嫌なことはいつだって
[インペリウム帝国帝都攻略作戦における注意事項]
本作戦は〈黒い壁〉の完全な破壊を前提として行うものとする。まず、手始めに帝都への投降放送を流して一般市民を避難させること。それでも規定時間以内に避難していない者は市民もいるので、国際法に則り、無暗に攻撃をしてはならないこと肝に銘じておくように。なお、攻略時において、帝都の中枢機関にもパクス同盟軍は足を踏み入れるが、無駄に血を流さないようにしておくこと。帝都内で皇帝やその家族を拘束するが、彼らについては誓約書を読ませた上で、同意させること。
また、パクス同盟軍の信条を否定するものがいると思うが、そちらに関しては一般市民が我々に攻撃をしてこない限り、手出しは禁止とする。パクス同盟軍の攻撃対象は軍人と軍魔術工学機器類のみとする。
上記の条件を守り、本作戦に挑むように。隊の詳細な行動範囲については別紙に記載しているため、各自で確認しておくように。
5726.212 パクス同盟軍参謀本部
これよりケチュータへと向かうはずのアークたちであるが、彼らはT.03要塞内にいた。流石は〈制御装置塔〉を破壊したということもあってか、ちらほらと〈OPERATOR〉の残骸はあるようである。〈SIPs〉の死体はない。ということは、すでにインペリウム帝国軍に回収されたか。
一応は無人と化しているT.03要塞。であるが、パクス同盟軍というやつらは完全には制圧をし切れていないらしい。〈OPERATOR〉を回収する〈SIPs〉を発見したのだ。もちろん、そいつはポンコツどもと同様に、魔法エネルギーを与えるだけで復活する。
アークたちは物陰に隠れてその様子を窺っていた。この現状にルーメン民族の女は「どうして?」と疑問を抱いているらしい。
「ケチュータ行くのに、T.03要塞には何の用事があるの?」
これに答えてくれたのはアークではなく、サックスだった。彼女は《移動術式魔法陣があるからですよ》と目先にある建物に目玉を向けていた。
《ここから帝都まではかなりの時間が掛かります。その時間短縮をするために、移動術式魔法陣で向かうのですよ》
「行けるって言っても、ケチュータのどこにつながっているの?」
《インペリウム帝国軍の本部となります。もっと、簡単に言うならば、皇帝が住まう城とでも言いますか》
敵の大将がいる場所に行くという事実にカーリーは声を上げそうになった。思わず、自身の声を押し殺すようにして、口を塞ぐ。そんな彼女にサックスは《ですよね》と同意はしてくれているようである。このやりとりをしているカーリーたちをよそに、隙を窺って行動をしようとするアークを止めに入った。
「それ、下手したら包囲されるやつだよね?」
「じゃなきゃ、どこへ向かうってんだ。住居区に用は何もねぇだろ」
「じゃあ、訊くけど、アークは万全な状態だって言うの? たくさんの敵が来ても、対処しきれないでしょ?」
そう訊ねるカーリーにアークはほんの少しだけ難しそうな顔を見せた。ほら、やっぱり。まだ完全に力が戻っていないんだ。
「ザインから受け取ったの、あれらがどうしてかここの要塞にあったんでしょ? ということは、残り三つの場所にもあるかもしれない。でも、ジョクラトルは満を期したらケチュータに来いって言っていた。それって、力を取り戻してから来いって意味じゃないの?」
どちらにせよ、力のないアークはあまり強力的な魔術を多用することは不可能。であるならば、それぞれの要塞の方面へと赴き、彼自身の生命エネルギーの結晶を回収するか。それとも、それは後回しにしておいて、先にケチュータの方へと向かうべきなのか。ただ、中央へと向かうにはあまりにも難しい局面ではあることをアークは知っておかなければならないのであろう。
「ケチュータ行くの、ダメってわけじゃないだろうけどさ……今のままじゃ、アークも私もサックスもどうしようもないよ」
アークはどう判断を下すのか。何やら、物事を考えるような表情を見せたかと思えば――。
「ケチュータに今すぐ行く」
