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大正九(1925)年六月
「おい、何でお前が2連勝した車に乗ってんだよ」
「バカ言え、新車を買ったんだよ。って、今年は来てないみたいだな」
「ジャポネか?何かメンバー変わったみたいだぜ」
この年のサルトサーキットには、鞍山の車に乗ったフランス人が居た。
昨年のクラス優勝を見て接触した人物である。
「凄いぜ、この車。ボディが紙切れなんだぜ?」
「お前それ、威張る話じゃねぇだろ」
周りが笑いに包まれるなか、件の人物はボディを叩く。が、紙製のはずが、硬質な音をたてるではないか。
「本当に紙か?イヤに硬い音がするな」
「だろ?何でもワシとかいうジャポネの魔法らしい。雨にも強いし、ワシと専用の糊さえあれば直すのも簡単さ」
得意げにそう語る。実際は、特殊な和紙に樹脂を含浸させて硬化させているのだが。
「で、本当に排気量は誤魔化してなかったのか?」
「ああ、間違いない。空冷で軽いのと、かなりイイ部品が使われているくらいだな」
輸出を前提とした設計のため、特殊な材料を用いたりはしていない。車の秘密は空力なのだが、この時代の人々にそれを理解しろと言うのは酷だった。そして、もう一つの要素が時代を先取りした人間工学を取り入れた運転席周りの設計だが、それは見た目で分かるものではなく、走ってはじめて理解できるものだった。
「乗り易い。何時間も走りながら、何でこんなに疲れないんだ?」
そう、車には疲れにくい工夫がいくつもあり、彼は前年のフランス車とは比べものにならないくらい楽に走れていた。
「なるほど、理屈はわかんねぇが、これなら勝てるのは当然だぜ」
第三回大会におけるクラス優勝は、見事彼が手にする事になる。
こうして、さらなる注目が鞍山の車へと注がれて行くことになるのであった。
「何をニヤニヤしているんだ?」
原乙未生は、そう鞍山に声をかけた。
「あ、原さん。いえ、フランスから電報が届いたもので・・・・・・」
「それは、例のグランプリの結果かな?」
「はい。車としては三連勝です。今年のクラス優勝は、ウチの車を手にしたフランス人ですけどね」
鞍山は、ニコニコとそう答えた。
危惧された第二回ル・マン24時間レースへの参加は、クラス優勝という結果を受けて予算が下り、鞍山・小宮山組が二連勝という結果を残していた。
第二回大会はガチンコレースとなり、リタイヤ数も多く、前年よりも全体の周回数も増えていたが、それを織り込み済みで車の改良とペース配分を行った鞍山の采配により、連勝を果たす事が出来ていた。
そして、鞍山の車に興味を持ったヨーロッパ勢から購入の打診まで受ける事へと繋がった。
さらに国内でも変化があり、第一回大会クラス優勝という成果を引っ提げて帰国した鞍山に、大倉喜七郎や内山駒之助らが手のひらを返したような賛辞を送って来たのである。
鞍山も、それを拒否する様な事はせず、彼らの熱気に乗り、自動車メーカー再編による新会社設立へと繋げていった。
その新会社は、鞍山の名とル・マン24時間レースに因み、マン・サドル自動車と命名され、以後100年に渡りル・マン24時間レースを代表するレーシングカーメーカーとなる。
自動車メーカーとなり、めでたくフランスへの輸出まで叶った鞍山だったが、第三回レースへの参加だけは叶わなかった。
代わりに内山駒之助ら、日本を代表する自動車愛好家が出場し、見事入賞を果たし、クラス優勝はフランス人が駆るマン・サドルが勝ち獲るという結果となった。
では、鞍山は何をしていたかと言うと、試製一号戦車の開発に携わっていた。
それも、肝となるエンジンと変速機の担当として。
そこには当然、原乙未生の姿があり、鞍山は変速機を原に任せ、エンジン開発に注力していた。
