見知らぬ海
あの壮絶な戦いから100年が過ぎた、平和だった世界に新たな巨大生物が現れ、海は奴らのものとなった……
世界はどうなるのか?
水際の防壁 カテゴリー1駆逐戦
「目標、右前方から接近! 距離四〇〇、数は三! 『カテゴリー1』です!」
夜の帳が下りた相模湾防衛線。観測兵の鋭い怒号が、地下シェルターを兼ねた前線指揮所に響き渡った。
前線指揮官の鳴海大尉は、暗視モニターを睨み据えた。緑色の画面の向こう、白波を蹴立てて砂浜へと這い上がってくる影がある。体長約六メートル。四足歩行だが、前肢はまるで重機のグラップルのように発達し、全身を硬質の甲殻が覆っている。
人を襲う怪獣としては最小の『カテゴリー1』。だが、最小とはいえ、その突進力と防御力は軍の基準で言えば「軽戦車」そのものだった。
「小隊長、銃弾が弾かれます! 奴ら、こちらの歩兵火線を全く気にしてません!」
「慌てるな! 小銃は目を狙うか、足を止めるためだけに誘い込め!」
鳴海は無線機に怒声を叩き込んだ。
怪獣はゴジラのような無敵の怪物ではない。だが、銃弾程度ではその分厚い皮膚を貫通できないのも事実だった。陸に上がってくるのは、この小さく飢えた個体ばかりだ。奴らは人類が排出した工業廃棄物や汚染物質を、その強靭な内臓で摂取・無害化し、自身の血肉に変える性質を持っていた。つまり、人類の都市は奴らにとって最高の「餌場」なのだ。
「――今だ、対戦車ロケット班、構え! 外すな、撃てぇッ!!」
鳴海の合図とともに、防壁の銃座から一斉にカールグスタフ無反動砲が火を噴いた。
対戦車ロケット弾が、先頭を走るカテゴリー1の胸部に直撃する。
ドカァァンッ!!
激しい爆音と炎が夜の砂浜を照らし出した。適切な打撃を与えれば、彼らは確実に死ぬ。爆炎が晴れると、胸部の甲殻を粉砕された怪獣が、青黒い体液を撒き散らしながら砂浜に激しく転倒した。
「一匹撃破! 次が来ます!」
「弾をケチるな、次弾装填を急げ! 重機関銃、残りの足止めを徹底しろ!」
泥臭く、しかし確実な軍の戦術が怪獣を追い詰めていく。残る二匹も、機動力を削がれたところへ重火力を集中され、砂浜を青く染めて動かなくなった。
戦闘終了のブザーが鳴り響くと同時に、防壁の巨大なゲートが開いた。待機していたのは軍だけでなく、防護服を着た作業員とそれらが操る巨大な重機群――民間企業の「資源回収班」だった。
「いやあ、鳴海少尉、見事な腕前です。傷が少なくて助かりますよ」
回収業者の責任者が、脂ぎった顔で笑いながら鳴海に缶コーヒーを差し出した。
死んだ怪獣の死体は、今や世界で最も高値で取引される「超有効資源」だった。彼らが汚染物質を濃縮して作り出した特殊な血肉は、最先端の素材の材料になり、その体液からは超高効率のバイオ燃料が精製される。怪獣を倒せば倒すほど、国家は潤い、軍には予算がつき、企業は太る。
「……死体を回収したら、さっさと引き上げてくれ。血の臭いが残ると、次の『客』を呼ぶ」
鳴海はコーヒーを煽りながら、冷たく言い放った。
カテゴリー1を倒した爽快感、そして莫大な富を生む資源としての怪獣。この時の防衛部隊には、まだ「俺たちの火力で海防は維持できる」という、熱いプライドと確信があった。
しかし、彼らはまだ知らなかった。
このカテゴリー1の群れは、海の深淵から押し出されてきた、ただの「前触れ」に過ぎないということを。
残光のレーザー カテゴリー2出現
カテゴリー1の襲撃からわずか三日後。相模湾の海水温が、異常な数値を叩き出した。
海面がまるで巨大なボイラーのように沸き立ち、無数の魚の死体が白い腹を見せて浮かび上がる。
「監視班より、感知! 熱源反応、あまりにも巨大です! これは……カテゴリー1の比ではありません!」
