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第五話 初出港!

 ほとんどの荷を積み終わり、水夫たちにひとときの休息を与えている中、イレーネは水夫長、ヴァン、シド、リュークの4人を船長室に招いた。


 船長室といっても簡素なものであったが、一応はひとつの部屋として機能していた。というのも、船内というのは非常に不潔で居心地の悪い場所であり、水漏れや悪臭は当たり前。日が照ればうだるような暑さに襲われ、雪が降れば体の芯まで凍え通す。プライベートなど勿論無く、唯一の自分のスペースは一人二つ渡されるハンモックで作ったスペースだけであった。


 なので、一応船長室はひとつの部屋として隔離されていることから、特殊なスペースだと認めることができた。


 改めて一堂に会すると、いよいよ出港が間近に迫っていることを実感し、胸が高鳴る。そんな高揚を抑えつつ本題を切り出す。


「ここにみんなに集まってもらったのは、今後どうするかということで意見を聞きたいと思ったからよ。私の考えとしては、まずは地中海で資金を増やして、遠洋航海が出来るようにしようと思うのだけど、どうかしら?」


 一同を見渡す。すると、各々似たり寄ったりの返事が帰ってきた。 


「俺はイレーネに任せるよ。喧嘩は得意でも商売は得意じゃないからな」

「良いと思うよー」

「お嬢が熟考した結果なら、それで良いと思うぜ。行き先はともかく資金を集めるってのが最初の目標になるのは間違いじゃねえからな」

「……」


 どうやら反対意見は見受けられないようだ。本当に考えてるの? と言いたくなるような思考停止っぷりだが、今は突っ込まないでおこうと自制をかけるイレーネ。話を進めるために、更に掘り下げた話を切り出す。


「地中海の街々を巡っていこうと思うんだけど、スペイン領とジブラルタル海峡を通って行ってバレンシアやマルセイユといった大きな街でそこそこの額を貰える以来を受けつつ、とりあえずはヴェネツィアを目指すって形でどうかしら?」

「方針としては間違ってないと思うが、ヴェネツィアに行く必要は無いだろ。道中は物騒だし、ヴェネツィアに新米商人が行っても儲からないぞ」

「私のわがまま……じゃあダメですか?」

「ああ、駄目だ。個人のわがままで船を危険に晒すわけにはいかない」

「船長命令、でも?」

「職権濫用しようとしたって無駄だ、悪しき上司を正すのが部下の役割だ」

「うう……。じゃあ、陸路じゃダメですか?」

「それも駄目だ」

「そんなぁ……身も蓋もないですよお」

「と、言いたいところだが。自腹で行くなら好きにしたらいい。プライベートまで口出しする権利はないからな」

「ええっ、本当ですか? やったあ!」


 顔は喜色満面、子供のように喜ぶイレーネ。だが、何故かその顔はすぐに陰る。本題は当面の所解決したというのに、浮かない顔をしているイレーネを不思議そうに4人が見つめる。


――こんな考えを持ってて、この人達は私に付いて来てくれるのかな……


 イレーネは思いつめた表情をしながら、心に秘めた思いを告げるためもう一度話を切り出す。


「あの、もうひとつあるんだけど……」


 今までのが本題だとすると、今度のは真題とでも言うのだろうか。イレーネの緊張した面持ちは変わらない。


「その、商船旗を掲げたくないの。国の力に頼らずに自分の力で栄光を掴み取りたいと思ってるのだけど……」


 語末が聞き取れないくらいの小声になりながら、俯きがちに上目遣いで4人を見渡す。


 商船旗、つまり自分の国の旗を掲げることには理由がある。旗を掲げていることにより、国からの許可を得た正式な商船であることが誰から見てもわかる。商船旗さえ掲げていれば、合法的な仕事をしているものとみなされ、不用意な嫌疑をかけられずに済むし、同盟国からの手助けを得られやすくもなる。敵対国からの標的とみなされたり、海賊から狙われるのは致し方ないことである。