その考えは変わりないらしい。それについて、考え改めて欲しいと思う。そう口に出そうとするが、アークは動いた。〈ニンギョウ〉そして、〈ニンギョウの目〉を破壊する。そんな彼は少しだけ疲労を見せながらも「行き先は別の場所だ」と言った。
「あんたの言い分はわからなくもない。だから、これから味方をつけに行けばいいだろ」
「えっ、それって、どういう……?」
訊ねる前にして、アークは一人先に建物内へと入っていくではないか。答えてくれないならば、サックスに訊こうとするも時間が惜しい。彼がどこへ行くのか見当もつかないから、追いかけるカーリーであった。
◆
久々の移動術式魔法陣を通って、自分たちがやって来た場所はどこかの建物内ではあるようだ。カーリーの頭に思い浮かぶ疑問にサックスが《ここは帝都内にある倉庫のようですね》と教えてくれた。
《アークはこの場所をご存じだったのですね》
「前にポンコツ一号に、ここの資料を見せてもらったことがあったからな」
アーク曰く、以前にパティを破壊しそうになったときに、彼から「もしものとき」のことを教えてもらっていたらしい。
《ここはわたくしたち、〈OPERATOR〉の修理場なのですよ。〈SIPs〉でもどうしようもないときに、ここへ持ってくれば大抵は復旧が可能となるのですよ》
「じゃあ、アークが味方をつけるって……」
「そういうこと」
そうであっても、今のアークには魔法エネルギーを大量放出なんて難しい案件ではないだろうか。ザインから受け取った生命エネルギーの結晶で多少は取り戻せていても、いつもの調子ではないのは明白。それでも、彼は少しばかり顔を歪ませながらも、周囲に安置された〈ニンギョウの目〉へと自身の魔法エネルギーを送り込んだ。徐々に起動再開していく〈ニンギョウの目〉はこちらに敵意なしで近付いてきた。
《私たちに何なりとお申し付けください》
パティやサックスとは段違いの無機質感あふれる〈ニンギョウの目〉たち。指示待ちの彼らにアークは気分悪そうな面持ちながらも「レグルスの居場所を突き止めろ」と、彼らに命令を下していた。彼の指示に、一気に散っていく機械ら。それを見送るアークは小休憩をするようで、近くの壁に寄り掛かった。これにカーリーは「大丈夫なの?」と愁眉を見せていた。
「ここで休むにしても、〈ニンギョウ〉とかが来てしまったら、危ないんじゃ……」
《いえ、ここにいるのは〈SIPs〉ではありません。ましてや、〈OPERATOR〉もいませんし》
「じゃあ、誰がいるの?」
誰かがいることは間違いない。サックスのいう言葉にカーリーは辺りを警戒していると、こちらへと一人の人物が現れて――。
「誰!?」
自分たちの姿に目を丸くする小柄な女性。見た目からして、マキナ民族。なぜに、異民族がここにいるのかという疑問はすぐに解消された。彼女はインペリウム帝国が雇ったであろう〈顰蹙の空〉に取り残されたマキナ民族の魔術工学技師のはずだ。それ以外は考えられない。
相手がインペリウム人ではないということがわかり、カーリーは「待ってください」と自分たちの不審さをなくそうと試みるのだった。
「私たちは、その……」
しかしながら、この魔術工学技師に本当のことを言ったとて、味方になってもらえるのだろうか。とてもながらあやしい。ガリブルたちみたいにして、研究所を逃げ出したわけでもない技師であろうから――。
女性の魔術工学技師は術式魔法変換仗砲を手に取ると、先端をこちらに向けた。明らかに、いつでも攻撃できますよと言っているように思える。実際にそのようで「反インペリウム帝国軍か」と敵意を露わにしていたのだから。間違いなく、彼女はインペリウム帝国の考えに大賛成する異民族だろう。
「このすばらしき〈祝福の空〉を破壊した蛮族どもめ! 今、ここで成敗してくれる!」
カーリーの弁明(とは言っても、言い訳に近い)すらも無視して、攻撃してくるではないか。このままでは、とサックスがアークも含めて盾になってくれた。この事実に魔術工学技師は更に目を丸くする。
「なんで……? お前たち、何者だ?」
