三十八話 ソウ
朝。
村の入り口。
風が吹いていた。
背負い袋。
天穿。
それだけだった。
誰もいない。
まあ、そんなものかと思う。
振り返らない。
そのまま歩き出す。
土を踏む音。
山の風。
少し進んだところで。
人影が見えた。
「……良太。」
木にもたれて立っていた。
顔が険しい。
「なんで。」
低い声。
「なんで蒼司が出ていくんだよ。」
答えない。
良太が拳を握る。
「村を守ったじゃねぇか!」
声が震えていた。
「みんな、お前に守ってもらってた!」
一歩近付く。
「頼ってた!!」
風が吹く。
「なのに追放とか、おかしいだろ!!」
静かだった。
俺は少しだけ空を見る。
「……俺は鬼の血筋らしい。」
良太が顔を歪めた。
「それがなんだよ!!」
叫ぶ。
「そんなもん、今さらだろうが!」
息が荒い。
「お前がいなかったら、この村とっくに終わってた!!」
やがて。
「……いいんだ。」
俺は言う。
「どのみち、いつかこうなってた。」
良太が何か言おうとして、止まる。
沈黙。
風だけが吹いていた。
「……どうすんだよ。」
絞り出すような声。
「これから。」
少しだけ考える。
「仇を追う。」
短い返事。
良太が俯く。
「……仇討ったら。」
ゆっくり顔を上げる。
「帰ってくるんかよ。」
静かだった。
俺は少し笑う。
「いや。」
首を振る。
「それは、もう出来ない。」
良太が黙る。
長い沈黙。
やがて。
「……これからは。」
俺は言う。
「ソウ、とでも名乗るよ。」
風が吹く。
「蒼太でも、蒼司でもない。」
空を見る。
「ただのソウ。」
良太が、 泣きそうな顔をしていた。
「……ありがとな、良太。」
その瞬間。
良太が顔を上げる。
「だったら!!」
叫ぶ。
「俺は今日から『良司』を名乗ってやる!!」
「……は?」
思わず変な声が出た。
良太は真顔だった。
「もうお前に、何も捨てさせたくねぇ!」
風が吹く。
俺は少しだけ黙って。
「……やめときなよ。」
笑う。
「似合ってない。」
「うるせぇ!!」
良太が真っ赤になる。
「決めた!!決めたんだ俺は!!」
「あー、そうか。」
俺は笑った。
「わかったよ。」
少しだけ、 胸の奥が軽かった。
「ありがとな、『良司』。」
良太が鼻を擦る。
「……おう。」
そして。
「お前も死ぬなよ!ソウ!」
俺は背を向ける。
歩き出す。
山道。
風。
しばらく進んで。
一度だけ振り返った。
「そうだ!」
良太が顔を上げる。
「九条のやつ、一発しばいといて!」
「できるか!!」
良太が叫ぶ。
「ばーか!!」
笑ってしまう。
そのまま、山を下る。
風が吹く。
木々が揺れる。
その時。
草むらが動いた。
小さい影。
狸。
「よう。」
当然みたいに喋る。
「どこ行くんだ?」
俺は少しだけ考える。
空を見る。
山の向こう。
遠い。
「……とりあえず。」
歩き出す。
「兵庫でも目指すかな。」
狸が目を細めた。
「お。」
笑う。
「じゃあ俺もついてってやるよ。」
尻尾を揺らす。
「この山も、もう飽きてきたしな。」
風が吹く。
俺は少しだけ笑った。
遠い空で鳶が鳴いていた。