 一方、商船旗を掲げていないと、国籍問わず不審船として拿捕される可能性がある。本来味方であるはずの国までが敵に回る可能性があるということだ。海に出れば周りは皆敵、港に入ってもいつガサ入れが来るかわからないような状況になる。勿論、場所によっては海賊船と間違われ問答無用で撃沈される可能性もある。顔パスの出来る大商船団ならともかく、駆け出しの航海者には無茶な話である。


「それは無茶な話だぜお嬢。親父さんならまだしも俺たちじゃあ次の港に辿り着くまでに捕まんのがオチだぜ?」

「いろいろな人達と出会い、別れ、地道な道を自分の力で歩もうとするのを邪魔する権利なんて誰にもないです」

「それは答えになってないぜ」

「でも……それでも。革新的なことをやらなきゃ、面白くないじゃないですか!」


 水夫長は目が点になって言葉を失った。一方でイレーネはうっすらと笑っていた。まるで狂気にとりつかれたかのように。


「はっ、はははっ、ははははははっ。面白いか! 面白いって来たか! そいつは面白えなあお嬢!」

「水夫長さん!」

「だが、笑えねえ冗談だよ。さっきも言った気がするが、これはお嬢だけの問題じゃないんだ。船と、そして命を預かる者として、それらを守ることを第一に考えなきゃ駄目だ。そうでなきゃ人はついてこない」

「……」


イレーネも神妙な表情で頷く。


「でもな、俺個人としては見てみたい気がするんだ。常識に囚われずに、己の手で未来を切り開いていくお嬢の姿がな」



 水夫長が3人を見渡して言う。




「なあ、お前たちもそう思ったからこそ着いて来たんじゃないのか?」


 皆笑っていた。何を当然のことを、と言うように。ヴァンを除いて。


「そうだねー。僕は楽しめたらなんでもいいよ。とりあえずのところは退屈せずに済みそうだし、反対する理由はないかな」

「俺はイレーネがそうやりたいって言うならそれでいい。命も信条も守ってやるのが俺の仕事だからな」

「……」

「おいおいお前ら、ちゃんと考えてるのか? 命に関わる事だぞ?」


 イレーネの内心を代弁する水夫長の言葉に、3人は頷く。


「まったく……上も上なら下も下だな。まあ、ここで帰られたら俺が困るんだがな」

「え?」


 終わりの方を聞き取れずにイレーネが聞き返す。


「いや、何でもない。問題は水夫共だが、奴らはずっと一緒なわけじゃないし放っておいても大丈夫だろう。さて、休憩時間は終わりだ。意見に相違がなかったわけだし、出港するぞ」

「はい」


 返事したのはイレーネ一人だった。水夫長はあからさまにガッカリしながらイレーネに詰め寄る。


「って、あのなお嬢。ここは俺じゃなくてお嬢がやるところだぜ? ほら、お嬢が命令を出すんだよ」


 そう言われてイレーネはハッとなって立ち上がる。そして4人の方向に向き直る。


「私が走るのはもしかしなくても茨の道かもしれない。きっと皆に迷惑をかけると思うわ。死ぬかもしれない。それを運命だと受け入れる覚悟があるならば、私に付いて来てもらえないかしら」

「イレーネ、それは違う。俺達は友……家族みたいなもんだろ? だったら助けあうのに理由はいらない」

「そうだよ、僕の場合は船長命令に従うってのが本音だけど、いずれはシドと同じような考えが出来るようになりたいね」

「シドはともかく、リューク。お前は義理立てする必要は無いんだぜ? 嫌なら嫌って言っても誰も咎めやしない」

「水夫長さん。僕は、楽しければそれでいいんです。船長が面白くしてくれるんでしょう? それだけで十分ですよ。満足できなきゃ勝手に降りますから」

「ホントに私と一緒に来てくれますか?」

「うん」

「わかったわ。よし、休憩終わり! 行くわよ!」


 軽い足取りで、それながらしっかりと床を踏みしめながら甲板へと向かっていく。その姿を見守る4人の眼差しは、まるで旅立つ子を見守るようだった。



 陽気の暖かみを含んだ微かな潮の香りが鼻腔を通り抜ける。いささか乾いた空気の中、海はコンコルディアを崇拝するかのように凪いでいる。普段であれば絶好のお出かけ日和だが、船が帆を進めるのにはいささか不向きである。