前線陣地の地下シェルターで、鳴海少尉は暗視モニターに映る異常な光景に息を呑んだ。
海を割って姿を現したのは、全長数十メートル、山岳がそのまま動いているかのような巨体だった。カテゴリー1とは比較にならない、圧倒的な成獣――『カテゴリー2』である。
「デカい……教育は受けたが!なんだ、あの大きさは……」
鳴海は立ち尽くした。軽戦車級のカテゴリー1なら、現場の小隊が知恵と火力を絞れば倒せた。だが、目の前の怪物は、自分たちのような現場の歩兵がどうこうできる次元を遥かに超えていた。
時を同じくして、東京の防衛省地下深くにある中央指揮所(上級司令部)は、蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれていた。
『相模湾防衛線、第4エリアにカテゴリー2上陸!』
「陸上一個師団クラスの火力を集中せねば止まらんぞ! 出し惜しみはするな!」
航空!! 発進命令を
哨戒機! 何をしている。
モニターを見下ろす防衛先任官の将官が、拳をデスクに叩きつけ、通信機へ怒号を飛ばした。
「相模湾の対艦ミサイル大隊、第一から第三中隊! 全弾斉射ッ!! 奴が内陸に入る前に、水際で叩き潰せ!」
司令部の命令と同時に、後方の山間部に隠密配置されていた12式地対艦誘導弾が一斉に連射された。
陸軍の沿岸防衛の要である精密誘導ミサイルが、夜空に美しい光の放物線を何十本も描き、カテゴリー2の巨体へと容赦なく殺到する。大きな怪獣ほど海を縄張りとし、滅多に陸には上がらない。だからこそ、上級司令部は方面軍級の火力を惜しみなく投入したのだ。
ドガガガガガンッ!!!
最前線の鳴海の頭上を、猛烈な爆音と共に無数のミサイルが通り過ぎ、怪獣の頭部や胴体に次々と着弾した。すさまじい飽和攻撃。強固な甲殻が弾け飛び、肉片が夜空に舞う。生物である以上、この質量攻撃に耐えられるはずがなかった。
「やったか……!?」
前線の若い歩兵兵士が、防壁から身を乗り出した。
しかし、鳴海は見ていた。怪獣の肉体が、爆炎の中でなお激しく脈動しているのを。
キィィィィィィィン――
爆炎の奥から、空間そのものを震わせるような、不気味な高周波の充填音が響いた。怪獣の大きく裂けた口の奥で、眩い純白のエネルギーが渦巻いていく。
――メガワット級、収束レーザー。
「全員、伏せろぉぉぉッ!!!」
鳴海が叫ぶのと同時、光速の光の刃が世界を一閃した。
一瞬だった。数メートルの厚さを誇るコンクリート防壁が、まるで熱したナイフでバターを切るように滑らかに切断され、切断面が赤くドロドロに溶け落ちていく。配置されていた最新鋭の重機関銃座も、そこにいた兵士たちも、悲鳴を上げる暇すらなく一瞬で蒸発し、消滅した。
「あ、ああ……」
爆風と熱波に吹き飛ばされながら、鳴海は血を吐いて這い起きた。
目の前にあるのは、一撃で防衛線を崩壊させた化け物の姿と、文字通り「溶けて消えた」部下たちの残骸だった。中央指揮所のモニターからも、前線の一部が一瞬で消え去り、将官たちは声を失っていた。
適切な火力を与えれば殺せる。それは間違いない。だが、そのために対価として支払う人間の命と兵器の数が、あまりにも釣り合わなすぎる。
これが最も数の多い『カテゴリー2』の現実だった。ならば、艦隊や方面軍が全力で戦わねばならないボスクラスの『カテゴリー4』や『カテゴリー5』、あるいはそれ以上の神話級がもし現れたら、人類はどうなるのか。
赤く輝くレーザーの残光の中で、鳴海は、そして人類は、自分たちの軍の誇りが傲慢に過ぎなかったことを、圧倒的な無力感と共に痛感していた。
残光のレーザー 中央指揮所の決断
