小さな望みに縋る者たち
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【インペリウム帝国帝都ケチュータ(〈祝福の空〉展開後)】
インペリウム帝国の中心都市。面積、規模、人口ともに5726年時点ですべて不明。インペリウム帝国が〈祝福の空〉、あるいは〈黒い壁〉を展開する158年前の情報データはまだ〈SHARE〉内に残されている。
○リンク:【インペリウム帝国(〈祝福の空〉展開前)】
〈フラーテル・アウローラ〉の本拠点にはたくさんの遺体が。一応はジョクラトルがパクス同盟軍本部に遺体回収の依頼を要請しているようだが、いつになったら来ることやら。時間が過ぎる度に増えていく遺体。これにアクアは心を痛めていた。どうにか、こうにか死体の腐敗を防ぐ努力はしているとは言え、直接見ることには抵抗がある。だが、誰かがしなければ、腐っていくだけ。きっと、故郷で待つ家族はそのようなことは望まないだろう。
「らくちゃん」
腐敗の進行を防ぐには湿気が少ない方がいいだろう。それ以外の術はない。そんな魔術なんて聞いたことが――いや、あるにはあるだろう。ジョクラトルからの報告。死んだはずのSIPW-1という人物が操り人形のようにして動いていたという話。彼女を操っていた人物は腐敗状態にはせずして、本物の人体として復活させているはずだ。
――アークさんには生き返りの魔術……。
自分にはまだまだ知らない魔術が多過ぎて困惑する。いや、きっと他のパクス同盟軍の人たちも同じ気持ちだろう。ここまでに気持ちの悪い魔術を屈指してこちらの戦意を削ぐようなことをしてのける軍隊なのだから。
アクアは空気中の水分を集めてラクリモサを創り出した。その彼女に可能かどうかはわからないが、「腐るのを止めることができる?」と訊いてみた。だが、ラクリモサは首を傾げるだけ。水神様であっても、その方法はわからないのだ。そう考えると、インペリウム帝国はとんでもなく恐ろしい国であることが窺える。そんな訳のわからない力を持つ国との戦い。ジョクラトルと他の兵士たちの会話を聞いていたらわかる。自分たちの状況は勝ってはいるものの、負けに等しいと。当然だ。倒した相手が普通に復活しているのだから。それも、こちらの味方を利用してまで。
「大丈夫、かなぁ」
遺体安置所に長居する気はなれなくて、アクアは二度と目を覚まさないミレルを一瞥すると、その場を離れた。パクス同盟軍人たちがいる場所へと来てみると、シーフェが彼らにぎこちなく指示を出しているのが見えた。傍らにはサックスもいる。そう、昨日からジョクラトルが彼に遺体回収班としてのリーダーに任命したのだ。これに快くなく思う彼らは一人、二人ぐらいはいる。自分がグローリア民族でなくても、この場の雰囲気でわかるのだ。きっと、不満がある者たちは自分に危害が及ぶ心配もあるから、渋々指示を受けているのだと思えた。
兵士たちに指示を与え終え、彼らが解散したところでアクアはシーフェとサックスへと近付く。
「お疲れ様です。疲れてはいませんか?」
「あ、ああ、はい。不安だらけだけど、俺なら大丈夫です」
《その割には疲労が見えていますよ。慣れないことでストレスが溜まっているのかもしれませんね》
素直にサックスはすごいと思っている。アクア自身と同じような存在でもあるから。
《ほんの少しばかり、ストレスを緩和するために外の空気でも吸われてはいかがでしょうか》
「他の兵士さんたちが仕事しているのに、俺だけサボれないですよ」
シーフェは結構な真面目人物であることも窺える。であっても、一人で抱え込むのもきっと、いつかは心が壊れてしまうのも同然だ。であるならば、とアクアが「それなら」と一つの提案を出す。
「私も一緒にサボりますから、外の空気を吸いに行きませんか?」
「えっ、あ……でも……」
「あまり抱え込んでいては、ダメですよ」
「……は、はい」
半ば強引だったかもしれない。それでも、とアクアとサックスはシーフェを連れて屋外へと出た。たくさんの木々の隙間からは青空が見えている。この〈フラーテル・アウローラ〉の本拠点にいた頃の彼らはあの空を夢見て生きていたんだろうな、と考えると感慨深いものである。
