四十四話 命
昼。
宿屋橋。
堺の喧騒は昼の方が酷かった。
荷車。
魚。
怒鳴り声。
潮の臭い。
橋の上を人が行き交う。
「……ほんとにこんなとこにいるのか?」
兵介が顔をしかめる。
「瀬良はそう言ってた。」
ソウが辺りを見る。
橋の脇。
人混みから少し外れた場所。
女が一人、座っていた。
薄い羽織。
旅装。
頭には被り布。
足元には小箱。
紙。
小石。
兵介が小声になる。
「……あれか?」
「たぶん。」
妙だった。
別に派手じゃない。
騒いでもいない。
なのに、妙に目につく。
女は小石を並べていた。
何かを確かめるみたいに。
その時。
ふと。
女が顔を上げた。
被り布の奥。
静かな目。
ソウを見る。
止まる。
風が吹いた。
兵介が首を傾げる。
「……なんだ?」
女はしばらく黙っていた。
やがて。
「結婚してください。」
止まる。
時が。
橋の喧騒だけが響いている。
兵介が固まる。
「……は?」
ムジナが耳をぴくりと動かした。
ソウは女を見る。
しばらくして。
「……今はやることがあるから。」
ソウは答える。
女は少しだけ考えて。
「じゃあ終わったらでいいです。」
「そういう話じゃなくねえか!?」
兵介が叫ぶ。
周囲の町人がちらりと見る。
女は気にしていなかった。
ただ、じっとソウを見ている。
その視線は熱っぽくもない。
獲物を見る目でもない。
ただ。
ただ純粋な、目。
兵介が頭を抱える。
「なんなんだこの女……。」
女は小首を傾げた。
「ミコトです。」
「聞いてねぇ。」
「形代を売っています。」
小石を一つ持ち上げる。
兵介が眉をひそめる。
「これが?」
「石の形代です。」
ミコトは当然みたいに言った。
「紙より長持ちします。」
ソウは石を見る。
微かに。
嫌な気配がした。
ミコトがその視線に気付く。
「わかるんですね。」
「少しだけ。」
「やっぱり。」
ミコトは頷いた。
そして。
ソウの腰を見る。
天穿。
その瞬間。
ミコトの目が、初めて少しだけ揺れた。
「……アマガツ。」
静かな声だった。
ソウが眉をひそめる。
「?これは天穿だよ?」
ミコトは答えない。
ただ、じっと天穿を見ていた。
懐かしむように。
やがて。
「その刀。」
静かな声。
「とても大事にされてるんですね。」
風が吹く。
橋の下。
水が揺れる。
兵介がソウを見る。
ソウは天穿へ手を置いた。
「……親父の形見だから。」
ミコトは少しだけ黙る。
そして。
「そうですか。」
小さく頷いた。
その顔は、さっきより少しだけ優しかった。
「お名前をお聞きしてもいいですか?」
「ソウだよ。」
「送?……葬?」
「ただのソウだよ。」
ミコトは目を見開き。
花が咲くように笑った。
「……俺は兵介だ、おーい。もしもし?」