「それはおめでとう。これで日本もどんどん列強として泊がついていくな」
原は、そう鞍山を褒めた。
「さて、今日は肝心の戦車の試験だ」
そう。史実より早くスタートした戦車開発は、とうとう試作車が完成し、試験の日を迎えていた。
エンジン始動は問題なくクリアし、乾いた音を響かせ続けている。
「まさか、過給器付エンジンになるとは思わなかったよ」
原がそう感想を述べる。
「いえ、あれは過給器として取り付けた訳じゃないんです。自己吸気機能を持たない作りなので、強制給気装置が必要だったんですよ」
鞍山がそう解説するとおり、ユニフロー2ストロークエンジンは自ら空気を吸い込めない。
シリンダー下部に設けられた吸気ポートへと空気を送り込み、空気の力で燃焼ガスを排気ポートへと送り出してやる必要があった。
そのため、一見して過給器付エンジンなのだが、分類上は自然吸気エンジンになる不思議ちゃんなのである。
「水冷エンジンなら、もっと熱効率は上げられますよ」
鞍山が付け加えてそう言う様に、ユニフローディーゼルは熱効率に優れたエンジンとされている。
しかし、史実においては環境規制が厳しくなるにつれ、2ストロークエンジンは次々と姿を消していく。ユニフローディーゼルも21世紀には、船舶用しか製造されていない。
だが、この時代ならば、まだこれから半世紀は活躍する最新にして最高のエンジンと言えた。
「確かに。しかし、我が国は関東州や南樺太、北海道という寒冷地がある。どこでも不凍液が手に入るとは限らない。その環境を考慮すれば、空冷の方が使いやすいからね」
原は苦笑しながらそう答えた。
この世界の日本陸軍も、やはり大陸への関心が高い。
ただ、大韓帝国を手に入れず、遼東半島や満州鉄道だけでは、国内経済ほどの利益はなく、戦争景気からの不況を公共投資で軽減している現状では、さらなる大陸進出など望むべくもなかった。
しかし、だからと言って戦車の研究開発を疎かににも出来ない。
そこで、人材の公共投資への転換を図る事と引き換えに、最新兵器の開発が促進されていたのである。
「あ、加速してますよ」
鞍山と原では、鞍山の方が年上なのだが、鞍山にとっての原は、著名人であり、工業の分野における大先輩に当たる。どうしても敬語になるのは仕方がなかった。
戦車は加速を続け、目標の時速25kmを超えてまだ加速を続けた。
「やった!32kmだ!」
原が子供の様に喜ぶ。
「鞍山さんのエンジンを信じて作った甲斐があった!」
原は、輸入エンジンを前提に25kmを目安にしたトランスミッションを設計していたが、鞍山がより強力なエンジンを実現すると宣言したので、それを信じてより高速で強力なトランスミッションを開発していた。
もし、史実のエンジンであれば力負けしていたかもしれないが、時代に先駆けたユニフローディーゼルならば、まったく問題なかった。
次は登坂試験である。
トラックでは登るのに苦労する登坂路へと戦車が進んでいき、エンジンを吹かす甲高い音が響き渡れば、スルスルと登っていく。
途中でヘタる事なく同じペースで登り切る姿に、試験に立ち会った皆が歓声をあげた。
「やった!やったぞ!欧米に負けない戦車を作れた!」
周りがそう喜ぶ姿を見ながら、鞍山は冷静に戦車を見つめていた。
「10トン程度の軽戦車なら当然だよ。30トン超えの戦車で同じ事をやれるエンジンを、10年で作らなきゃ」
「それはまた剛毅な目標だ。その期待に応える車体を作れって事なんだろう?」
耳聡く聞いていた原が、そう鞍山に問いかける。
「え・・・、はい。お願いします」
史実であれば、原がそのクラスの戦車を目指すのは15年後の話である。だが、鞍山の呟きから、この世界の戦車開発の流れは変わった。
「鞍山さんのエンジンに負けない戦車を開発してみせるよ」
原は、宣言通りに10年後に30トン戦車の実現を誓うのだった。




