最後の戦い
狂気と鉄の円卓(大反攻作戦のドクトリン策定)
アメリカのサンフランシスコを飛び立ったマッケンジー大佐の長距離プロペラ機が、日本・横須賀基地の滑走路に滑り込んできたのは、相模湾で激しい戦闘が繰り広げられていた最中のことだった。
基地の最深部、厳重な情報統制(情報遮断)が敷かれた地下防空壕の大会議室。そこに集まったのは、日本の防衛先任官・神崎陸将補、第11機動大隊長の鳴海大佐、そして命がけで海を渡ってきたマッケンジー大佐だけではなかった。
イギリス、フランス、そしてアジア圏で唯一核を保有する大国・中国の軍高官、さらには世界中の生体科学者や重工企業の最高技術者たちが、極秘裏にその円卓を囲んでいた。
彼らの目に宿っていたのは、前線で磨り潰されていく兵士たちへの哀愁ではない。怪獣という絶対的な自然に対する、激しい、狂気にも似た「復讐の意志」だった。
「――陸の上で蟻のように散らばり、泥を啜りながら時を稼ぐドクトリンなど、もう終わりだ」
マッケンジー大佐が、円卓の中央にあるデジタルマップを拳で叩いた。
「怪獣が地球の環境を司る調整装置だ? そんなものは科学者どもの寝言だ! 奴らのせいで我が国は東西の沿岸を失い、カナダもオーストラリアも消滅した! これ以上の妥協は、人類という種の自殺を意味する。……我々海軍の生き残りは、世界中の残存戦力を集結させ、太平洋のど真ん中で奴らを完全に『絶滅』させる」
「絶滅だと? 馬鹿な」
日本の御子柴博士が立ち上がった。
「何度も言っているはずだ! 怪獣を一定数以下に減らせば、地球の気候システムが完全に崩壊し、人類も生きてはいけない!」
「ならば、宇宙(外)へ出るまでの時間を稼げばいいだけの話だ」
中国軍の冷徹な将官が、御子柴の言葉を遮った。
「地球の寿命が数十年縮まろうとも、今ここで怪獣に食い殺されるよりはマシだ。我が国とアメリカ合衆国は、すでにこの作戦における『最終兵器』の使用について、完全な合意に達している」
その言葉に、会議室の空気が一瞬で凍りついた。
『ゴジラ-1.0』のあの悪夢のような大戦を経て、ソビエト連邦が存在しないこの世界線において、核兵器を保有しているのはアメリカと中国の二大国のみだった。
彼らは、怪獣の生態系への影響などすべてを無視し、自国のプライドと存続をかけて、禁忌の引き金を引く覚悟を完了していたのだ。
「……世界各国が、怪獣の目を盗んで、地下深くで何を開発していたかをお見せしよう」
マッケンジーの合図とともに、円卓のスクリーンに世界中の極秘工場の映像が次々と映し出された。
そこにあったのは、これまでの軍事兵器の常識を遥かに超越した、人類の「悪足掻き」の結晶たる超兵器群だった。
まず画面に映ったのは、日本が三菱重工の地下プラントで極秘裏に建造を進めていた、二つの驚異だった。
一つは、カテゴリー2のメガワット級レーザーを逆に解析し、超高電圧のプラズマ熱線を人工的に放射する超巨大自走砲車――『メーザー熱線砲』。
そしてもう一つは、海を奪われた旧海軍の技術者たちが執念で設計した、怪獣の生体電磁波ジャミングを遮断する超厚装甲を持ち、艦首に巨大なドリルを備えた特種極地戦闘潜水艦、通称――『海底軍艦』。さらにその艦首からは、怪獣のレーザー核の熱量そのものを分子レベルで凝縮・凍結させ、活動を停止させ生体組織を粉砕する『絶対零度冷線砲(凝縮冷線シーカー)』の搭載が進められていた。
「これだけではない」
マッケンジーが不敵に笑い、次の画面を表示した。
アメリカが総力を挙げて開発していたのは、ロビー活動のグダグダの裏で、ペンタゴンの強硬派が極秘裏に進めていた巨大プロジェクトだった。怪獣の質量に物理的に対抗するため、怪獣甲殻のハイブリッド装甲を全身に纏った、全長数十メートルに及ぶ巨大な複座式人型歩行兵器群――