相模湾防衛線が、一部とはいえカテゴリー2の成獣が放ったメガワット級収束レーザーによって一瞬にして蒸発したあの日から、東京・市ヶ谷の防衛省地下深くにある「中央指揮所」の明かりが消えたことは一度もなかった。
地下三階に位置するその空間は、本来であれば日本周辺の安全保障環境に対処するための最先端のデータセンターだ。しかし今、壁一面を覆を巨大なマルチスクリーンに映し出されているのは、周辺国からの軍事データではない。赤黒く焼け爛れ、数メートルの厚さのコンクリートが飴細工のようにドロドロに溶け落ちた、相模湾第一防壁の無残な空撮映像だった。
その切断面からは、いまだに超高温の残熱による陽炎が立ち昇り、画面越しでもその絶望的な威力を伝えてくる。
「――現場から上がってきた犠牲者リストの確定版です」
沈痛な面持ちの参謀が、一枚のタブレット端末を防衛先任官である神崎陸将補の前に置いた。画面に並ぶのは、かつて神崎が前線へ送り出した、第一線防衛大隊の若き兵士たちの名前だ。その数は、現場で生き残った鳴海少尉の小隊の数名を除き、ほぼ全滅に近い。死体すら残っていない。レーザーの直撃を受けた彼らは、衣服や装備もろとも、分子レベルで蒸発してしまったのだ。
神崎は苦渋に満ちた表情で眼鏡を外し、眉間を深く揉みほぐした。彼の背後では、何十人ものオペレーターたちが、世界中から集まる怪獣の熱源データを処理するために、狂ったようにキーボードを叩く音が響き続けている。
「……御子柴博士。現行の『12式地対艦誘導弾』の攻撃は、奴らにどれほど通用している?」
神崎の問いに、技術研究本部から招集された生体兵器解析室の最高責任者、御子柴博士が、モニターのデータを切り替えながら冷静に答えた。
「生物としての肉体的な耐久力だけで言えば、12式は十分に有効です。奴らはゴジラのような不死身の怪物ではない。計算上、頭部の神経核――メートル単位の『急所』に直撃すれば、わずか一発で絶命します。それ以外の胴体への着弾であっても、三発から四発の有効打を与えれば、生体組織を破壊して確実に機能停止へと追い込めます。……問題は、そこに至るまでの『確率』と、奴らの迎撃能力です」
御子柴は、相模湾での戦闘データをスロー再生した。画面には、飛来するミサイルを迎え撃つ怪獣の姿が映し出される。
「ご存知の通り、12式をはじめとする現代の対艦ミサイルは、レーダーに映る巨大な鉄の塊――つまり『艦船の船体中央』に突っ込むよう設計されています。しかし、激しく動く怪獣の、頭部という特定の生体組織をピンポイントで識別する能力は、現行のシーカーにはありません。そのため、致命傷になりにくい分厚い甲殻や四肢といった部位への『無駄撃ち』が多発する。さらに決定的なのは、奴らのあのレーザーによる迎撃です」
画面の中で、カテゴリー2の口内から細い光条が放たれ、接近するミサイルを一瞬で撃墜した。まるで、最新鋭のイージス艦が備える近接航空防御システム(CIWS)そのものだった。
「奴らはただ陸地へレーザーを照射するだけでなく、自らに飛来するミサイルを、あの高出力レーザーで正確に『迎撃』してきます。正面から普通に撃ち込めば、すべてのミサイルが着弾前に熱線で叩き落とされる。これを突破するためには、最低でも十発以上のミサイルによる飽和攻撃が必要です」
御子柴は指先で画面を操作し、12式地対艦誘導弾のシミュレーションを展開した。
「幸いにも、我が国の12式は極めて優秀な巡航ミサイルとしての性能を持っています。一機のランチャー(発射機)から放たれる四発のミサイルに対し、それぞれ全く異なる迂回ルート、高度、速度を個別にプログラミングすることが可能です。これを利用し、怪獣の頭上、背後、左右へと完全に時間をずらして回り込ませ、寸分の狂いもなく『全周囲同時弾着』させる。これによって怪獣の迎撃能力を飽和させ、無駄撃ちの確率を計算に入れた上で、確実に三〜四発を甲殻の隙間に叩き込む。これが、現行兵器でカテゴリー2を仕留めるための、現場の限界です」
