死闘
遂に上陸した奴に対して持てる全てを投入する連合軍
――奴の品川上陸に対して放たれた最初の一撃は、列車砲や戦艦の超重巨砲(重量級兵器群)によるものではなかった。
十一月の鉛色の暴風雨を突いて、超低空で海面すれすれを滑進してきたのは、アメリカ海軍の艦上攻撃機『AD スカイレイダー』の編隊だった。彼らはあえて超低空飛行行い巨大生物の足元から跳ね上がるように一気に頭上に駆け上がるとともに両翼に懸架されたロケット弾を、時間をかけて2発ずつ、奴の歪んだ顔面へと正確に叩きつけ始めた。
すべては、理不尽な神を怒らせ、誘導するための決死の挑発行為だった。
『――赤01(レッド・ワン)より各機へ! 決して奴の頭部より下を飛ぶな! 奴が下を向いたら、頭の天辺に打ち込んでやれ! 先ほど散っていった海防艦たちの犠牲に報いるんだ。何としても、奴をあの「Xポイント」まで引っ張るぞ!!』
スカイレイダー隊は、怪物が振り回す巨大な尾や、熱線により次々と叩き落とされ、多数の犠牲を払いながらも、執念で奴を目標座標へと誘導することに成功する。
……Xポイント。
それは、東京・品川の地盤を直径200メートル、深さ50メートルにわたって強引に掘削し、その中心に直径30メートルの巨大な半球形容器を設置、内部に数千トンに及ぶ通常爆薬(TNTおよびC-3)を限界まで詰め込んだ、**『人類史上最大の非核爆発物』**の設置場所であった。
スカイレイダー隊がこれほどまでの、超近接戦を強いられたのは、奴に「下向きの熱線」を吐かせる隙を与えず、この数千トンの爆薬を一瞬で無駄にさせないための、肉楯であった。
『――観測機より司令部へ! ターゲット、完全にXポイントの中心、罠の顎の中です!!』
『司令部より全軍へ。カウント10で爆破する。航空隊は直ちにフルスロットルで退避せよ! 地上部隊、対ショック・対閃光防御――衝撃波で鼓膜が破裂するのを防ぐため、全員、口を大きく開けておれ!!』
緊迫した通信の最中、世界が固唾を呑んでカウントダウンを刻む。
「十、九、八……三、二、一、零――」
――爆発。
品川の地が、太陽の誕生を思わせる凄まじい閃光と共に、内側から激しく爆ぜた。
天を衝くほどの爆風と、大地を狂わせる衝撃波。直後、東京湾全域を覆い尽くすほどの、巨大な黒いキノコ雲が立ち上がる。
それは、広島で、長崎で、あの地獄を直接経験した者、あるいはその記録を知る者ならば、誰もが強烈なトラウマを発症し、以後は戦う戦意すら喪失しかねないほどの、破滅的な光景であった。
市ヶ谷の東京要塞司令部では、一部の楽観的な将星たちが「完全に終わった」と口々に安堵し、記録フィルムの回収や戦果確認のための偵察部隊の派遣準備を始めていた。
だが、衝撃波を避けて遥か上空へと退避していた観測機から、狂乱した声の一報がスピーカーを突き破った。
『――まだ立っています!! 奴はまだ、原型を留めたまま立っています!!』
一瞬、司令部が凍りついたかのような静まり返った沈黙が支配した。
しかし、ここに集まった者たちは、大戦を生き抜いた正真正銘の軍事の精鋭たちであった。彼らは絶望するよりも早く、一斉に、冷徹に、次のシステム(火線)を始動させた。
「敵の超再生能力が再生限界に達するまで撃ち続けろ! 砲兵大隊、全門、射撃開始!!」
ズドォォォォォォォン!!! ドンッ! ドンッ!
地響きと共に、後方に控えていたドイツ製の超重列車砲『グスタフ』と『ドーラ』の80センチ巨砲が、ついにその不気味な咆哮をあげた。それに続くように、要塞線に配置されたあらゆる重砲群、米軍の914ミリ迫撃砲『リトル・デービッド』が一斉に火を吐く。
元々、Xポイントの爆薬で仕留め切れなかった最悪の事態を想定し、照準の諸元調整は完璧に終わっていた。初めから、100%の全力飽和射撃であった。
当初の戦況は、人類側が一方的に、圧倒的なダメージを与え続ける理想的な展開であった。ゴジラはその場から一歩も動けず、降り注ぐ7トンの徹甲弾と巨砲の雨に、ひたすらに肉体を削られ、打たれ続けていた。
このままいけば、奴の再生能力を火力が上回り、すり潰せる――。
だが、戦場の風向きが完全に変わったのは、列車砲『ドーラ』が放った一撃が、ゴジラの右腕を肩の付け根からバッサリと抉り取った、まさにその瞬間だった。
司令部に「やったか!」と歓声が湧き上がり、上空の超重爆撃機群がさらなる絨毯爆撃を開始、周囲が激しい爆炎に包まれたその中心で。
――キィィィィィン、という、空間そのものが軋む音が響いた。
青白い、あの絶望の熱線が、要塞化された東京の地面すれすれを、舐めるようにして一直線に奔った。
一瞬の静寂。
次の瞬間、品川のキルゾーンから遥か30キロメートル後方に位置していた、安全圏のはずの『ドーラ』の陣地が、集積されていた弾薬庫ごと、跡形もなく消滅した。
無茶苦茶だった。