外に出て、シーフェは大きく息を吐いた。切羽詰まっていたものがほんのちょっぴりどこかへと飛ばされただろうか。やはり、気分転換にはよかったようだ。サックスも《落ち着くでしょう》と声を掛けてくる。
《こういうことも悪くはないと思いますよ》
「ありがとうございます」
少しだけ肩の荷が下りたのか、シーフェは小さな笑みを見せてくれた。その表情はどこかミレルに似ているようである。それもそうだ。彼らは従兄弟同士なのだから。
ミレルのことはとても残念だと思う。最初はアークのことを慕っている人だから怖い人だと思っていたが、話をしてみれば存外いい人だってことがわかった。実は博識な人なんだってこともわかった。
――あんないい人だったのに……。
なぜにミレルは学校で落ちこぼれだなんて言われていたのか。何も知らないからこそ、気になる。仲のいいシーフェは知っているのだろうか。
どうしても気になったアクア。訊くべきか迷いが生じるが――。
「あの、このようなことをこの場で訊くのもなんですが……」
彼女の呼び掛けにシーフェとサックスがこちらを見てきた。
「ミレルさんって、どうして落ちこぼれだったのですか?」
彼は別に魔法エネルギーの放出量が少ないわけでもない。だからと言って、座学の成績が悪いというわけでもなさそうである。
シーフェはこのことを知っているのだろうか。そちらの疑問もあったのだが――。
「ミレルのことは、俺もよくわからないんです。ただ、周りの人たちからはあまりよく思われていないだけのように見えるみたいで」
「そう、ですか」
「でも、一人知っている人はいるかもしれない」
その言葉にアクアは顔を上げた。シーフェの薄くて青色の目は青空に向けている。
「俺たちは軍にとんでもないことをした人の逃亡に関わっていたからここにいるようなものだけど……その人なら、ミレルのことについて何か知っているかもしれません」
その人物はアド・リビティウムという女性。学校の非常勤講師をしているらしく、ひょんなことでグローリア連邦共和国軍に追われ、どこかへと逃亡したとシーフェは説明をした。
「今はこの状況だからどうしようもないけれども、その人はフィデスと一緒にいるから落ち着いたら一緒に訊きに行きましょ」
「そうですね」
約束を交わし、シーフェは再び大きな息を吐いた。そして、アクアとサックスに「ありがとうございました」とお礼を言う。
「気分が少しばかり晴れました。これから俺も働きに行ってきますね」
他の人たちばかり任せるのも気が引けると言うシーフェはサックスを連れて「それじゃあ」とアクアに顔を向けた。
「行ってきます」
年相応の少年の笑顔。強張った表情が少しばかり解けたようにも思う。これにアクアはよかった、と安堵を見せた。
「行っていらっしゃい」
◆
そこまでは日にちは経っていないと思う。それでも、かなりの日数でインペリウム帝国の土地にいるなと実感する。ここはケチュータへと制圧するパクス同盟軍の陣地内。そこでは多数の味方がいた。
しかしながら、ジョクラトルたち――ザインを匿ったとして裏切り者としてのレッテルを貼られている彼らはその陣地より離れた場所で野営をせざるをえなかった。これにザインは申し訳なさそうにするが、気にしなくていいと一同に言われていた。
「もし、ザインがアークと同じような立場であっても、ここで野営をするという未来は変わらないさ」
「そうだよ。気に病むことはない」
ジョクラトルやクオンはそう言っているものの、ザインの視線はソナとルナにあった。彼女たちは完全なとばっちりであろう。なんて思っていると、彼の心内にどことなく気付いたソナが「あたしたちのことは気にするな」と優しく声を掛けてきた。
「これでもあたしたちはあっちにいる誰よりも、魔術が掛けられている、掛けられていない〈ニンギョウ〉の区別はつく。お前は間違いなく、あたしたちの味方だってことがわかるから」
そう言うソナにルナも頷いた。そうして、認めてもらえることが嬉しくて、ザインの胸の奥が熱くなる。何なのだろうか、この感情は。不思議に感じていると、ジョクラトルが「きっと、俺たちには教えてもらえないだろうけど」とパクス同盟軍の拠点の方向に顔を向ける。