「だが、一頭の成獣を仕留めるために、毎回十発以上の精密誘導弾を消費せねばならんというのは、あまりにもコストが悪すぎる」
神崎はデスクを拳で叩いた。
「12式を毎回十発以上斉射するとなれば、一回の防衛戦で一国家のミサイル備蓄がどれほど削られるか。これ以上の前線崩壊を防ぐため、部隊配備の適正化と兵器の圧倒的な増産、そして何より、怪獣の『迎撃能力そのものを根本から無力化する』新兵器が必要だ」
「それについては、すでに開発ラインが動いています」
御子柴は次のスライドを表示した。そこには、近年ウクライナの戦場で目覚ましい進化を遂げた徘徊型ドローンの技術を応用した、全く新しい兵器の設計図が描かれていた。
「怪獣のレーザーが発射されてから、遠方のアウトレンジからミサイルを撃ち込んでも物理的に間に合いません。ならば、最初から奴らの目の前に『刃』を突きつけておけばいい。――対怪獣用空中徘徊型ドローン、コードネーム『スウォーム・ワスプ(群生する蜂)』です」
画面の中で、複数の小型ドローンが怪獣の周囲を、まるで蚊の群れのように飛び回るアニメーションが流れた。
「怪獣が現れた瞬間、このドローンを一体につき十機単位で即座に投入し、奴らの迎撃射程内に侵入させます。ドローンは怪獣の周囲を縦横無尽に遊弋し、内蔵された音響・熱源センサーで、奴らがレーザーを充填する独特の高周波を至近距離で監視する。そして――怪獣が口を開き、レーザーを発射しようとしたそのコンマ数秒前の『迎撃が不可能な一瞬』を狙い、自動的に顔の正面へと回り込みます」
御子柴の目が鋭く光る。
「ドローンに搭載されているのは、超小型・超高速の専用ミサイルです。口を開けた無防備な口腔内へ、至近距離からマッハの速度で突き刺さり、内部から神経核を爆破する。これならば、レーザーで迎撃される前に奴らの頭部を破壊し、わずか一発で絶命させることが可能です。ミサイルを発射した後のドローン本体は、自動的に帰還し、再補給を受けて再び前線へ向かいます」
「素晴らしい……! これこそ現場が求めていたドクトリンだ!」
神崎の顔に、ようやく希望の光が宿った。現行の12式による飽和攻撃で防衛線を維持しつつ、この遊弋型ドローンによるピンポイント暗殺戦術を確立する。これが実現すれば、人間の犠牲も、ミサイルの消費も劇的に抑えられるはずだ。
「この開発ラインを最優先しろ。予算の心配は要らん」
部屋の隅で静かに状況を見守っていた、内閣官房から派遣された若き政治補佐官が不敵な笑みを浮かべた。
「ええ、すでに総理と閣僚の間で話はついています。倒した怪獣の死体から剥ぎ取る『怪獣資源』の国内独占利権。これを、12式の増産や、この新型ドローンの開発を引き受ける防衛大手の巨大重工企業に、破格の条件で引き渡すトレードが成立しました」
政治補佐官は手元の資料をめくりながら続ける。
「奴らの甲殻は新素材になり、血肉は超高効率のバイオ燃料になる。重工企業にしてみれば、兵器を作れば作るほど、その兵器が仕留めた化け物から莫大なリターンが得られる仕組みです。奴らの血肉は、すべて次のミサイルと、我が国の防衛予算へと姿を変える。これはもはや、戦争ではなく『資源回収ビジネス』なのです」
「ビジネス、か……」
神崎はその言葉に、えも言われぬグロテスクな感情を抱いた。前線で蒸発していった部下たちの命。彼らの犠牲によって得られた化け物の死体が、今や国家を潤す最大の資源となり、次の破壊のための資金に変わる。人類は、この怪獣災害という泥沼の中で、自らを蝕むシステムそのものを経済の歯車として組み込み始めていた。