これ以上の交戦は好ましくない。そう覚ったカーリーは魔術工学技師の傍らにあるスクラップに目掛けて術式魔法弾を撃ち放った。ただの金属の塊が彼女へと襲いかかり――その怯みの隙をついて、アークの手を引っ張って逃げ出した。この交戦状態である魔術工学技師、戦闘が長引けば、長引くほど自分たちが不利になりかねない。そんな資質を持ち合わせていると言うか、何と言うか。厄介な隠し玉を持っていそうな気がしたのだ。それも、万全状態でいるアークでさえも太刀打ちできない状況に追い込まれそうで。
後ろからは魔術工学技師の「待て!」という大声が聞こえてくる。無論、誰も待つ必要はない。だからこそ、この〈ニンギョウの目〉の修理場から脱出するために出口を探す。サックスを頼る。彼女は《こちらです》と案内をしてくれた。
《ここは〈SIPs〉や〈OPERATOR〉が巡回していない代わり、窓やドアが少なく、出入口のセキュリティは常に厳戒状態なのですよ》
「それじゃあ、逃げるに逃げられないってこと!?」
《いえ、一つだけそのセキュリティを掻い潜れるエリアがあるのですが……いかんせん、わたくしはそこを利用したことがなくて……》
道案内はできるが、その案内先で何があるのか。何が起きるのかは全くわからないし、予想もつかないらしい。この曖昧な条件で向かうことに抵抗があるのだが――セキュリティというものがあるのだ。余計に敵を増やして逃げ回るのだけは勘弁して欲しい。今のアークがこんな状況で楽しく鬼ごっこなんてやっていられない。というより、楽しい状況なんてここには一切ないのだが。だったら、腹を括っていくしかない。覚悟は最初から決めているようなものだから。
であっても、何かしらのヒントで憶測を立てられないだろうか。そう考えるカーリーはアークの手を引っ張りながら「ねえ」とサックスに訊いた。
「ここって、〈ニンギョウの目〉の修理場でしょ? それ以外に併設されたものってある?」
《わたくし自身のプログラムの中には存在していないようですが、憶測を立てるとするならば……何かしらの機械の修理場であることは間違いないでしょう。ただ、その何かしらの機械の修理場ともなると、大きくもなく、小さくもない魔術工学機器でしょうね。戦闘飛行機ともなれば、専門の修理場ですし》
「だったら、術式魔法変換仗砲とかありそうだよね」
《なるほど。ですが、それがどこにあるのかは……》
「逃げた先にあったらいいねって話だよっ」
これでも追手は結構なやり手らしい。一研究者で、戦闘経験があまりなさそうなのに。よくもまあ、こちらとの体力と同等ながらも追い掛けてくるものだ。背後から迫りくる魔術に寿命が縮みそう。
「相手は私たちに発信機でも取り付けたかっていうぐらいしつこく着いてきている。そして、私たちは追手一人に対処できないほどの弱者」
《でしょうね》
と、何を思ったのか。ここでアークがカーリーの手を振り払って、追い掛けてくる魔術工学技師の前に対峙した。
「ちょっと、アーク!?」
何を考えているのだろうか。下手なことをしてしまえば、〈ニンギョウ〉や〈ニンギョウの目〉のお出ましになるかもしれないのに。
逃げたい気持ちのカーリーをよそに、アークは「戻ってこい」と小さく呟いた。この声は彼女の耳にしか届いていないとばかり思っていたのだが――。
「そこの女を殺せ」
どこから出没したのかは全くわからない。いきなり姿を見せた数機の〈ニンギョウの目〉。そいつらは赤い目を更に警戒色とするようにして、目玉から術式魔法弾を魔術工学技師に目掛けて撃ち放つのだった。
このとき、視力が誰よりもいいカーリーが見たアークの表情はにやけ面でも無表情でもなかった。戦闘では珍しい苦虫を潰したような面持ちでいたのである。この表情、最初は〈ニンギョウの目〉を呼び寄せるのに、大量の魔法エネルギーを消費したのかと思った。だが、実際は違った。
確かにアークが呼び寄せた〈ニンギョウの目〉たちは女性の魔術工学技師に攻撃を仕掛けていた。これはカーリーも見ていたし、サックスも見ていた。もちろん、指示を下したアークは当然なのである。
しかしながら、相手はその場に崩れるも――すぐに復帰してしまう。ダラダラと赤い血を垂れ流し、こちらを見る魔術工学技師。手に持っていた術式魔法変換仗砲は床に落とされる。彼女はそれを拾うこともなく、ただ立っていた。アークのような生き返りの魔術を使った? 答えはノー。いや、答えを知らずともそれは違うと断言できる。なぜって、その魔術工学技師自体は誰がどう見ても死んでいるのだから。
