自分の意志であると言えるか
[文句日記 215]
《二度目の音声記録回。日にち的に感覚が狭いのは急展開があったから。まだ情報記録キーの解析をしたわけじゃないんだけど、たまたま偶然に起きた出来事があったから、記録を残したい》
《どうせだったら、映像記録も残したかったけど、することすらも忘れた出来事。信じるやつがいるかどうかはわからないけれども、解析中に謎の存在が現れた! 最初は幽霊かとも思ったけど、そうじゃないみたい。本人は否定することはなかったけどね。というか、話した。ねっ、ヤバいね、フィデス》
《幽霊と言うか、そういう類じゃなくて、お化けの一種かもしれない。でも、会話ができるそいつは自分のことを “あなたが思う何かだと思ってください“ だって言ってた。私が思う何かだっていうなら、お化けで大正解だと思うけど》
《それで、そいつが現れた理由としては、この世界の未来が危ないかもしれないって忠告しに来たみたい。でも、それをあたしに言われても、指名手配犯まで成り下がっているなら、どうしようもないもんだね。誰かに危ないよって伝えに行くことすらも危険。旦那らが助けに来てくれるまではね》
《その世界の未来が危ないって言われても、実感はそこまでないのもこれまた事実だ。あたしは自分のことに必死なんだからさ。何が危ないって言われても、抽象的な警告は対処しようがないってことを言えばよかったよ。お化けにあたしが言ったのはなんでそれをあたしに教えに来たのかってことぐらい。一番にそれが気になったからね》
《そしたら、なんて答えたと思う? あたしだからだって。意味不明。更に理由を詳しく教えてくれるかと思ったら、 “あなたがここにいるからこそ、私は現れることができた” だって。お化け、あたしは生きた人間よ? どこにでもいる、ただの非常勤講師よ?》
《なんて思っていたらさ、そいつが “だから、あなたは自分の心が従うままに突き進んでください” って。“あなたが真実を知ることによって、運命は大きく変わる” らしい。よくわからん。というか、このまま解析しろって意味なのかな?》
《何がともあれ、あたしにもフィデスにも危害を加えることなく、言うだけ言って、地面に潜っていっちゃったけど……本当に何だったんだって頭抱えているよ。正直な話、解析どころじゃないよ。やらなきゃダメなのに。中将をぎゃふんと言わせたいのに。こっちよりも、お化けが気になり過ぎる》
《……またあいつは現れるかな? じゃなきゃ、手付かずになってしまいそうだよ》
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ夢を見た。目の前にいた男の子。その子はいつも夢に出てきた男の子だと思う。その子と手を握る、それだけの夢だった。
カーリーが我に戻ったとき、目の前に広がる光景はとても悲惨だった。床に転がる人々はピクリとも動こうとしないでいる。それはもちろん、傍らにいるアークだって。彼ならば、いつもの彼ならば、自分自身で生き返りの魔術でどうにか復活するのに。今回はそうではない気がした。どことなく、わかる気がした。カーリー自身はグローリア民族でもないから、確信的な感が働くことはないが、彼らと共に生活をしてきた経験があるからこそ、なんとなくこうではないかという憶測が立つ。
「アーク?」
今見ているこれこそが夢ではないだろうかと思う。いや、そう思いたい。そう思って、現実ではないと安心したい。
「サックス、アークが動かないよ」
なんか、怖い。嫌な予感しかしないから、サックスに助けを求めた。彼女がいたところを見れば、そこにはただのスクラップしかない。なんで、ただのスクラップしかないんだろうか。あれ? このような場所に金属の残骸ってあったか?