「狙いは皇帝及び、その皇族たちの拘束が優先かな。次点で政治家や宰相あたりか」
「その目的のためにあたしたちが道を作らなきゃならないってこと?」
「そう、中将はインペリウムの土地で死ねと言っていたからな」
元々のインペリウム帝国へ攻めるという作戦を考えたのはカリクルスブン本人だ。彼はアーク自身を生命エネルギーの結晶に変えることができたと自信ありげにしていたが――カリクルスブンもこちらも誤算が生じてしまった。まさか、再びこの国の地へと足を踏み入れるとは思わなかったから。
こればかりは、過去を変えることはできない。そうため息をつきながら、周囲を警戒していると、ソナたちと共に行動をしていたパティが《カリクルスブン中将ならば》と口を開いた。誰もが彼の方へと注目する。
《あの人は死にましたよ》
「死んだって……」
《僕が対処しました。どちらにせよ、彼がいると、アークも皆さんもグローリアにいることはできないと判断いたしましたので》
「そう、なのか」
段々と空気が重たくなる。その雰囲気を読めないパティではあるが、そこをフォローするようにしてザインが「そういう運命だったって考えたらいいんじゃないかな」と口にした。
「その人は多分、ふんぞり返れる地位を夢見過ぎていたから、周りが見えなくなってしまっただけだと思うんじゃないかな」
「それはボクたちから見て、天罰として見るべきだってこと?」
「そう。俺たちだって、俺のことやあいつのことを黙っていた。だから、こんな結果が待っていた。そう考えると一緒じゃないか?」
ザインの言うように考えると――彼らの心の中にある妙なしこりは取れそうな気分になった。自分たちと一緒に置き換える。これで、きっと対等な関係になれたはず。そういう風に思っていると「非現実的でありながらも、現実的な考えね」そうドミナがやって来た。どうやら、ジョクラトルたちに報告をしに来たようである。
「向こうはどんな作戦で行くって?」
「やっぱり、あなたたちを囮とした突撃ね。あと数時間で突撃開始。きっと、ケチュータは厳戒態勢だろうからって。こっちに持ってきた戦闘飛行機とかであなたたちを輸送して、置いていく感じかしら」
「でも、ここにいるみんな一緒にだろ?」
「そうね」
淡々と報告をしてはいるものの、ドミナはどこか悲しそうな表情を見せていた。彼女の言いたいことはわかる。自分たちもどのような結果があるのかも目に見えている。それだからこそ、ルナは「大丈夫」と言い聞かせるようにして発言をした。
「深く考えちゃダメ。何もかも知らないことにしておけば、逆に生存率は上がるかもしれない」
「その心意気は……どうなのかしら?」
ルナの適当感ある答えに、今度のドミナは困惑した。いや、この場にいる誰もが戸惑いを隠せずにいる。何もかも知らないことにしておけばいい? それで道理が通るだろうか。いいや、通さなければならないだろう。ここにいる誰もが死にたくないと感じているはずだ。
だがしかし、彼らには――〈フラーテル・アウローラ〉としての彼らには一つの信条がある。それは、何度も口にしてきた「人は死んだら生き返れない」ということ。あのアークという〈ニンギョウ〉が来てからは、その常識が覆されている。そうであっても、過去がそうであったように、現在も未来も同じだ。人は死んだら生き返れない。一瞬一瞬の時間を大切に生きること。自分たちが無事にこの忌まわしき土地から脱出するにはその考えを常に頭に入れておかなくてはならないだろう。
だからこその、深く考えないこと。とにかく、自分たちは前を見て生きることを目標に掲げる。そうすれば、死に逝くことはない。そう、ルナは言いたかったんだと思う。
「問題ないよ、ドミナさん。私たちはここにいる。まだ生きている。だから、無事に生還してくるよ」
「……そうね」
ルナの心意気にドミナは少しばかり安心した表情を見せた。いや、それどころか、ここにいる全員に不安を多少は取り除いてくれたようである。
