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角を狩るモノ  作者: Samail
三章 兵庫

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二十九話 穴

頬に雨粒が当たる。


走る。

息が上がる。

泥を蹴る。

山は暗く。


枝が顔を掠める。

止まらない。


『……今は、追うな。』


父の声が残っている。


それでも。

走る。


血の跡。

重い足跡。

鬼の臭い。


雨に混じっても、まだ残っている。


「……っ。」


息を吐く。


前。

木々が途切れる。

その瞬間。

足が止まった。


「……。」


地面が、抉れていた。


大穴。

いや。

そんな生易しいものじゃない。

山肌ごと、 削り取られている。


木が倒れている。

岩が砕けている。


そこだけ、 景色が抜き取られていた。


「……これ、は。」


声が出る。


雨だけが降っている。


雨の音は鳴りやまず。


生き物の気配がない。


風も、 止まっているようだった。


動けなかった。


ただ、 穴を見ていた。


そこに、 微かに残っている鬼の気配。

だが、 今まで感じたものと違う。

双角とも違う。


もっと、

深い。


本能が言う。

触れてはいけないものだ。


天穿を握る。


『鬼になるな。』


父の声。


雨が強くなる。


前へ進めなかった。

追わなかったのか。

追えなかったのか。


今でも、 分からない。


ただ。

あの時。

自分は初めて、恐れを抱いた。




風が吹く。


ソウは目を開ける。


夕方。


空は赤く染まっている。

雲ひとつない、ただの赤。


隣を兵介が歩いている。


「……どうした。」


「いや。」


短い返事。

しばらく、 二人で歩く。


「……堺、行くつもりか。」


兵介がぽつりと言った。

ソウは少しだけ空を見る。


「うん。」


それだけ。

風が抜ける。


兵介は少し黙っていた。


「……そうか。」


短く言う。


ソウは前を向いたまま歩いている。


赤い空。

重い風。


それでも。


雨はまだあがっていない。

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