「サックス?」
ああ、そうだ。最近、サックスもだが、パティも。彼らは機械らしくなく、いたずらもすることもあるから――。
「冗談よしてよ」
笑った。だって、そうとしか思えないから。そうでなければ、今までの出来事こそがただの夢しかないのだ。ほら――。
「…………」
きっと、時間差によるもの。アークは目を覚ました。どこか怪訝そうな顔をしながらゆっくり上体を起こし、状況を把握する。
「アーク、自爆は止めてよ。怖いよ」
周囲に起きた出来事はアークの仕業。一度目の大量の追手から奪い取った魔法エネルギーの結晶を利用したんだ。そうカーリーは眉根を寄せた。いくら、自分の父親が目の前で操りお人形さんとしているところをするなんて。
「それに、父さんたちだって……」
彼らを回収することはできるだろうか。いつの間にか姿を現したサックス。どこへ行っていたのだろうか。別に気にはしないが、ちょっとは気にする。カーリーは「ねえ」とサックスに顔を向けた。
「父さんたちもまた操られないようにも、どうにかした方がいいよね?」
《遺体の回収ですか? そうですね……アーク、先ほど味方につけた〈OPERATOR〉を呼ぶことは可能ですか? 彼らに〈フラーテル・アウローラ〉の近くへと運んでもらうのはいかがでしょうか。わたくしがジョクラトルの伝言役となりますし》
そう言うサックスは同じ形のものへと分身した。それを見るアークはカーリーを一瞥すると「数機だけは手元に残すからな」と承諾する。
「俺の目的は死体運びじゃねぇ。レグルスを探すんだよ」
《心得ております》
アークからの許可をもらい、もう一つのサックスはどこかへと飛んで行ってしまった。その様子を見て、カーリーはほんのちょっぴり不安そうにしていたが、サックスのことだ。きっと、どうにかなる。そう信じて「ここから出なくちゃね」とアークとサックスに声を掛けるのであった。
サックス曰く、操り人形と化してしまった者たちの気配は消えたそうだ。これならば、自分たちが向かいたい場所へと行くことができる。確か、セキュリティを掻い潜れる場所へと向かうんだっけか。追われていて、すっかり忘れていたな。
もう地下へと行くことはない。それでも警戒は怠ることはない。何が出るかわからないから。地上へと上がるにつれて、サックスは《生命体反応がありますね》とやはりだ。いつでも戦いの準備ができるようにしておかなければならないだろう。それは何もカーリーだけではない。アークもどこか緊張感を持ってはいるようである。
「生命体反応って、どれぐらいの人がいるかわかる?」
《複数であることは間違いないでしょうが、行き先へと近付くにつれて、数が増えてきているようですね》
「〈ニンギョウ〉も〈ニンギョウの目〉もいないなら、また魔術工学技師の人たち? だったら、ここは魔術工学の研究施設?」
《わたくしもこの施設自体がどうなっているのかわからないのですよ。なぜなのでしょうか? 本来の〈OPERATOR〉の役目は〈SIPs〉のサポーターとして存在するのに、どうしてここの詳細情報がインストールされていないのでしょうかね》
サックスですらもわからないこと。これはもしかして、〈ニンギョウの目〉ですらも教えられない何かがある場所なのか。アークたちには〈ニンギョウの目〉の修理場として教えてもらっている。もしも、ここがただの魔術工学の研究施設であるならば、彼らが知っていても何もおかしなことではないはずだ。その〈ニンギョウの目〉に情報を教えていない――教えたくない何かがある。
――ここには父さんたちがなぜかいた。
聞いた、死体を操る魔術。それに関する施設。それならば、〈ニンギョウの目〉の修理場と併設する意図が理解できない。
なんてカーリーが考え事をしていると、サックスが《近いですね》と自分たちの動きをストップさせてきた。この先に先ほどから反応がある複数の生命体があるらしい。それに魔法エネルギー自体は反応がないとか。
