二十四話 あやかし
夕暮れ。
港は、少し静かになっていた。
壊れた荷車が端へ寄せられている。
散った荷も、もうほとんど片付いていた。
潮風が吹く。
ソウは、港を眺めていた。
「……手間をかけたな。」
後ろから声。
新吉の父親の伊兵衛だ。
「まさか、人が鬼になるとは。」
低い声だった。
「……。」
ソウは答えない。
伊兵衛は、少しだけ疲れた顔をしていた。
「何かわかったか。」
「いえ。」
短く返す。
「……伊兵衛さんはあの男を?」
商人が小さく息を吐く。
「詳しくは知らん。堺から積み荷と一緒に来た男だったらしい。」
「そうですか。」
「ああ。」
腕を組む。
「流れ者みたいなもんだ。名前も曖昧でな。」
少しだけ、間。
「ただ……最近妙に羽振りが良かったらしい。」
「……。」
「なんでも良い仕事を見つけた、とは言ってたそうだ。」
潮風が吹く。
港の匂い。
血の匂いは、もう薄れていた。
「……最近、鬼が妙に増えてきている。」
伊兵衛がぽつりと言う。
「そんな気がしないか。」
ソウは少しだけ目を細めた。
「ええ。」
静かに答える。
「世の中が乱れると鬼が増える、とは聞きますが。」
伊兵衛は黙って港を見る。
行き交う船。
積まれる荷。
怒鳴り声。
日常は、止まらない。
「……また何か、頼むことがあるかもしれん。」
「わかりました。」
それだけだった。
伊兵衛は小さく頷く。
「……報酬に色を付けておいた。今日はもう休め。」
背を向け、去っていく。
ソウはしばらく港を見ていた。
帰り道。
空は赤かった。
兵介が腕を組みながら歩いている。
「……寝覚め悪ぃな。」
ぽつりと言う。
ムジナも静かだった。
「……鬼って、人間がなるもんなのか。」
兵介が言う。
少しだけ、間。
「普通は違ぇよ。」
ムジナが尻尾を揺らした。
「鬼は勝手に湧く。」
「湧く?」
「ああ。山とか、淀んだ場所とか。気付いたらいる。」
兵介が顔をしかめる。
「……化け物だな。」
「俺らも似たようなもんだ。」
ムジナが鼻を鳴らす。
「あやかしってのは、大体そんな感じだ。」
ソウは黙って歩いている。
「……でも。」
小さく言う。
「あれは違う。」
風が吹く。
「人が堕ちれば鬼になることはある。」
兵介が顔を向ける。
「だけど、見るのは初めてだ。」
少しだけ、間。
「……稀なこと、なんだな。」
「……。」
ソウは前を向いたまま答えない。
なぜか確信があった。
あれは――そういう類いではない。
言葉にしなかったのは感傷でしかなかった。




