな。」
宿へ向かう途中。
「ソウ。」
ミコトだった。
薄い羽織。
旅装。
被り布。
「あと、兵ちゃん。」
「……兵ちゃんはやめろ?」
情けない顔をした兵介が反論する。
「どこ行くの?」
華麗にかわすミコト。
「岸和田まで、かな。」
「……岸和田。」
ミコト何かを考える。
「私も、行く。」
「なんでそうなる!?」
兵介は叫ぶ。
「岸和田の近く、薬になる草が生えてるから。」
「……危ないかもよ?代わりに採ってこようか?」
「植物の区別、つく?」
沈黙。
兵介がソウを見る。
ソウも止まる。
「……依頼主に聞いてみないと。」
鳴海屋へ戻る頃には、 空が赤く染まり始めていた。
荷車は二つ。
番頭達が縄を締め、荷を確認している。
徳兵衛はミコトを見た瞬間、 目を丸くした。
「ミコト様ではありませんか!!」
勢いよく頭を下げる。
ソウ達が事情を話すと、
「是非!!是非ご同行ください!!」
兵介が引いた。
「様?是非??」
徳兵衛は真顔だった。
「ミコト様の薬草知識は本物ですので。」
「はぁ……。」
兵介は納得してない顔をする。
荷車が動き出す。
堺を抜ける。
町は少しずつ後ろへ遠ざかっていった。
石畳が土へ変わる。
人が減る。
代わりに。
草の匂い。
湿った風。
山の空気。
ミコトは荷車の横を歩いていた。
時々しゃがみ込み、道端の草へ触れている。
「それ、薬草か?」
兵介が聞く。
「うん。」
「区別がつかねえ。」
「兵ちゃんは鹿なので。」
「誰が鹿だ。」
ムジナが吹き出した。
ミコトの視線が止まる。
じっと、 ムジナを見る。
ムジナが顔をしかめた。
「……なんだよ。」
兵介が止まる。
「あ。」
ミコトの目が少しだけ輝く。
「やっぱり。」
ミコトはソウを見る。
「ソウの周り、変なのばっかり。」
「知ってる。」
ソウが普通に返した。
「お前ら筆頭だからなぁあ!?」
兵介渾身の叫び。
「へぇ、これも薬草なんだ?」
「うん、これも。」
虚しく木霊した。
風が吹く。
日が落ち始める。
山道へ入る。
木々が空を覆い、辺りが急に暗くなる。
さっきまで聞こえていた鳥の声も、いつの間にか消えていた。
前を歩いていた番頭が止まる。
「……旦那様。」
徳兵衛が顔を上げる。
森。
暗い。
静かすぎる。
ソウも止まっていた。
風。
臭い。
違う。
ソウが小さく呟く。
「……構えて、兵介。来るよ。」




