二十一話 化け狸
昼。
兵庫の町は騒がしかった。
魚を捌く音。
荷を引く声。
潮の匂い。
宿の軒先で、兵介は木刀を振っていた。
「――っ!」
踏み込む。
速い。
ソウが受け流す。
木がぶつかる音。
乾いて響く。
兵介が距離を取る。
「……やっぱ当たらねぇな。」
「今のはよかったよ。」
「慰めに聞こえる。」
汗を拭う兵介。
軒先では、新吉が身を乗り出していた。
「すげぇ……。」
その横。 丸くなっていたムジナが欠伸をする。
「浪人、ちったぁマシになったな。」
静かになった。
兵介が止まる。
新吉が固まる。
ゆっくり。
ゆっくり。
二人の視線がムジナへ向く。
「……。」
「……。」
ムジナも止まる。
「あ。」
兵介が口を開く。
「……今、喋らなかったか?」
「喋ったね。」
ソウが普通に答える。
「いやなんで普通なんだお前!?」
新吉が飛び上がった。
「化け物じゃねぇか!」
「鬼見てる奴が今更何言ってんだ。」
ムジナが鼻を鳴らす。
「タヌキだよタヌキ。」
「どっからどうみてもネズミじゃねえか!」
兵介が頭を抱える。
新吉が恐る恐る近づく。
「……噛む?」
「ガキは食わねぇよ。」
「うわぁっ!」
「冗談だ。」
「怖い怖い怖い!」
ムジナがけらけら笑う。
兵介はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いた。
「……で?あいつなんなんだ。」
「ムジナだよ。」
「だからそうじゃねぇって!」
「名前だよ?」
「だああ!」
兵介が頭をかく。
新吉は目を輝かせる。
「変化とかできるのか!?」
「できるぞ。」
ムジナの姿が、ぼやけた。
次の瞬間。
新吉そっくりの顔がそこにあった。
「うおぉぉぉ!?」
本人が叫ぶ。
兵介が吹き出した。
「ははっ、気持ち悪ぃ!」
「誰がだ。」
すぐ元へ戻る。
「でも長くやると疲れる。」
「案外不便なんだな。」
「自分よりちっちゃいのだと楽なんだけどな。」
ムジナは尻尾を揺らす。
「それが本来の姿か。」
「人目に付くとこだと食われかねないからな。」
兵介が納得したように頷く。
「便利だな。」
「だろ?」
少しだけ得意そうだった。
新吉がしゃがみ込む。
「なあなあ!いつから一緒なんだ?」
ムジナがソウを見る。
ソウは少し考えて。
「……結構前かな。」
「適当だなぁ。」
兵介が笑う。
「まあいいか。」
そう言って立ち上がる。
「飯でも食いに行くか。」
「いいね、団子食いてぇ。」
ムジナが即答した。
「お前の分までねぇぞ。」
「はあ!?2つもあれば満足できるんだぞ!?おれ!」
「タヌキに奢る浪人がどこにいる。」
「ネズミに化けるから!」
「そういう話じゃねぇ。」
騒がしい。
新吉が笑う。
兵介も呆れながら笑っていた。
ソウはその様子を見ている。
風が抜ける。
こういうのも存外、悪くない。
なんとなく、そう思った。