『パシフィック・リム計画・イェーガー型ロボット部隊』。
さらにその背後には、アメリカと中国が保有するすべての戦術・戦略核兵器が、大陸間弾道ミサイルや潜水艦の爆弾倉に装填され、牙を研いでいた。
「日本のドローン技術、そして我々の超兵器と核の飽和攻撃。これを太平洋のド真ん中、怪獣の最大密集海域へ向けて同時に叩き込む。
……陸上では、その自重ゆえに身体を維持できず、上陸できるのはせいぜい『カテゴリー3』までだ。だが、海の中であれば奴らは無限に巨大化する。
だからこそ、奴らの本拠地である深海を、人類の火の海で満たすのだ」
マッケンジーの言葉は、狂気に満ちた熱血そのものだった。
大隊長である鳴海大佐は、その超兵器の数々を見つめながら、拳を強く握りしめた。陸の上で「鉄の蟻」として部下を使い捨てるゲリラ戦を強いられていた彼にとって、この全軍による総力戦、人類のプライドをかけた「最後の決戦」の提案は、拒絶しがたい熱い炎となってその胸に灯った。
「……第11機動大隊長、鳴海大佐だ」
老兵は静かに立ち上がり、マッケンジーを真っ直ぐに見据えた。
「陸の防衛線から、10式改をすべて引き抜こう。
我が大隊の全力をその『海底軍艦』と『メーザー砲』の護衛として洋上へ随伴させる。――海を、俺たちの青い海を、あの化け物どもから毟り取ってやる」
「よく言った、日本の大佐!」
マッケンジーが吼えた。
科学者の警告を無視し、地球の未来を担保に入れ、なりふり構わない絶滅のドクトリンがここに策定された。
人類は勝つ。
これだけの超兵器と、世界を二度滅ぼせる核兵器があるのだ。誰もがそう確信し、狂ったような歓声が地下の作戦室に響き渡った。
しかし、彼らはまだ知らなかった。
カテゴリー1や2、あるいは海に潜む3や4といった怪獣たちは、ただの「兵隊」に過ぎないということを。
人類がその持てるすべての狂気と技術を解き放ち、太平洋を血と核の炎で染め上げたその極限の戦いの果て、深海のさらなる深淵から姿を現すのは、地球そのものの意志を宿した絶対的な神――『怪獣女王』。
人類が初めて味わうことになる、抗うことすら許されない「真の絶望」へのカウントダウンは、この鉄の円卓が決断を下した瞬間から、すでに静かに始まっていた。
鋼鉄の焦土、あるいは神の弾劾(太平洋大決戦)
会議から数年
……彼らは出来る限りの準備を整えた……
アイゼンハワー、
かって人類史上最大の戦力を整え、あの怪物を倒すことに成功した人類の英雄! 作戦名を決める際全会一致で決まった、ただ勝った事のみ目が向いているが結果どういわれたか忘れられていた、
『ピュロスの勝利』……
「――作戦開始。これより、人類の存続をかけたオペレーション・アイゼンハワーを敢行する」
マッケンジー大佐の冷徹な号令が、太平洋上に集結した大艦隊の全スピーカーから鳴り響いた。
水平線を埋め尽くしているのは、各国の生き残り、そしてこの日のために国家のすべての資材と予算を使い果たして建造された、異形の鋼鉄の群れだった。
日本、アメリカ、中国、イギリス、フランス――。各国の重工企業の地下ドックから、文字通り「最後の一山」として引きずり出されてきた超兵器の数は、怪獣の質量を凌駕せんとするほどだった。
「三菱、川崎、全ラインの結晶を見せてやれ! メーザー熱線砲、全基点火ッ!!」
鳴海大佐の咆哮とともに、改造輸送艦艇群の甲板を隙間なく埋め尽くしていた数十基もの『メーザー熱線砲』の巨大なパラボラが、一斉に青白い光を帯びて駆動を始めた。一台や二台ではない。
数には数だ。日本が持つすべての電力をコンデンサに充填したきた熱線砲の列が、洋上から迫るカテゴリー1や2の群れに向けて、空間を焼き裂くプラズマの光条を何十本も放ち始めた。
ドゴォォォォォォンッ!!!