「そうだな。生きることを目標にしていれば、俺たちは必ず勝てるんだ。それに、あの人たちはこの土地に慣れていないからな。俺たちが先導してやらなくちゃ、可哀想だ」
「もっともだな。ここに元ケチュータに住んでいたやつがいるしな」
「えっ、ザインってそうなの?」
「そうだぜ。俺はケチュータ出身だよ。そんで、たまたまサセス地区に異動しただけ」
衝撃な事実に誰もが驚きを隠せないでいた。みんなして、目を大きく見開いてザインを注視している。
「意外な情報だな」
「うん。クオンは知ってた?」
「いや、知らなかった。てっきり、サセス地区生まれと育ちかと」
「だったら、彼らに帝都の観光案内もできるじゃない」
「なるほど。って言っても……うーん、そもそも観光案内って何をしたらいいんだ? インペリウムにそんなことをするやつなんていないし」
《そもそもの職業が軍関係ぐらいですもんね。衣食住すべてが国営で賄っている状態ですし》
「じゃあ、あれだ。あたしたちは戦争しに来ているんだから、〈ニンギョウ〉や〈ニンギョウの目〉がたくさんいるところじゃないか?」
「じゃあ、皇居辺りか。あそこに案内すれば、たくさん大歓迎を受けるだろ」
「だな」
束の間の休息と言うべきか。この野営地に楽しそうな笑い声が響く。そんなジョクラトルたちのやり取りにドミナが「ねえ」と羨ましそうな顔を見せてきた。
「向こうに戻っても、顔見知りがほとんどいないの。また、こっちに来てもいいかしら?」
「ああ、いいぞ」
「じゃあ、隊長たちに報告してきたら戻ってくるから」
そうドミナが野営地を後にしようとするのだが、ここでパティが《ドミナ殿》と呼び止めた。彼女は声がした方へと振り向くと、彼が《その節はありがとうございました》とお礼を言った。
《あなたが僕を自由にしてくれたおかげで、僕のやるべきことが達成できました。本当に感謝しています》
「……そうね。まさか、〈ニンギョウの目〉からこんな風に言われるときが来るとは思わなかったわ」
《変わるのは人だけではないのですよ。僕たち機械だって、人並みの感情を持つことぐらいは許されるはずです》
そうでしょう。パティの言葉に一瞬だけ過去の出来事を思い出す。ややあって、その思い出の感傷に浸っていたが――「そうなのかも」と小さく微笑むと、顔を前に向けて歩き出した。
「流石はラティオが造った機械ね。よくできているわ」
「えっ!?」
「でも、設計者とかはあたしとガリブルだけどねぇ」
今度はクオンが驚く番なのだが、ドミナに褒められたことが余程嬉しいのか、パティが甘えてきた。そのせいで、彼女に訊きそびれてしまうが、そういうことかと一人でに納得する。父親が開発したこの〈ニンギョウの目〉はただの機械ではないということを。彼らは自律する。だからこそアップグレードなどをすれば、機能はもちろんのこと、色んなことを学んでくれる存在なのだ。
特にパティやサックスがその傾向にある。きっと、この甘えは本来の持ち主であるアーク、あるいはカーリーに会いたいという思いがあるからなのだろう。それだからこそ、彼はカリクルスブンを殺害した。そう考えれば、納得できる。
クオンは「カーリーたちとはケチュータで合流予定だよね?」とジョクラトルに確認を取った。その会話にパティは《そうなんですよねぇ》とどこか嬉しげ。やはり、彼はあの二人に会いたいのだ。
「ああ、パティもあの放送を聞いたんだね」
《もちろんですとも!》
だが、会いたい人にこうしてワクワクするのは何もパティだけではない。ここにいる者はアークやカーリーに会いたいのだ。その会いたい人の気持ちと生きるという思いがあれば――。
――きっと、大丈夫だ。
◆
[パクス同盟軍インペリウム帝国制圧部隊本部:報告電報]
報告。5726年216日の未明にて、インペリウム帝国帝都ケチュータへと進攻開始。宣戦布告を受けていた相手国軍は防衛戦へと持ち込むようで、ケチュータで待ち構え有り。これにより、先導役を輸送していた戦闘飛行機は墜落。やむなしで突撃隊を投入するも、インペリウム帝国軍の奇妙な魔術により、劣勢的状況。敵はなぜか生き返っている。それにより、突撃隊の被害は甚大なものであり、極めて持久戦は不可能に近いとされる。そのため、応援の要請依頼を申し込む。