「人がいるのは確実なんだよね? それも、生きた人が」
《その通りです。生きた者であるならば、生命体反応があります。ただ、先ほどみたいな操られていた者であれば、その者の本来の魔法エネルギーとインペリウム人の魔法エネルギーの反応が出るはずです》
それすらもないということから、考えられるのは魔術工学技師であるということだった。ただ、彼らであっても攻撃されるということもあるから――そっとその場所を覗き込む。そこに誰がいるのか。不安で不安で仕方なかったが――。
「誰もいないな」
そう、誰もいないのである。生命体反応があった場所にあるのはただの大きな魔術工学機器があるだけ。カーリーも五感を研ぎ澄ませていたが、確かに誰もいないように思えた。だからこそ、彼らは物陰から出てきて部屋の全体を見渡した。
ここに置かれた大きな機械は起動しているようで、物音を立てている。一体、この魔術工学機器は何なのか。早速、サックスに訊ねようとするも、彼女は《何ですかね、これは》とどうも知らない様子。目玉の光をカチカチと点灯させているではないか。
《生命体反応はあるのに》
つまり、この大きな機械から生命体反応がある、と。この事実にカーリーは愁眉を見せる。機械からは人の姿は見られない。サックスが感知するには、機械の中にいるという。
「何、ここ」
訳がわからないところに戸惑いは隠せない。そうしていると、アークが何かを見つけたのか「おい」と呼び掛けた。
「資料があるぞ」
アークがいる方へと来てみれば、そこには一機の電子機器があり――。
[異民族ノ魔法エネルギー変換ニツイテ]
内容を見るまでもない。カーリーはこれを知っているから。〈顰蹙の空〉の中にいた頃に、サックスから教えてもらったこと。その施設がここだっただけの話だ。
「ここが……」
《カーリー、あなたは何か知っているのですか?》
サックスのその口ぶりは――彼女は何も知らないと言っているに等しかった。それはおかしい話ではないのだろうか。カーリーは「何を言っているの?」と少しだけ怖く感じる。
「この機械……施設って、他の民族の人の魔法エネルギーをインペリウム人の魔法エネルギーに変換するところでしょ?」
《それは本当でしょうか?》
「えっ!? だって、私はサックスから聞いたよ? そんな施設があるよって」
《しかしながら、そのような記録はどこにも……》
改めて、サックス自身の情報記録データを確認してみるが――そのようなデータは存在しないらしい。これに彼女たちが首を傾げる。そんな一人と一機にアークが「ポンコツだからな」と肩を竦めた。
「どうでもいい情報として削除したんだろ」
《アーク、お待ちなさい。それはどういう意味ですか? 他民族特有の魔法エネルギーをインペリウム人の魔法エネルギーに変換するための施設があるなんて。その事実をわたくしが知っていたとなるならば、覚えているはずでしょう?》
「じゃあ、訊こうか」
なぜだろう? アークの言葉にカーリーの心拍が跳ね上がった気がした。
「SIPW-1との思い出を挙げていけ」
《SIPW-1との思い出は……》
サックスは目玉の光をゆっくり点灯させながら、何かを考え込んでいるようだった。ややあって、彼女はどこか悲しそうに《データが存在しません》と答える。
《どうしてでしょうか、思い出そうとすればするほど、何も出てきません》
「そりゃ、あいつがどうでもいいやつだったからだろ。それほどまでに、ここの情報もどうでもよく思っていた。だろ?」
「ちょっと、待ってよ。私がついていけない。サックスは確かに機械だよ? その日の出来事はきちんと記録しているんじゃないの?」
カーリーの疑問にアークは「そうだな」と電子機器に視線を落とした。ややあって、彼は「こいつらは機械だな」と言う。
「嫌なことを学習したな。その内、こいつとの出会いも忘れるぞ」
《嫌なことを学習?》
疑問でいっぱいのサックスにアークは呆れ気味なのか「いい加減、自分が〈OPERATOR〉であることを自覚したらどうだ」と盛大にため息をつく。