死んでいるのに? どういう意味だって? それはカーリーも知りたいことだ。いいや、珍しくアークだって自分以外で知りたいと思っていることだろう。それでも、見たままで言うならば、女性の魔術工学技師は死んでいる。でも、誰かに強引に立たされているようだった。手足はもちろん、首すらもだらんとだらしない。視線は一切合わない。だからと言って、目が泳いでいるわけでもない。瞬きなんて絶対にしていない。口から、目から、鼻から、彼女の色んな体中の穴からは体液を垂れ流していた。彼女がだらしなく立つ場所には汚い色の水たまりができていた。
この謎だらけの状況にサックスが分析をしてくれた。まず彼女が始めに言ったのは《彼女は死んだはずなのに》である。
《誰の魔法エネルギーかはわかりませんが、なぜに彼女からインペリウム人の魔法エネルギーが感知されるのでしょうか》
いや、それどころか――。
《そもそも、彼女は本当にマキナ民族なのですか?》
それに関しては、カーリーが「そうでしょ?」と視線は魔術工学技士のまま。
「歯が黒いもの。たとえ、この人がクオンみたいなハーフであっても、どちらの魔法エネルギーの質も感知される。でしょ?」
だから、あのだらけた魔術工学技師から感知できる魔法エネルギーに不具合というものは存在しない。そのことぐらい、サックスは知っているはずだろうに――知っている、当たり前のこととはまた別のことであるならば?
「ポンコツども!」
アークが声を張り上げる。魔術工学技師を取り囲んだ〈ニンギョウの目〉たちは一斉に、彼女に攻撃を仕掛けた。それでもなお、彼女の体はすぐに起き上がるという不審な状況を作ってくれるのだった。あまつさえ、自分が魔術を当ててみるも――やはり、起き上がる魔術工学技師。何とも気味の悪い。人じゃない。何というか――。
カーリーの視線が〈ニンギョウの目〉に映る。彼らはインペリウム人の魔法エネルギーによって動く機械。そんな彼らの中心にいる魔術工学技師は、〈ニンギョウの目〉と同じように、何だか操られているような――。
《気になりますね》
サックスの目玉の光がゆっくり点灯している。これにカーリーも気付いた。気配はある。ただ、この気配は自分たちに対して隠す気がないように思えた。
《なぜに他民族からインペリウム人の魔法エネルギーが感知できるのでしょうか》
いつの間にか、自分たちを多民族のお人形さんみたいな人たちが囲っているのだった。彼女の発言のその意味は――彼らはインペリウム人とのハーフではないということらしい。ということは、もはやこの結論に辿り着く以外に何が考えられる? それならば、クオンたちから聞いた話は嘘ではなかったということになる。
「〈ニンギョウ〉である誰かが私たちに気付いている?」
だらしない人形たちはインペリウム人の魔法エネルギーによって、強引に立たされている。であるならば、術者が自分たちを監視している可能性がある。だったら、監視カメラは? 〈ニンギョウの目〉はいるのか。カーリーは自身の光る紫色の目を目配せた。現在のところ、あやしい物影はなし。
「クソッ……ポンコツども」
アークがこの現状をどうにかしようと、所有権を剥奪した〈ニンギョウの目〉たちを利用しようとするが、そこはサックスに止められてしまうのだった。
《彼らは生きておりませんが、誰かが操っております。つまり、術者をどうにかしないと、彼らの動きは止まりませんよ》
厄介な案件だとアークは舌打ちをした。だが、そのように悠長にしていられない。すぐさま、ここから逃げ出さないと。とにかく、道を作れ。その考えの基、カーリーとサックスは術式魔法弾で道を作り、その場を駆け出すのだった。
「サックス。術者って、感知できる?」
後ろから追い掛けてくることはわかっていた。だからこそ、カーリーがサックスにそう訊ねると――。
《周囲で感知できる魔法エネルギーが複数あります。もちろん、追手ではないところをサーチした結果ですよ》