[パクス同盟軍参謀諜報本部:返答電報]
返答。5726年209日の明朝にて、〈黒い壁〉を破壊したが、これによりインペリウム帝国軍による侵攻が各国で相次いでいる。報告通りの相手国が奇妙な魔術で敵が生き返るのを繰り返している上、すでにマキナ国とルシオラ連合王国の一部の地域が制圧されているために応援は不可。
◆
パクス同盟軍全本部国軍長緊急会議というものが五千七百二十六年の二百二十日にグローリア連邦共和国首都クラースにある軍事施設で行われていた。会議室では誰もが重々しい空気を漂わせており、室内では花タバコのにおいが充満している。会議開始時刻を過ぎても一人として無言状態だったのだが、ややあって、一人の壮年男性――イニティウム諸島共和国の席に座るパトリオータが「どうなっているんだ」と眉間にしわを寄せた。
「相手は一か国なんだぞ?」
それは誰もが知っていること。パトリオータの疑問に他の誰かが答えた。
「まるで開けてはならない蓋を開けた状況ですね。攻防が非常に厳しい戦線らしい」
「だから、たった一か国だけのために、どれだけの時間と兵站を浪費していると言うんだ。もはや、数年以上も戦争をしている気分だ」
「もしかして、わたくしたちはインペリウム帝国という国をあまり知らずに宣戦布告を投げ付けてしまったのでは? そもそものインペリウム帝国包囲陣殲滅作戦を考えられたのはグローリアの将官でしょう?」
会話をしていた各国のお偉いさんたち。彼らはグローリア連邦共和国の席に座って、険しい表情をしている将軍――スンムスに注目した。あなたの返事を待っているとでも言うような視線。その痛々しい白い目に彼は「作戦を考えたのは参謀のカリクルスブン中将だ」と発言した。
「彼の作戦には道理が存在していた。〈黒い壁〉への完全な破壊と帝都への進軍」
「ですが、その作戦の予定がかなり狂っていますよね? 〈黒い壁〉は完全とまでいかずに、内部へと潜入して制御装置ともなる建築物をジリ貧と言っても過言ではないぐらいのどうにかで破壊した。つまり、余裕がない状態での攻撃を行った。それだけで突撃した兵士たちの数も減っている。実際の帝都への進軍もままならない状況。だから、こうして我々が集まって打開策を講じなければならなくなってしまった」
「わかっていますよ」
そう言うスンムスであるが、各国からは非難の声を浴びせられる。わかっているならば、どうしてこうなってしまったのか。これからのインペリウム帝国をどのように対処するのか。こちら、パクス同盟軍が劣勢的状況に追い込まれているのに。
「元より、その将官は当事者であるのに、ここには来ていないんですか?」
「彼ならば、何者かによって殺害されました」
この事実により、誰もが口を噤む。インペリウム帝国への進軍の最中に、何者かに暗殺されてしまったというのだが、パトリオータが「犯人は?」と訊ねた。
「それとも、これは貴殿が関わっていることかね?」
「諜報部によれば、中将の死の前後に一人の伝令役が中将の執務室前の廊下を通っているとのことです」
それだけの情報しか言わないということは、本当に事件の解決への進展がないということなのか。それとも、スンムス自身もこの事件に関わっており、殺人事件そのものをもみ消すつもりなのだろうか。彼の表情を見れば、重々しい表情はしていても、どこか安心したような面持ちにも見えるのがとてもあやしく思う。
ここで、老女――アルビオン王国の席に座るエーイウスが「今は犯人捜しをしている場合ではありませんよ」とこの場の空気を変えようとしていた。
「我々が集まったのは、インペリウム帝国軍の反撃を止めること。一番の理想はインペリウム帝国を含めた各国の首脳が話し合いの場を設けられたらですね。できることならば、血を流さない戦いがとても好ましい。彼らだって、我らと同じ人間です。和平交渉ぐらいは持ち込めるはずでしょうし」
「果たしてできますかね。相手はあのインペリウム帝国でしょう? 〈黒い壁〉を勝手に発動させたいい加減な国ですよ」