「ポンコツ二号もポンコツ一号もただの〈OPERATOR〉。自律はしても、いくらアップデートでもしても、記録データの容量には限界がある」
その言葉にサックスは目玉の光を素早く点灯させた。それでも、アークはまだまだ口を止めない。
「機械に疎い俺に言われるなよ。ポンコツ二号のことは自分自身であるポンコツ二号が一番知っているはずだろうが」
《し、しかし……》
「しかしも、クソも、何をどう言おうが、どうせ忘れる」
だからと、アークは電子機器を指差した。
「思い出なんてどうでもいいはず。いいから、この機器の操作をしろ」
機械の操作の指示を出すアークにカーリーは待って欲しかった。だからこそ、彼に反論をしようとした。
「そんなこと――」
「言うのは可哀想か? 相手はただの機械。古いデータから削除されるのは当然の結果だ」
「でも――」
「でもでもだって。あんたもあんたで覚えたくない記憶は捨てるタイプだろ?」
アークの言っている意味がわからなかった。それだからこそ、彼との視線を合わせようとするが――以前のように、自分たちの視線は交わることはない。というよりも、彼自身がこちらへと目を合わせることはないらしい。どうしてだろうか。
そういう風にカーリーが困惑した表情を見せていると――「見せてやろうか」と電子機器に視線を落としているアークがそう言ってきた。
「あんたがしたこと」
「私がしたこと……?」
唐突にアークはカーリーの頭を掴んできた。そして、数日ぶりに見た彼の目の奥。表面から見える記憶は先ほどのやりとり。そこから奥へと行けば、行くほど過去に遡っていき――。
◇
視線にあるのはひどくうろたえる女の姿。その姿は茶色掛かった髪に、光り輝く紫色の目。とても綺麗な目なのに、とても不安と恐怖が窺えていた。そうしていると、彼女の体から目の色と同じ光が出てきた。外側はその紫色の光。そして、内側は青色の光だった。とても綺麗な光はやがて、目の前へ広がって――。
◆
視線にあるのはひどくうろたえる女の姿。その姿は茶色掛かった髪に、光り輝く紫色の目。とても綺麗な目なのに、とても不安と恐怖が窺えていた。そうしていると、彼女は「サックス」と呟くではないか。すると、女の傍らにあったスクラップは本来の元の形へと戻ろうとしていた。先ほどと同じ綺麗な光に包まれて。
「冗談よしてよ」
瞬時に笑顔となる。その顔がとても印象深くて。気が付いたら、目の前がまたあの光に包まれて――。
◇
「な、何、これ」
掴まされた頭を強引に引き剥がすカーリー。アークに見せてもらった記憶。そこに映っていたのは自身だった。初めて客観的に自分の姿を見た気がするが――あそこまで恐怖に怯えていただなんて。
「あんたがしたこと。壊したポンコツ二号を元通りに修復して、俺すらも生き返らせた」
「変なこと言わないで」
全く以て、おかしな話。ありえない話。カーリーが?
「何を言っているの? サックスたちはインペリウム人の魔法エネルギーじゃないと、元には戻らない。それに、私は生き返りの魔術なんて使えない」
「じゃあ、なんで俺は生きている?」
「それは、アークが自分で生き返りの魔術を使ったからじゃない」
アークは何を以て、このような変なことを言っているのだろうか。妙に気味が悪い。あの見せてきた記憶は彼の妄想ではないだろうか。
その場がとても重い空気へと変わっていく。そうしていると、一機の〈ニンギョウの目〉がこちらへとやって来た。それはアークに報告をしに来たようで――。
《レグルス宰相の居場所を特定致しました》
レグルスは皇帝と共にいるとのことだった。
◆
パクス同盟軍が宣言通りに〈顰蹙の空〉へと初撃を与えてから数日が経つ。相も変わらず、環境状況は良好とは言いがたい。周囲の同盟軍の者たちの様子を見れば、一目瞭然だ。インペリウム帝国内にて、三か所で孤軍奮闘中なのだから。完全な〈顰蹙の空〉の破壊も成功したはいいが、まだ自分たちには退却命令も帝都ケチュータへの進攻命令も下されていない。ただ、敵国のど真ん中で必死に生きることを頑張っているだけ。無論、独断行動は許されない。上層部曰く――。