ああ、もう。そうやって、逃げ道は狭まっていく。ここはセキュリティが厳しい場所だからこその選択余地のない状況に追い込まれるのだ。どんどんとアークたちは逃げる場所が限られて言っている。仕舞いには、下のエリアへと向かっているようだった。ただ、そこへとつながる道に明かりがあってよかったとだけは思っている。
「なんか、地下に行ってない!?」
《しかしながら、面倒なセキュリティを掻い潜れる道はこちらしか残されていません》
「それ、行き詰まりってことだよな」
アークが珍しくもツッコミを入れているという時点で、彼も危機感を持っているという証拠だろう。もう自分たちだけではどうしようもないほどの限界が訪れていたのだった。アークは走りながら言う。どうせなら、無理にでも行った方がよかったと。何を今更なことを言うか。後ろからは攻撃を当てても絶対に諦めないと言わんばかりに立ち上がってくる猛者がいるのだぞ。
そうこうしていると、行き止まりが。打つ手なしか。カーリーが足を止めて眉根を寄せていたが――あっ。
追手を一瞥した。その様子の彼女にアークは気付いたようで「俺は何をしたらいい?」と訊いてくる。この二人の言行にサックスは《どうされましたか?》と理解不能。
《アークがバカスカと魔術を撃っても、物理攻撃を加えてもどうしようもありませんよ》
「いや……あっ、そっか。あのときは、サックスはまだいなかったから……」
自分たちが劣勢状態になったのは今回だけにあらず。それに気付けたのは、追手がまるで〈ニンギョウの目〉のような相手だからである。
「アーク、できるよね? 魔法エネルギーの強奪」
「そういうことかっ」
久々の不敵な笑み。だらしないお人形さんたちに対して、手の平を向けた。今のアークには大量の魔法エネルギーを放出するだけの力はないが、大量の魔法エネルギーを奪取する力は――ある。
アークはだらしないお人形さんたちを操る魔法エネルギーを奪う。同じインペリウム人であるならば――いや、これはアークにしかできない業だろうか。カーリーには当面できない芸当だ。
さあさあ、お人形さんを操っている糸を切りましょう。その糸はこちらがいただきましょう。安心してくださいな。こちらがとっても有効な活用方法をご存じなので。
ぶつん。何かが切れたような音がカーリーの耳に入ってきたかと思えば、自分たちの目の前にいただらしない人形たちは本当のだらしないお人形さんへとなってしまった。彼女は彼らを操っていた魔法エネルギーを手に入れたアークの方を見た。彼の手には手のひらサイズの虹色に光る綺麗な石があった。これは――。
《魔法エネルギーの結晶ですね》
「ザインからもらった生命エネルギーの結晶はアークの身体の中に入ったのに?」
《それはあくまでも、アーク自身の生命エネルギーの結晶だからですよ。これはインペリウム人の魔法エネルギーではありますが、アーク自身のものではないのですから》
それだからこそ、こうして結晶化にするのが限界ではないかとサックスは言う。そうであっても、とりあえずは絶体絶命的な状況から免れたということ。これにカーリーは安堵した。よかった、と。
「一応は、一安心ってところだね」
改めて、行き止まりであるこの場所を見渡した。まさに一方通行とでも呼べる通路。横道なんて存在しない。ましてや、ドアすらも。なんとも、とんでもない場所に来てしまったな。そのように不気味だと考えながらも――。
「早く、脱出しよう」
カーリーはアークたちにそう促すのだった。幸いなことに――いいや、当然と決め付けるのは些か可哀想ではあるが、流石はサックスと言うべきか。彼女は元来た道を覚えているようなので、サックスの案内のもと、二人は彼女の後をついていくことに。今のところ、だらしない人形みたいなのは出現しないようだから、安心しきっているのだろう。カーリーが「ねえ」とまだ物珍しさのおかげで周囲を見渡していた。
「ここって何の修理場だろう?」
《わかりませんね。わたくしのデータにはないようです。アークはパティからの情報で何かしら覚えていますか?》
「知らねぇな、こんなところ」
