二十八話 千の鬼
墓地。
昼でも薄暗い。
風が抜ける。
卒塔婆が軋む。
「おっせぇなぁ。」
弥助坊が欠伸をした。
墓石に腰掛け、 酒瓶を揺らしている。
「呼び出したのはそっちだろ。」
兵介が顔をしかめた。
「まあまあ、そう怒るなって。」
弥助坊が笑う。
「で、例の紋だ。」
懐から布を取り出す。
歪んだ三つ巴。
ソウは黙って見ていた。
「調べてみたがな。」
弥助坊が指で紋をなぞる。
「これぁ赤松の紋を真似てる。」
「やっぱりか。」
兵介が腕を組む。
「だが、本家じゃねぇ。」
弥助坊が鼻を鳴らした。
「三つ巴が歪んでる。引両も一本多い。」
「……わざとか。」
「だろうな。」
風が吹く。
「赤松は一度滅んだ。」
弥助坊が空を見上げる。
「将軍ぶっ殺して、討伐されて、一族郎党まとめて潰れた。」
兵介が眉をひそめる。
「逆臣ってことか。」
「戦国なんざ大体そんなもんだ。」
弥助坊が笑う。
「だが赤松は、その後また盛り返した。」
「再興したと聞いたよ。」
ソウが言う。
「ああ。」
弥助坊が頷く。
「だがな。滅んだ時に散った連中全部が、戻れたわけじゃねぇ。」
静かになる。
「家臣。」
「浪人。」
「落人。」
指を折る。
「色んな連中がいた。」
「……。」
「で、そいつらの一部が、今でも堺に残ってるらしい。」
兵介が顔をしかめた。
「根が深いな。」
「武家ってのは面倒臭ぇんだよ。」
弥助坊が肩をすくめる。
「しかも連中、本家とも袂を分かってる。」
「どういうこと。」
「さあな。」
酒を煽る。
「家紋を弄ってるのもそういうところからなんじゃないか?」
「再興した赤松とは別物ってこと、か。」
「たぶんな。」
風が吹いた。
墓地が静かになる。
「で、連中は『千鬼衆』とか名乗ってるらしいぜ。」
兵介が眉をひそめる。
「千鬼衆?」
「胡散臭ぇ名前だろ?」
弥助坊が笑う。
「最近、堺で幅をきかせてる。」
続ける。
「流れ者を集めてる。腕の立つ連中も抱えてる。」
「……人攫いも?」
ソウが低く言う。
「十分あり得るな。」
弥助坊が頷く。
「で。こいつはおまけだが。」
少しだけ、間。
「そこの用心棒で、とんでもなく強ぇやつがいるらしい。」
ソウの目が、わずかに動く。
「刀傷だ。」
弥助坊が、自分の左頬を指でなぞる。
「左頬に、でけぇ傷がある。」
静かだった。
兵介がソウを見る。
ソウは黙っている。
ただ。
空気だけが、少し冷えていた。
「……へぇ。」
小さく呟く。
それだけだった。