ゴジラの放った熱線は、30キロの射線の間に存在していた丘やビル、あらゆる地形障害を文字通り諸共吹き飛ばし、その余波だけで、地上部隊の実に5%が一瞬で消失したのだ。
「ドーラ、グスタフ、共に通信途絶! 第3重砲兵連隊、全滅です!!」
「前線が崩壊していく! 敵の火力が予想を遥かに超えているぞ!!」
司令部が一瞬、パニックの渦に巻き込まれる。
その混乱を、鋭く、鋼のように冷徹な叱責の言葉が切り裂いた。
「諸君、腹を括りたまえ。取り乱すな」
声の主は、連合国軍総司令官――アイゼンハワー元帥であった。彼は激震に揺れる作戦室の中で、微塵も姿勢を崩さず、冷徹な目で将星たちを見据えた。
「最早この戦いにおいて、前線も後方もない。どちらが最後まで立っていたか、それだけの勝負だ。このような事態の想定も、我々はとうにしていたはずだろう。例えここ(市ヶ谷司令部)が灰になろうとも、富士の裾野の予備司令部が即座に指揮を引き継いでくれる。我らの代わりは、いくらでもいる。……安心して戦いたまえ」
アイゼンハワーはそう告げると、隣の副官に、いつも通りのトーンで「コーヒーを頼む」と言い添えた。
総司令官のその絶対的な胆力と、システムへの信頼を前に、司令部は一瞬で冷徹な落ち着きを取り戻した。全部隊へ、次なる死路への対応指示が飛ぶ。
この熱線の最大の影響を受けたのは、沖合に展開していた戦艦群であった。
本来ならば、中・近距離から艦砲射撃を行い水平に近い弾道により命中率と
威力を上げて損失を上げる予定で有った。
熱線に対しては、実に20隻に及ぶ戦艦群の釣瓶打ちにより撃たせない、仮に撃っても命中はしないし命中しても許容範囲であろうとされた。
完全に想定外にも程がある。
あの30キロの地形ごと薙ぎ払う熱線の威力を前にしては、有功打が出る前に一瞬で一網打尽にされ、犬死にしかねない。
艦隊司令官たちは、水平線の下に身を隠し、レーダーと観測機を頼りにした「間接射撃」への切り替えという、苦渋の決断を下した。
しかし、距離が開いたことによる弾着のブレ、そして間接射撃ゆえの決定打のなさに、艦隊司令官たちの焦りは極限に達していた。このままでは、奴が再び再生を完了させてしまう。
その時、決戦兵器とされたが故戦場に出ないまま、終戦を迎えると言う屈辱を受けた戦艦『大和』の艦橋から、藤堂艦長が艦隊司令官に向けて、通信機越しに魂の献策を叩きつけた。
「司令官! 水平線の下でコソコソと砲弾を浪費していては、大和の名誉、いや、日本海軍の最後の意地が地に落ちます! 奴の熱線のインターバル(再充填時間)を計算しろ! 全艦隊を以て、面舵、突撃を敢行すべきです!!」
この決死の献策は、艦隊司令官から総司令部へと、緊急の支援要請として繋がれた。
これにより、東京湾内に遊弋中であった、日米のすべての残存艦隊による、文字通りの『最初で最後の総突撃』の実施が決定された。
……それから、1時間後。
すでに市ヶ谷の総司令部は熱線によって消失し、富士の裾野に構えられた地下予備司令部が、すべての指揮を引き継いでいた。
人類側の地上部隊の損害はすでに6割を超え、150ミリ以上の重火砲は、この地上にただの一門も残っていなかった。
空を真っ黒に染め上げていた巨鳥達の姿が絶えて等しく
時折、単騎、精々ペアーのスカイレイダーがロケットを叩き付けに来る程度だった。
嘘のように静かだった。
大地は黒く溶け崩れ、巨大なハンマーで乱打されたかのように平面など何処にもない!この景色を見て東京だと思う者はいるだろうか?
何処か別の惑星の大地と言われた方が納得できるではないか?
航空機の残骸が散らばるがれきの街は、人類と怪物の血で赤く染まっている。
だが、巨大生物の方も、ただで済むはずがなかった。
人類の執念の飽和攻撃により、奴の下顎は完全に損失し、あれほど絶望させた猛威たる熱線も、もはや発射される兆しはなかった。長い尻尾は戦闘の途中で半ばから千切れ飛び、細胞の再生能力も、ついにその限界(燃費切れ)を迎えたのか、修復の兆しは一切見られなかった。
奴は、ただ、ボロボロの肉体を血に染めながら、何とか我が家である海に戻ろうと、一歩、また一歩と、這うような速度で海岸に向かって移動していた。
その時。
水平線の彼方から、波飛沫を上げて突進してくる巨影の列があった。
「全艦、主砲、極近距離・水平射撃用意!! ――日本海軍、および連合国軍の最後の意地を見せよ!!」
大和、長門、そしてアイオワ級戦艦を含む合計20隻余りの戦艦群!!
現在の艦隊での戦闘なら縦列で艦隊行動するのが常識だが……
日米の艦隊は16世紀の触角アタックのごとく横一列3列横隊で突っ込んで来る。
戦艦群より少し前方では、同じ様に横一列となった駆逐艦・巡洋艦が砲を乱射しつつ梅雨払いを務める
人類がそのプライドをかけて築き上げてきた、巨砲の列による『最初で最後の突撃』が、今、始まった。
次回 ピュロスの勝利




