三十二話 蒼太
山の風は冷たかった。
木々が揺れる。
川の音が遠くで聞こえる。
俺の生まれた所は、 讃岐の山奥にあった。
小さい村だった。
「でな、都ってのは夜でも明るいらしいぜ。」
行商人が笑う。
荷車の横。
子供達が集まっていた。
「夜なのにか?」
「ほんとほんと。」
「あと海もある。」
「うみ!」
皆が騒ぐ。
俺は黙って話を聞いていた。
隣には良太。
「蒼太ほんと好きだな、そういう話。」
呆れた顔。
「だって面白いじゃん。」
俺は言う。
「山の外って、どんななんだろうな。」
良太は肩をすくめた。
「別に今のままで困ってねぇけど。」
「俺は気になる。」
行商人が笑った。
「坊主、外に出てぇのか?」
少し考えて。
「……うん。」
真っ直ぐ答えた。
風が吹く。
行商人は少しだけ目を細めた。
「外は広ぇぞ。」
「鬼もいる。」
子供達が静かになる。
「山より怖ぇ場所なんざ、いくらでもある。」
皆は怯えた顔をしていた。
俺だけが、 少しわくわくしていた。
夕方。
木刀がぶつかる。
乾いた音。
「甘い。」
弾かれる。
地面を転がった。
「いってぇ……。」
父上が木刀を下ろす。
「立て。」
短い声。
俺はすぐ立ち上がる。
汗。
泥。
息が荒い。
「もう一回。」
踏み込む。
速く。
もっと。
父上に届くように。
だが。
父上は動かない。
最小限で受け流す。
「力むな。」
「……っ!」
さらに踏み込む。
その瞬間。
身体が、 妙に軽くなった。
景色が近付く。
一瞬で、 父上の懐へ入り込んでいた。
父上の目が細くなる。
木刀が止まる。
静かだった。
俺も止まる。
「……今の。」
「……。」
父上は少しだけ黙っていた。
やがて。
「今日は終わりだ。」
木刀を下ろす。
「え?」
「飯にするぞ。」
俺は不満だった。
「まだやれます。」
「駄目だ。」
短い。
風が吹く。
父上は山を見ていた。
その横顔が、 少しだけ怖く見えた。
夜。
囲炉裏。
火が揺れている。
「父上。」
「なんだ。」
「俺、変かな。」
静かだった。
父上はしばらく黙っていた。
「……どうしてそう思う。」
「たまに身体が変なんだ。」
拳を見る。
「熱いっていうか。」
「勝手に動くっていうか。」
囲炉裏が鳴る。
父上は火を見ていた。
「蒼太。」
低い声。
「その力を、あまり使うな。」
俺は顔を上げた。
「なんで。」
少しだけ、間。
「……鬼に近付く。」
風が吹いた。
山が鳴る。
俺は父上を見る。
冗談を言っている顔じゃなかった。
静かだった。
遠くで。
何かの唸り声が聞こえた。




