第六話 投獄と復讐~前篇~
突然ですが、私はいま囚われの身となっています。
ジメジメとしたくらーいくらーい牢獄にぶち込まれています。1フィート先は闇とでも言うのでしょうか、部屋の隅にいると、扉が開かないと看守が来たことに気が付きません。気がつかない、というよりは扉から差し込む光がないと看守の姿が見えないといったほうが正しいでしょうか。非常に居心地悪いことこの上ありません。一人だったら発狂してもおかしくないのではないでしょうか。幸運なことにヴァンさんが一緒にいてくれてます。あまり喋らないので一人と変わらないですけど。
そもそもなんでこんなことになったのかといいますと、まあ、大体の責任は船長の私にあるわけですが。
先日出港する前に私のポリシーを掲げたわけですが、それがいきなり仇となってしまいました。
意気揚々とベレンを出港し、初の船旅は順風満帆! と思っていたところ、スペイン領海に入った途端にスペイン海軍に拿捕されました。はい。そのまま有無をいわさずにカディスまで曳航されて、お偉いさんに取り合う間もなくここにぶち込まれてしまいました。目的地まで労せずに着くことができた……いえいえ、そんな呑気な話じゃありません!
あっほら、見てください。扉が開いたので看守の姿が見えます。あれ? 目が慣れてないので顔を認識することは出来ないですが、もう一人いますね。一体誰でしょうか。まさか、死刑の執行人? 私はこのまま刑場に連れて行かれて16年の短い生涯をここに終えてしまうのでしょうか。そんな殺生な……。最後はせめてヴァンさんの手料理を……。
「お嬢、早く出な」
来た来た来た。来ちゃいました。刑場へのデスロードが。運命ってのは残酷です。ああ、さらば私の人生。悔いと後悔とかすかな悔恨。ん? 悔しさしか残ってないですね。ってそんなことはどうでもいいんです。まだ死にたくないですよ。後悔残して死ぬとかじゃなくてそもそも死にたくないんです。
と、言いながらも歩みは止められません。それでもこうやって刻一刻と刑場に、死に近づいているんですね。いざって時に、人間ってのはこんなにも無力なんですね。ていうかなんでヴァンさんはこんなにも冷静なんですか? この非常事態に抜けだせる秘策でもあるんでしょうか?
そんな目で見ないでください。私はただ死にたくないだけです。見難い雌豚と罵られようともどうにかして生き延びたいんですよ。陽の眩しさから目を逸らすように俯いている私の姿は、絶望している姿に見えるのでしょうか。今だけなら年をとった老婆と言われても否定する気力もありません。
「お嬢、着きましたよ」
ああああああああああ。もう猶予はありません。運命の宣告です。どうにかしてこの場を脱出しなければ。ヴァンさん、本当に何か無いんですか!
……って、ちょっと待って。今、お嬢って呼ばれなかった?
恐る恐る前を向いてみると、赤いヒラヒラを靡かせる槍を持ったスペイン兵と、鍵を持った水夫長の姿があった。
「えっ、何で水夫長さんがここに?」
目の前の事実が信じられずに震える声で聞く。すると、呆れながらもバツの悪そうな顔をしながらの返事が帰ってきた。
「気づくのが遅い。まあ、その、なんだ。昔からの知り合いってやつ? あまり深くは聞くな」
「助かりました。その点については感謝します。ですが――」
「コネを使うなって言いたいんだろ? でもな、お嬢が命の危険に晒されてるのに黙って見過ごす訳にはいかない。部下として情けない行為な上に、親父さんに何されるかわかったもんじゃない」
「それでも、私の隣にはヴァンさんがいました。ヴァンさんならこの程度なら抜け出すことは容易なはずです。どうして仲間を信じてくれなかったんですか」
本当は心のなかで誰か助けて! とか思ってたけど。
「あのな、お嬢。いきなり暴れて敵を作ってどうするんだ。我が強すぎるのも問題だぜ」
「だから、ささやかな復讐をするんです」
「は?」
水夫長が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
まったく水夫長さんも鈍感な人ですね。やられたらやり返す、それが基本です。
「暴れられなかった分、今からささやかな復讐をするって言ってるんです」
「あのな、人の話聞いてたか?」
「ええ、ですからバレないようにすればいいんでしょう? 敵を作らなければいいんでしょう?」
うふふ、楽しくなってきました。やっぱり外に出てきたんだからこうでなくっちゃね。まずは手始めに価格破壊から起こしましょうか。それとも市場を暴落させる? そこまでの経済力は持ち合わせていません。もう、本当にただの腹いせにしましょう。ここはスペイン帝国です。それっぽいことをしましょう。まずは手始めに……。




