三十三話 彼岸
あの初めて鬼と対峙した日以来。
父上は、山へ入る時、
必ず俺を近くに置くようになった。
何も言わない。
だが、前より目が厳しくなった気がした。
俺も聞けなかった。
あの時のことを。
鬼に触れた瞬間。
流れ込んできた、あの熱を。
山を歩く。
風が吹く。
木々が揺れる。
父上は黙ったまま進んでいた。
やがて。
開けた場所へ出る。
墓だった。
古い石。
朽ちた卒塔婆。
誰も来ない場所。
風だけが吹いている。
「……誰の墓ですか。」
父上は少しだけ黙っていた。
「守り人達だ。」
短い返事。
俺は辺りを見る。
数が多い。
「全部?」
「ああ。」
静かだった。
その中で。
ひとつだけ。
縄が巻かれている墓があった。
古い。
黒ずんでいる。
「……あれは?」
風が吹く。
父上はしばらく答えなかった。
やがて。
「お前の祖父だ。」
静かに言った。
俺は目を瞬かせる。
「祖父上?」
聞いたことがなかった。
父上は墓を見ていた。
「強かった。」
低い声。
「俺などより、ずっとな。」
風が吹く。
「だが、使いすぎた。」
「……何をです。」
少しだけ、間。
「力をだ。」
山が鳴る。
「蒼太。」
父上がこちらを見る。
「お前の力は、彼岸の力だ。」
「彼岸……?」
「使いすぎれば、引き摺られる。」
風。
卒塔婆が揺れる。
「境界が消える。」
「境界?」
「人と鬼の境界だ。」
静かだった。
俺は自分の手を見る。
あの日。
鬼に触れた瞬間を思い出す。
熱かった。
重かった。
だが。
少しだけ。
心地良かった。
「……。」
父上は、 そんな俺を見ていた。
「だから刀で斬れ。」
低い声。
「受けるな。」
風が吹く。
「……飲まれて、くれるな。」
縄の巻かれた墓が、ぎしりと鳴った気がした。
父上は見たことがないほど悲しい顔で。
ただ腹の奥の奥が、ぼんやり熱を持っていた。