 甲板の後方にある操舵棒の横でイレーネは空を見上げていた。目の前で凪いでいる海と同じように、目の先には穏やかな青色が一面に広がっている。


「革新的か……何の力も無いのに偉そうなこと言っちゃったな」


 口から零れるように呟く。隣には初出港の舵を任せた水夫長の姿があるが、呟きが聞こえたか聞こえぬか、ただじっと出港命令を待っていた。


 シドはミズンマストで見張りを、リュークは30分毎に砂時計をひっくり返すための砂時計の見張り役と、シップス・ベルを鳴らす役目を、ヴァンは船酔いを全くしない体質ということもあり、腹を空かせた船員の為に料理を作る調理係に配置されている。就業時間はというと、4時間当直、4時間休息の繰り返しである。夜、イレーネの就寝時には航海長に任命された水夫長が、代わりに指揮を任されることになっている。


 5人を除いた水夫は15人程であり、その中でも最年長で海に出てからの年数が一番長い、ギャリーという50を過ぎた白髪交じりの短髪の男を、副航海長に任命した。経験豊富なこの男は貴重な存在であり、操舵長及び操舵手を兼任してもらうことになっている。操舵長は航海長にも匹敵する発言力を持ち合わせる立場で、逆に言えば責任が問われる役職でもある。この時代には操舵輪はまだ発明されておらず、舵を進行方向に合わせて動かす固定舵を用いた操舵が主流であった。


 操舵手には二人。操舵を担う者には大きな責任が伴うため、こちらも海に出てからの年数で任命した。イレーネが指揮を取る際はギャリーが、イレーネの休憩時にはヘックスと呼ばれる、筋肉質の坊主頭の男を任命した。


 そして残りのメンバーで、操帆手を始めとする船を動かすための役割を担うこととなる。いくら「ザインセッチ号」が少人数で動かすことが出来るとはいえ、急事を考えると若干人手不足であり、その場に応じて複数の役を担ってもらうことになるかもしれないが。


 イレーネは担当の各人が配置についたことを確認し、その他の者が甲板に集まっていることを認識する。いざ、集めてみると、イレーネよりも年下の少年から、ギャリーのような50前後の者までいることに、心做しか感動を覚えた気分になる。


 甲板の真ん中に立ち、船員を見渡す。勿論、一度に全員を見渡すことはできないが、配置につかせたままというのはその場を任されているという責任感を与えるためのイレーネなりの配慮でもあった。そんな男たちに向け、イレーネは声を上げる。


「みんな、私の船に乗ってくれて本当にありがとう。感謝してもしきれないくらいだわ、本当に助かったわ!」


 船員たちに微かなざわめきが広がる。いきなり感謝の言葉を述べられるとは思ってなかったようだ。


「今日は私にとって特別な日になるとてもとても大事な日。素性もわからないこんな女の船に乗ってくれたあなた達と共にこの日を迎えることができて、そしてこれから短い間になるかもしれないけども共に海に出れること、嬉しく思うわ!」


 少し涙目になりながら話す船長を見て、船員たちは囃し立てる。


「船長ー! 泣くなー!」

「やんや、やんや」

「俺もあんたみたいな可愛い子と一緒に航海できて幸せだぜ!」


 もはや芸人に対する野次のようであったが、ほのかな暖かみを感じるそんな優しさが感じられた。


「ありがとう……本当に有難う」


 イレーネは火照った頬に手をおきながらそう呟くと号令をあげる。


「みんな、行くわよ!」

「おおーっ!」


 少ない船員の、ありったけの大きな歓声が帰ってくる。いつの間にかイレーネは、小さい頃から見続けてきた父の背中を自分に重ねていた。せめて最初は、私をこの道に導いたお父さんに敬意を払おう。そう思いながら声を張り上げる。


「フルセイル!」


 イレーネの号令が船中に響き渡る。その残響の余韻に浸りながら、各船員が叫び合う、「フルセイル!」と。


 穏やかな波を掻き分けながら、「ザインセッチ号」は海に解き放たれた。これからの皆の未来を乗せて。


 最初の目的地はスペイン帝国のカディス。コロンブスが2度目と4度目の航海に出た土地だ。

 私事で不定期な更新となります。

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