【現在、帝都ケチュータへの攻略作戦を思案中。しばし待たれよ】
これはレガトゥスやカリクルスブンの指示命令ではない。声だけでは顔と名前の一致ができないが、聞き覚えのある声からして、一度ぐらいは顔を合わせたことのある参謀の誰かなのだろう。そう考えるしかない。
そのしばし待たれよでどれぐらいの時間が過ぎたのだろうか。まだ空に〈顰蹙の空〉がないのは心の安らぎと言っても過言ではない。あれがあるならば、本格的に時間の経過がわからないのだから。
これはまだマシな方。そう、ジョクラトルは自分に言い聞かせながらも、〈フラーテル・アウローラ〉の本拠点を守備する役目を担っていた。そこの拠点から最低でも三千歩までの距離は基本的に〈ニンギョウ〉や〈ニンギョウの目〉とは戦えない。自分たちの最後の砦が崩されるからだ。
現在の待機戦闘組の様子を訊けば――北部進攻隊は〈フラーテル・アウローラ〉の拠点での補給。そして、インペリウム帝国軍の兵站を盗賊のようにして奪っては、遺体集めをしてどうにか命をつないでいるとのこと。ただ、これらはソナとルナに少数のパクス同盟軍の者たちの行動となるため、他の過半数はよくわからないとのこと。どうも、内部分裂をしてしまったらしい。中隊長が戦死に。その隊長の引継ぎをした副隊長すらも戦死。彼女らが兵士たちに補給地点への移動の説得を試みていたようだが、意地の悪いパクス同盟軍たちは「裏切り者が教える補給地点には罠がある」と断固拒否を起こしていたようだ。おそらくは、これだけ長い間攻防の維持をしているせいで頭がオカシくなるか、死んでいる可能性はあるだろう。素直な者がいないと、死亡率は跳ね上がるというのに。これは南部進攻隊も同様であり、やはりザインがいるからなのか、彼らに対する風当たりはあまりよろしくないようだ。ザインとクオンはサセス地区にあった〈フラーテル・アウローラ〉の拠点を利用しながらも、時折パクス同盟軍が建設した拠点の様子を窺いに来ているそうだ。
これでも、戦的状況を見れば、優勢な立場ではある。〈顰蹙の空〉は完全に破壊できたのだから。後は参謀らが企てたケチュータ進攻攻略作戦ができ次第、すぐに行動に移したいものだ。
ジョクラトルは〈ニンギョウの目〉を一機破壊し、空を見上げた。この土地で見るということは絶対になかった青空。これだけの戦いがあっているのに、どうしてこんなにも美しいのだろうか。何とも言えない気持ちだ。彼がそう思っていると、上空から妙な物体が降りてくるのが見えた。この妙な物体をジョクラトルは知っている。シーフェだ。シーフェがフォードに乗って、上から敵の配置を確認してくれたのである。
「ゲヌスさん、ここら一帯に敵の姿は見当たらないようです」
「ありがとう。これでも、まだまだ気が抜けない方だがな」
「空からの監視はしばらく、フォードに任せます。俺は……ちょっと、拠点が気になるから」
そう言うシーフェの視線は〈フラーテル・アウローラ〉の拠点の方にあった。彼が言いたいこと、ジョクラトルが察ししていることは一致する。ミレルの件だろう。
「そうか、だったら後は俺に任せろ」
「すみません」
自分たちが気にしていることが現実に起こり得ませんように。その願いを心に抱きながら、シーフェが移動しようとしたときだった。ジョクラトルは何者かの気配に気付いた。思わず、歩き出すシーフェを止める。これにより、二人は互いに背中を合わせて周囲を注意深く観察することに。
「敵がいたんですか?」
「空気がな、ちょっとだけ変わった気がしたんだ」
これはグローリア民族特有の第六感の働きによるもの。だが、この勘をバカにしてはならない。油断してはならない。それで何度か自分たちの命は救われてきた。危機から抜け出すことにも幾度も成功している。