そもそもがここに来ないから。その返しにサックスは《そうでしたね》と納得した。そうして、彼女が先頭に立ちフワフワと前へ進んでいると――。
《先に生命体反応が複数あります》
自分たちが向かう先に誰かがいるという情報を教えてくれた。これに二人は戦闘態勢を構える。相手を詳しく分析していると、その相手はどうも〈ニンギョウ〉ではないらしい。それでは、誰なのか。また先ほどの魔術工学技師であるのか。そうカーリーが憶測を立てていたのだが――。
《ルーメン民族のようでありますね。彼らの魔法エネルギーはもちろん、インペリウム人の魔法エネルギーも感知しました》
「え?」
予想をしていなくてはならないが、予想外だった。ということは、クオンが――ジョクラトルが言う、操りお人形さんがまたいるということ。だがしかし、一つだけ気がかりなことがある。現在のパクス同盟軍とインペリウム帝国軍の交戦状態を確認すると、パクス同盟軍にルーメン自治区は全くかかわっていないはずだ。元々、グローリアと折り合いが良くない地域。この戦争に参加する気などないと言っても過言ではない。百歩譲っても、彼らはグローリアとは手を組まず、自分たちの力でどうにかするだろう。
これまでの知識と歴史を上手く組み合わせて導き出した答え。先にいるのがルーメン民族。ただ、彼らはパクス同盟軍ではない。であるならば、単独で進攻しているルーメン民族か。というよりも、彼らはインペリウム帝国へと攻めることができる軍隊を持ち合わせてはいなかったはずではないだろうか。そうなると――。
自分たちの居場所を嗅ぎつけたとでも言うようにして、現れた操りお人形さんたち。彼らのその姿を見て、カーリーは自分自身のその目が憎いと思うようになる。そこにいたのは、死んだはずの父親に兄――何も彼らだけではない。〈フラーテル・アウローラ〉にいたルーメン民族のほとんどがただ虚空を見つめながら突っ立っていたのである。
カーリーは哭き叫ぶ。どうして、こんな仕打ちが自分に待ち受けるのだろうか、と。
「もう嫌だっ!」
ただでさえ、隣に立っているのは目の前にいる父親と兄を殺した男がいるというのに。それだけでも悲しいのに。もっと、悲しい事実が来るとは思いもよらずして――カーリーは頭痛がするのだった。遠くからはサックスの声がただ虚しく聞こえるだけ。
[PT-004879の音声ログ:187.163=5726.217]
《ねえ、パティ。聞きたいことがあるんだけど》
《いかがなされましたか、ルナ》
《死んだ人を操る魔術ってあるの?》
《生憎、僕が記録している情報データ内には存在しませんが、先ほどのSIPN-1が操っていた魔法エネルギーと彼自身の魔法エネルギーは違うと言ってもおかしくはありませんね》
《ちょっと待って。それ、どういうこと? 親父たちが操っていたのはSIPN-1ってやつなんだよね? それなのに、魔法エネルギーが違うって……そっちの方がよっぽどおかしいよ》
《確かに。その人が操っているから、その人の魔法エネルギーなんでしょう?》
《しかしながら、僕の魔法エネルギー感知によれば、SIPN-1のとは違う魔法エネルギーも感知したのですよ。それも、インペリウム人の魔法エネルギーを。おかしいのは、僕自身も十分に承知しています》
《もしも、それが本当だってなら、術者を操る術者が存在するってことだよね? かなり厄介じゃないか》
《そうなのですよ。難しいことに、その黒幕の特定はわからないのですよ》
《困ったね。これじゃあ、あまり動けない……》
《どうされましたか、ソナ》
《あたしたちの親父たちは死んでいるはずなのに、ああして強引に動かされていたんだ。となると、もちろんカーリーのおじさんだってそうなることは十分にありえるよね。人様の墓を掘り返している最低野郎どもがその作戦を実行している時点で》
《そうでしょうね》
《その真実を知って、理解していたとしても、実の肉親の死体が親父たちみたいにして操られるんだったら……》
《お姉ちゃん……》
《あたしたちはまだいいんだ。お互いがいるから。でも、カーリーは独りになった。その隣には家族の仇すらもいる。どう考えても、耐えがたい現実だろうよ》