一撃でカテゴリー2の甲殻を焼き融かし、生体組織を内側から爆発させる青き光の束。
それと同時に、海面が激しく沸き立ち、巨大な水柱を上がる、一ヶ所ではない!
海面のあっこっちから水柱が打ちあがる、水面下で激しい戦いの証だ!
日本海軍が海を取り戻す切り札として日本中のドックで同時に量産・実戦投入された特種極地戦闘潜水艦『海底軍艦』の艦隊だった。
艦首の超巨大ドリルが回転し、怪獣たちに突進!! そのままぶつけると胴体を物理的に肉片へと変え、さらに艦首から放たれる『絶対零度冷線砲』が、怪獣の口腔内のレーザー核を一瞬で氷結させ、自爆へと追い込んでいく。
「空軍、こちらもやるぞ!パレット投下始めッ! 空を鉄の雨で満たせ!!」
遥か上空一万メートル。航続距離の限界を無視し、大気圏内を飛べるすべての長距離輸送機が、重い爆音を響かせて空を覆っていた。
輸送機の巨大な後部ハッチが次々と開く。そこから放り出されたのは、ウクライナ戦の遺物から急速に発展を遂げた、パレット型大量ミサイル放出システムだった。空中に放たれた巨大なパレットから、数百、数千発の対潜魚雷や誘導爆雷が、まるで黒い豪雨のように太平洋へと降り注ぐ。
ドババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババ
海面を破って海面下の怪獣に直撃する。
太平洋のど真ん中、何百キロメートルに及ぶ海域が、沸騰する白波と爆炎、そして怪獣たちの青黒い血によって染まり、地獄の窯のように煮えくり返っていた。アメリカの『イェーガー型ロボット部隊』がその巨体でカテゴリー3を力任せに押さえつけ、そこへ中国の残存水上艦隊が一斉に砲撃を叩き込む。
「これならいける! 奴らを根絶やしにできるぞ!!」
マッケンジーが勝ち誇ったように叫び、さらに冷徹な命令を下した。
「アメリカ、および中国の核搭載艦へ告ぐ。
――トドメだ。深海に潜むすべての熱源に向けて、保有する全核兵器を信管開放、発射せよ!!」
水面下の部隊に退避命令を…大音量でソナーから爆音が流される。
海面下の部隊は最大戦速でその場を離れだす、
ヨシ!これで最後だ、吐き出せ!空になった機から離脱せよ、巻き込まれるぞ!
爆雷が降っているうちに我らも離脱だ!お土産置いていけよ!海軍艦艇も、爆雷をばら撒きながら、当該海面から全力で離れる。
後先など誰も考えていなかった。この戦いに勝てば、明日世界が滅びようとも構わない。人類の軍人のプライドのすべてを賭けた、狂気の飽和攻撃。
ドゴォォォォォォンッ!!!!