二人がその場でじっと様子を窺っていると――彼らの目の前には一機の〈ニンギョウの目〉が現れたではないか。こいつは地面に転がっているやつの異常を受けて、こちらへと急行したのだろう。
だがしかし、ジョクラトルたちの目の前に現れたのは一機だけにあらず。複数機の〈ニンギョウの目〉が出現したのだ。こうともなれば、ここでの戦いは避けるべき。何、問題はない。この状況に陥ったのは初めてではないのだから。
それだからこそ、ジョクラトルはシーフェに「フォードで空に行け」と促した。二手に分かれて〈フラーテル・アウローラ〉の拠点から離れ、そのまま戦わずに相手を撒くという逃げ腰満載の戦略だ。〈ニンギョウの目〉はまともに戦っていては、こちらが圧倒的不利となるものだ。だからこそ、こいつら専用の戦い方を実践した方が後々頭を抱えなくていい案件となる。
二人が行動へと移そうとするのだが――一機の〈ニンギョウの目〉が《ジョクラトル・ゲヌス殿と見受けられます》と声を掛けてきたではないか。これに彼らは互いに顔を見合わせて、ほんの少しだけ警戒を解いた。
「〈ニンギョウの目〉が俺に何の用だ」
なぜにこいつらが自分の顔と名前を知っているのかがよくわからなかった。何かしらのトラップか。とてもあやしく思う。
じっと相手を見てくるその赤色の目玉は微動だにしない。先ほどの発言っきり。こいつらは何がしたいのか。ジョクラトルもシーフェも片眉を上げて「なんだ」と困惑するばかり。そのように、彼らが不安になっていると――。
《ジョクラトル! よかった、ここにいたのですね!》
今度は自分の名前を馴れ馴れしく呼ぶ〈ニンギョウの目〉が現れた。こんな呼び方をする〈ニンギョウの目〉は二機ほど知っているのがある。こいつは女性のような声をしているから――。
「サックスなのか?」
《そうです。わたくしです、サックスです。先ほど、アークとカーリーからの伝言を承ってきたのですよ》
「アークたちから?」
ここで完全に警戒を解いた。ジョクラトルがそうしているから、シーフェも見習って警戒を解く。相手がサックスということで、二人は彼女の話を聞くことに。彼女はケチュータで謎の施設を発見したとのこと。そこで、ジェイヴたちの遺体を発見し、〈フラーテル・アウローラ〉の拠点へとたくさんの〈ニンギョウの目〉が運んでくると伝えた。
《彼らはアークが所有権を持っているので、攻撃してくることはありません。ですが、本来の拠点へと運ぶのは危険極まりないことには変わりないので、遺体はどちらに運べばいいのかと思いまして》
「そういうことだったんだな。それだったら、サックスは分裂状態なんだよな?」
《そうです》
「じゃあ、俺と一緒にいて、その〈ニンギョウの目〉の居場所特定をしていてくれ。彼らがこの付近まで運んでももらえたら十分だから。そこから拠点までは俺たちの仕事でいい」
《かしこまりました》
サックスはジョクラトルからの指示を承ると、複数の〈ニンギョウの目〉にこちらへと遺体を運んでくるように指示を出した。そうすると、彼らは散り散りとなりて、ここには二人と一機だけとなる。
少しばかりの間をおいて、ジョクラトルはサックスにアークたちの現在の所在を訊ねた。これに彼女はケチュータのどこかにいると教えてくれた。そして、これまでの経緯も話すのだった。そうして、サックスは《そう言えば》と受信した放送について今度は質問することになった。
《あの放送の意味……今のアークにとって必要な物とは何でしょうか?》
「ああ、これだ」
ジョクラトルは懐からアークの生命エネルギーの結晶を取り出した。青白くて美しい光を放つそれにサックスは《それのことでしたか》とどこか驚き気味の様子。
《てっきり、花タバコかと。いや、そちらの方が断然いいのですが》
「えっ、あいつタバコが欲しいの?」
《アークにタバコは与えないでくださいね》
