三十五話 届かない刃
父上が死んでから、村は少し静かになった。
誰も大声を出さない。
笑う声も減った。
山の風だけが、変わらず吹いていた。
俺は刀を振る。
ただ、振り続けていた。
父上を思い出す。
速く。
振る。
まだ足りない。
父上の様に、刀で斬れるようにはなりたかった。
父上を越えないと、あの穴を埋めることは出来ない。
その日。
半鐘が鳴った。
村中へ響く。
嫌な音だった。
外へ出る。
人が走って来る。
叫び声。
「蒼司様!!」
男が転がるように駆けてきた。
顔面蒼白だった。
「鬼が……!」
息を切らす。
「九条様が……やられる……!」
空気が止まる。
「何処で。」
聞いた瞬間。
近くで。
山が揺れた。
音。
空気ごと震える。
嫌でも分かる。
一角じゃない。
走る。
山へ。
風が唸る。
木々が揺れる。
血の臭い。
辿り着く。
そこは、地獄だった。
木が倒れている。
地面が抉れている。
村人達が倒れている。
そして。
いた。
大きい。
二本角。
赤黒い肌。
息を吐く度、空気が震える。
双角。
初めて見る。
だが、分かった。
強い。
九条が倒れていた。
血だらけだった。
まだ生きている。
刀を支えに、 無理やり立とうとしていた。
「……来るな。」
掠れた声。
「蒼司……。逃げろ。」
双角がこちらを見る。
目が合う。
寒気が走った。
次の瞬間。
地面が弾ける。
速い。
踏み込む。
天穿を抜く。
斬る。
硬い。
浅い。
双角の腕が振られる。
受ける。
重い。
吹き飛ばされる。
木へ叩きつけられる。
息が詰まる。
強い。
今までの鬼とは違う。
それでも。
立つ。
もう一度。
踏み込む。
斬る。
浅い。
届かない。
腕をかわす。
そこを斬りつける。
浅い。
効いてない。
何度かやり合う。
気付けば着物はズタズタに切り裂かれ、
身体中に傷が付いていた。
その時。
双角が笑った気がした。
後ろを振り返る。
九条が叫ぶ。
「下がれ……!!」
遅い。
双角が村人達へ向かう。
悲鳴。
良太がいた。
その後ろ。
小さい影。
良太の息子。
足が竦んで動けないようだ。
「逃げろ!!」
良太が叫ぶ。
間に合わない。
双角の腕が、 子供へ伸びる。
走る。
間に合わない。
分かる。
刀では。
届かない。
守れない。
静かだった。
風だけが鳴っている。
俺は。
天穿を納めた。