十数発の核爆弾が太平洋の深淵で同時に炸裂した。
海が割れ、光柱が天を突き抜け、太陽さえも霞むほどの閃光が世界を包み込んだ。爆発の衝撃波によって海水が一瞬で蒸発し、海底の地殻が剥き出しになる。深海に潜んでいたカテゴリー3や4の質量は、その絶対的な核の熱量によって細胞一つ残さず消滅した。
勝った。人類の『質には数』のドクトリンが、ついに神の領域を凌駕した。
誰もがそう確信し、全軍が勝利の歓声を上げようとした、その時だった。
キィィィィィィィン――――――――――――――――。
世界中のすべてのスピーカーが、そして人類全員の「脳の芯」が、これまで聞いたこともないほど深く、冷たい、不気味な高周波の音を捉えた。
それは、音というよりは、地球そのものの『嗚咽』だった。
蒸発した太平洋の巨大な空白の中心。底なしの深淵から、ゆっくりと、それは姿を現した。
全長、数キロメートル。
カテゴリー5すらもただの子供に思えるほどの、圧倒的な質量。全身から神々しいまでの黄金の燐光を放ち、その背中には地球のすべての構造線を宿したかのような甲殻を持つ、絶対的な神――『怪獣女王』であった。
人類が放ったメーザー熱線も、海底軍艦の冷線も、そして二大国が放った核兵器の残光すらも、女王の周囲を満たす圧倒的な生体エネルギーの障壁の前に、触れることすらできずに光の塵となって消え去っていく。
女王が、その巨大な三対の眼をゆっくりと開き、人類の艦隊を見下ろした。
怒りではない。それは、自らの体内に巣食うダニを冷徹に排除するかのような、絶対的な神の視線だった。
ギガワット級――いや、地球の全エネルギーを収束させたかのような、純白の調停レーザーが、女王の口腔から解き放たれた。
一閃。
人類が全資材、全技術を投げ打って建造した大艦隊、数百基のメーザー砲、量産された海底軍艦、空を埋め尽くしていた長距離輸送機の群れが、悲鳴を上げる暇さえなく、ただ一瞬の光の中に溶け、文字通り「無」へと帰していった。何も残らなかった。弾薬も、兵器も、人類の軍の誇りも、すべてがその一撃で完璧に擦り切れたのだ。
絶望は、それだけでは終わらない。
禁忌の核を使い、地球の免疫システムを著しく傷つけたアメリカ合衆国と中国に対して、女王の明確な『弾劾』が下された。
女王の咆哮に呼応するように、アメリカの東西の海岸線、そして中国の広大な沿岸部から、数千、数万頭のカテゴリー1を露払いとし2や3といった成獣が一斉に湧き出し、津波のように陸地へと侵入していった。
核によって焦土と化した海から逃れるように上陸してきた怪獣の群れは、これまでの人類のお株を奪うかのように圧倒的な物量により迎撃部隊の能力を飽和させると二大国の国土を、容赦なく蹂躙し、踏み潰していった。アメリカも、中国も、その国土の大半を化け物どもに喰い荒らされ、かつての超大国としての機能は完全に喪失、壊滅の憂き目に遭った。
生き残った人類は、この時ようやく、涙と共に理解した。
怪獣は滅ぼせない。滅ぼそうとすれば、地球そのものによって人類が滅ぼされる。適切な攻撃で殺せる個体(兵隊)の後ろには、決して抗えない『調停者』が控えているのだという残酷な真実を。
人類は、持てるすべての力と資材を失った。これ以後、怪獣との積極的な戦闘を行う余力も意志も、世界から完全に消滅した。人類は、ただ食うか食われるかの緊張感を抱えながら、怪獣という絶対的な自然の下で、這いつくばるように生きる『共生』の道を、渋々ながら受け入れるしかなかった。
しかし、日本の横須賀の地下で、ボロボロになりながらも生き残った神崎陸将補と鳴海大佐は、黒煙の向こうの、不気味に輝く星空を見上げていた。
「……地球が奴らの領域だと言うなら、俺たちの生きる場所は、もうここにはないな」
佐藤大輔大佐の計画通りになった、遥かなる星計画か…
奴め地獄への舗装だけ整えて先に行きやがって……
鳴海が、錆びついたバッジを握りしめながら呟いた。
「ああ…残念だ……邪魔者は居なくなった…もう止める事は出来ない。
本計画は発動した。
――『プロジェクト・ノア』。これより、日本は宇宙に活路を見出す」
すべてを失った鋼鉄の焦土の底で、日本の不屈の意志は、ついにこの呪われた地球を捨て、遥かなる星の海へと、その希望の舵を大きく切り替えようとしていた。
どれ程の犠牲を払おうとももう止まらない。




