十六話 父
雨が、強くなる。
「……蒼司、か。」
小さな声だった。
「父上。」
膝をつく。
呼吸が浅い。
目は、半分だけ開いている。
「……天穿は。」
視線が、わずかに動く。
「あります。」
それだけ答える。
父上は、少しだけ息を吐いた。
「……そうか。」
間。
雨の音だけが続く。
「誰にやられたんですか。」
すぐには、返ってこない。
「……左頬に、傷のある男。」
短い言葉。
「……左頬。」
口に出す。
「追うな。」
顔を上げる。
「……でも。」
「今は、追うな。」
小さい。
けれど、はっきりしていた。
言葉が、止まる。
「……お前は、守れ。」
それだけだった。
「……。」
何も言えない。
「刀で斬れ。」
あの時と同じ声。
「……はい。」
声が出る。
父上の目が、わずかに細くなる。
「……蒼司。」
「はい。」
「……研ぎ澄ませろ。」
「……鬼になるな。」
「……刀になれ。」
父上は腕を上げ。
俺の頭に触れる。
微笑み、口を動かす。
「あ……とう。」
それが、最後だった。
息が、途切れる。
腕が落ちる。
雨は、降り続いている。
目を閉じる。
手が、冷たい。
離す。
立ち上がる。
周りを見る。
荒れている。
血が、続いている。
導くように。
外へ。
外へ出る。
雨。
地面に跡がある。
一つ。
深い。
しゃがむ。
触れる。
重い。
残っている。
匂い。
「……嫌な匂いか。」
小さく呟く。
立ち上がる。
跡は、森の方へ続いている。
視線を上げる。
雨で、霞んでいる。
一歩、踏み出しかける。
止まる。
……今は、追うな。
さっきの声が残る。
息を吐く。
目を閉じる。
よみがえる言葉。
お前はつよい。
だが、脆い。
刀を振れ。
刀になれ。
鬼になるな。
刀になれ。
雨に打たれる。
頬を雨が伝う。
天穿を強く握る。
気付けば。
駆け出していた。




