四十話 堺
山を越える。
川を渡る。
西宮を抜ける頃には、潮の臭いが濃くなっていた。
「でっけぇなぁ。」
兵介が空を見上げる。
ムジナが鼻を鳴らした。
「酒、のみてぇな。」
「酒飲むのか!?狸なのに!?」
「狸だからこそだろうが!?」
「よくわからんけど!?」
軽口。
風が吹く。
だが。
道中は妙だった。
焼けた小屋。
人気のない村。
関所では、疲れ切った顔の番兵が言っていた。
『最近、鬼が増えてる。』
『夜道は歩くな。』
『村一つ消えたらしい。』
冗談を言っている顔ではなかった。
夜。
野宿中。
ムジナが低く呟く。
「……臭うな。」
焚き火の向こう。
暗い山を見る。
「鬼の臭いが濃い。」
ソウは黙っていた。
増えている。
向こうより。
ずっと。
風が吹く。
焚き火が揺れる。
兵介が空を見上げた。
「……なあ。」
「ん?」
「俺も一角くらいなら斬れるか?」
少しだけ考える。
ソウは遠くを見る。
「やめといた方がいいよ。」
「まだ、無理か?」
「鬼を斬れば鬼に近づく。」
兵介が息を飲む。
「でもそれはソウもじゃねぇか。」
「俺にはこれがあるから。」
天穿を掲げる。
「天穿は、鬼を喰らう。」
確信していた。
父上の刀を使えの意味も。
この刀は恐らく特殊だ。
普通の刀で狩り続ければ、やがて彼岸の力に飲み込まれる。
「……そうか。」
焚き火は音を立てる。
夜が更けていく。
朝。
再び歩き出す。
道中
鬼を斬る。
野盗を斬る。
明らかに増えている。
「この頻度で襲われると普通は持たねぇぞ。」
兵介は憎々しげにぼやく。
山道を抜けた先。
遠く。
海が見えた。
そして。
その向こう。
巨大な町。
煙が立ち上っている。
無数の屋根。
帆。
動く船。
夕陽に照らされ、町全体が赤く染まっていた。
兵介が足を止める。
「……おい。」
掠れた声。
「なんだよ、あれ。」
ムジナが目を細めた。
「へぇ。」
風が吹く。
潮の臭い。
人の気配。
喧騒が、ここまで微かに届いていた。
ソウはその景色を見ていた。
子供の頃。
行商人から聞いた話を思い出す。
『外は広ぇぞ。』
静かだった。
やがて。
ソウは小さく笑った。
「……行こうか。」
「ちょっと待て、ネズミに化けとく。」
ネズミに化けるムジナ。
定位置のソウの肩に乗る。
「よし、行こうぜ。」
二人と一匹は、堺へ向かって歩き出した。