「部隊の新設、兵器の増産、あるいは新型ドローンの開発。日本は今、国力をすべて『怪獣の管理と駆逐』へと傾ける、歪んだ戦時体制へと完全に舵を切る」
神崎は再び、スクリーンに映る相模湾の、緑色に怪しく光る海を見つめた。
だが、これは日本だけの問題ではなかった。海という、今や世界最大の地獄へと変わり果てたゆりかごを共有する世界各国もまた、それぞれの生存と、怪獣から得られる莫大な利権を天秤にかけながら、独自の暗い思惑の中に沈み込もうとしていた。
引き裂かれる世界と冷徹な天秤)
極東の相模湾で起きた惨劇と、それに伴う日本の戦時体制への移行は、世界規模で進行する「大不平等」のごく一幕に過ぎなかった。
いまや地球は、怪獣という名の絶対的な富と絶望によって、残酷なまでに再編されつつある。
もっとも歪んだジレンマに直面しているのは、海を持たない内陸国だった。彼らは海岸線から遠いため、怪獣の上陸による直接的な被害を受けない。しかしそれは同時に、新時代の超新素材であり、エネルギーの源泉でもある「怪獣資源」を自力で獲得できないことを意味していた。
沿岸国が怪獣の血肉から超高効率燃料や高分子ポリマーを作り出し、急速に技術革新を遂げていく中で、内陸国は完全に取り残されようとしていた。彼らは自国が持つ旧来の鉱物資源や伝統的な工業技術を、沿岸国が持つ怪獣資源と血の滲むようなレートで交換せざるを得なくなっている。
さらに、交換材料すら持たない貧困な内陸国は、自国の若者たちを「傭兵」として輸出するという最悪の手段に打って出ていた。怪獣との戦いで戦力を擦り切らせた沿岸国へ、肉の壁として兵士を貸し出し、その見返りとしてわずかな怪獣資源やその加工品を乞うのだ。人の命が、怪獣の肉片と等価で取引される時代が始まっていた。
だが、海を持っている大国がすべて幸福かと言えば、決してそうではなかった。
超大国アメリカ合衆国は、今やその広大すぎる海岸線という「呪い」に悲鳴を上げていた。
「また西海岸にカテゴリー2が浸透した! 州兵は何をやっている!」
ワシントンの国防総省では、連日怒号が飛び交っていた。アメリカの海岸線は、軍の総力を以てしてもカバーしきれないほど長すぎる。カテゴリー1の小規模な侵入のみならず、時にはカテゴリー2の成獣にまで沿岸都市への侵入を許し、その都度、莫大なインフラ被害を出していた。
政府の方針は完全に混乱していた。被災した地域の地元議員たちは、自民の票田を守るために「我が州の防衛線を最優先せよ」と猛烈なロビー活動を展開する。それに引きずられるように、軍の防衛計画は二転三転し、現場の部隊はホワイトハウスの気まぐれな命令に振り回され続けていた。
それは兵器開発も同様だった。各重工メーカーが利権を巡って政治家に働きかけるせいで、無数の開発計画、無数の改良計画が乱立しては予算を食いつぶし、実戦配備に至らぬまま消えていく。開発のメリーゴーランドと揶揄されるまま、巨大でありすぎるがゆえに、アメリカは機能不全に陥っていた。
そして、世界地図からは、すでにいくつかの国名が実質的に消滅しつつある。
国土のすべてが海岸線と言っても過言ではない小さな島国国家。そして、広大な海に囲まれながら防衛人口が少なすぎたオーストラリア。さらに、寒冷な北方の海から絶え間ない襲撃を受けたカナダ。
これらの国家は、押し寄せるカテゴリー1と2の波を支えきれず、主要都市を蹂躙され、国家機能がほぼ「壊滅」の憂き目に遭っていた。難民となった数百万の人々が、今も安全な内陸部へと、命からがら逃げ延びようとしている。
世界は怪獣という共通の敵を前にしても、決して一つにはなれなかった。むしろ、奪う者と奪われる者、戦える者と肉の壁にされる者へと、冷徹に引き裂かれ始めていた。