「だから、そうなるような方向に話を進めてみましょう。そうでないと、話が全く進展していませんよ」
「ふむ、その方向性でインペリウムは顔を向けてくれますかねぇ?」
眼鏡をかけた中年男性――マキナ国の席に座るサルワートルがパトリオータに顔を向けた。
「イニティウム諸島共和国があの国のことをよく知っているのでは? 確か、あなたの曽祖父殿が当時の首相でしたよね?」
「その通り。私の父も祖父も口を揃えて言っていた。あの国は話し合いで済むような国じゃない、と」
さも自分も知っていますよ、と言わんばかりの面持ちでサルワートルは、今度はスンムスの方へと「でしたら」そう、話を振る。
「元々の作戦にあった〈黒い壁〉の完全な破壊に使用した武器……いや、兵器か。それを利用して、帝都に仕向けるのはいかがでしょう?」
この提案にほとんどの者が「それだ」と希望が見えたような顔を見せる。早速パトリオータが「どんな兵器を使ったんだ」と訊いてきた。しかしながら、これに渋ったような表情を見せるのはスンムスであり、彼は「物は知っていますが」と視線を窓の外へと逸らした。
「肝心のその兵器の作成方法を中将以外の誰もが知らないのですよ」
「知らない!? それは、あまりにもおかしい。彼はただの参謀だろう? 兵器を作ったのが彼一人だと言うのか? 技術者なしで? 誰か一人ぐらい、魔術工学技師が監修していないとでも?」
「もしも、それが本当だとすれば、作戦が失敗するのも頷けますね。スンムス将軍殿、あなたは何を以てその中将の自信に方を持ったのですか?」
「……定例会議時に、中将の自信ありげなプレゼンに賛成満場一致しまして。あのときは誰もが作戦成功すると確信していたのですよ。あれです、グローリア民族の特有の第六感が外れたということです」
「そちらは勘で会議を決定するのですか?」
「かと言って、グローリアの方の勘は一概に信頼できないというわけではありませんですしね」
「そう言っても、仮にも軍のトップらが勘頼りに話を進めるのもいかがなものだと思いますが」
「どちらにせよ、この現状でインペリウム帝国に勝つには、あの兵器をもう一度使わざるをえないだろうな。それまではあの国の中にいる者たち全員が撤退し、しばしの間防衛戦に務めなければならないだろう。こっちが停戦協定を提示するのも向こうは納得しないだろうからな」
もうこれしか方法がない。いくらこちらが向こうを叩いたとしても、効果があるとは思えない。制圧部隊、及び防衛部隊からの報告にあるのだ。インペリウム帝国軍はこちらが想像できないほどのありえない魔術を使って、戦いに挑んでくる、と。その魔術は――肉体のみを再生させた生き返りの魔術である。
その生き返りの魔術について、妙に似た話を知っているスンムスではあるが――このことを周囲に話す気にはなれなかった。言えない。いや、言えるわけがない。インペリウム帝国に攻めようと各国に同盟を結んでいたグローリア自身がインペリウム人を二人も受け入れたということを。しかも、その一人がカリクルスブンの報告に上がっていた兵器に関わる存在であるということも。
たとえ、それらのことをこの場で発言したとしても、こちらの信用は更にがた落ちであろう。もう後には引けない状況。確か、もう一人のインペリウム人は制圧部隊の方にいると言うが――まだこの場にいる者たちには知られていないようだ。
――彼の二の舞に私がなっていては、グローリアの立場が危うい。
であるが、兵器に関わっているらしいインペリウム人の消息はわからない。どうにかして、そのインペリウム人をこちらの手中に収めなければならない。向こうに寝返っていては危険であることは必至。
――この会議が終わったら、中将の執務室を調べてみなければ。
そう言えば、とカリクルスブンの報告関連で思い出した一人の〈フラーテル・アウローラ〉の人物。確か、彼はそのインペリウム人を言い聞かせることができる存在だと報告書か何かであったような。
カリクルスブンの執務室を調べることも悪くはないが、まずは〈フラーテル・アウローラ〉の人物――ジョクラトル・ゲヌスという男を訪ねなければ。
――彼ならば、何か知っているかもしれない。