「というか、戦場にタバコなんて持ち込めないって。そもそも、ここに来るまで俺は獄中にいたんだから、手に入れることは無理があるからな」
《流石はジョクラトル。これでアークもあなたも健康を守れますね》
先ほどの緊張から一変してほのぼのとした空気になりつつあるこの場にシーフェは小さく笑いながらも「それじゃあ」とフォードを上空へと行くように促した。
「俺は拠点に戻りがてら、サックスさんたちのことをみんなに伝えてきますね」
「ああ、そうだな。頼んだよ」
《よろしくお願いします》
そうシーフェが〈フラーテル・アウローラ〉の拠点へと向かおうとしたときだった。二人の通信機器に音が入ってきたかと思えば――。
《――インペリウム帝国内にいるパクス同盟軍全員に告げる》
参謀からの連絡だった。これはグローリア民族でなくても、誰もが予想できること。二人は静かに命令が下るのを待ち侘びた。
《――帝都ケチュータへと進行するときは来たれり。北部、西部、南部の各隊は速やかに新たなパクス同盟軍特別部隊と合流し、大元を叩け。繰り返す――》
連絡の声が途絶えると、ジョクラトルはサックスとシーフェに「二手に分かれよう」と提案を出した。
「合流班と遺体回収班だ。おそらく、どこも遺体回収なんて頭にない連中が多い。だからこそ、俺たちがしなくてはならない。でも、合流もしなくてはならないから――」
ジョクラトルはシーフェの肩に手を置いた。
「シーフェ君、君だ。君が班長になって、アクアさんと三人ほどの兵の人たちで遺体の回収をし続けてくれないか?」
「俺が、ですか?」
「ああ。サックス、シーフェ君のサポートを頼んだ」
《かしこまりました》
あまりの急な話にシーフェは「ちょっと待ってください」とどこかへと連絡を入れようとするジョクラトルを止めた。彼は「なんで俺が班長なんですか?」と疑問を抱いているらしい。
「俺よりも他の兵士さんの方が上手くリードしていけるのに」
「まあ、それについては否定しない。が、俺が選定した理由はシーフェ君が持つ信頼度だ」
それはどういう意味だろうか。首を傾げるシーフェにジョクラトルは「サックスに対する信頼度とサックスの信頼度だって言ったらわかるかな」と言う。二度聞いて、どことなく理解はできた。
「少ない人数での遺体回収で必要不可欠なのはサックスになる。そのサックス自身はそもそもがインペリウム帝国軍の〈ニンギョウの目〉という存在だ。俺が他の隊員に彼女を説明したとて、すぐに信頼できる人はいるわけがないからな。だから、一番〈ニンギョウの目〉との交流が多いシーフェ君が適任だと思ったんだ」
「それだったら、アクアさんは……?」
「アクアさんの場合は〈ニンギョウの目〉と言うのは復讐相手そのものだからな。表向きは同意していても、アクアさん自体の心は責任と復讐心でとても苦しくなるはずだ。だから、外した」
何も遺体回収班のリーダーはシーフェが一番適任だとジョクラトルは譲らなかった。
「それに、君には魔術工学機器の友達がいる」
「…………」
《わたくしも、シーフェ殿が班長で問題はないと思います》
「でも、他の兵士さんたちがなんて言うか……それに、俺はいくらハーフと言えども、アルビオン王国の人間だし」
それが一番の問題。シーフェは北部進攻隊の誰よりも魔法エネルギーの放出量が少ないのだ。そのため、その欠点を補うためにジョクラトルより防御型魔術工学武具〈フェア・ヴェーゼン〉を借りている。そんな不安要素に彼は「魔法エネルギーの放出量が少なくても、それは何もおかしなことじゃないさ」と言った。
「カーリーのおじさんだって、魔法エネルギーの放出量が少ないルーメン民族だったのに、〈フラーテル・アウローラ〉のリーダーをしていたんだぜ」
だから、自分に自信を持て。そうジョクラトルに言われるのだったが、シーフェはそれでも愁眉を見せる顔は相変わらず。不安が大きい。その感情を心に残したまま、ジョクラトルは一足先に〈フラーテル・アウローラ〉の拠点へ戻るように、彼に促すのであった。




