5・
大正七(1923)年三月
「本当に、君らの言う通りになるとはな」
平賀譲は驚きの声を上げていた。
それは、彼が設計していた夕張や古鷹型に待ったをかけた東山、深山の「予言」に対しての今更の反応だった。
「陛下や元老の方々にも許可を取って在りましたし、そういう情報があったんですよ」
深山がどこか曖昧に、矛先を他者へと向ける。
「条約の内容を予測しているというのもすごいが、さらに次の条約では保有制限までかかる可能性があるのか」
平賀は腕を組んでそう呟き考え込む。
それは数年前の事だった。
「三連装砲塔とするのが良いでしょうね。その方が全長を短縮でき、排水量の低減にもなります」
深山がそう提案し
「溶接技術も軍艦に適用可能な域にあるので、溶接を採用すればさらに軽減に役立ちますよ」
と、東山も言う。
「つまり、同一の船体で砲口径のみ変更して、一等、二等とするのか」
深山、東山は、ワシントン条約を見越した巡洋艦建造延期を山本権兵衛を通して海軍に依頼していた。
戦艦計画こそ進んでいたが、巡洋艦は彼らの思惑に沿って延期され、その間に実用化が成った溶接技術の本格導入に当たって、総科研からの技術指導という名目で平賀の元を訪れていた。
平賀も総科研の面々と交流を持ち、鳳翔設計を行うなど、歴史からズレた行動を行っている。
さらに、深山や東山は平賀の取り込みに尽力し、夕張、古鷹型の建造を思い留まらせていたのである。
平賀が思い留まったのは、同一の1万トン級船体をベースに20.3センチ三連装砲塔3基を積む重巡洋艦、15.5センチ三連装砲4基を積む軽巡洋艦というファミリー化案を提示されていたからだった。
「君らの提案に沿った内容で仕様は纏めたよ。装甲に重量を割り振った一等、砲門数を優先した二等といった塩梅だ」
平賀は得意気にそう説明する。
「それにしても、あの話を知らなければ、巡洋艦制限の割を食う事になっていただろうな」
当時、14センチ砲を積む3000トン級巡洋艦、史実の夕張を構想していた平賀には、巡洋艦の備砲が条約で規定されるというのは驚きであった。
そんな事になれば、良かれと思っていた構想は日本の足かせとなる所だったからだ。
こうして、日本の巡洋艦計画はワシントン海軍軍縮条約を機に、再スタートを切ることになった。
深山や東山の依頼で割を食ったのは夕張だけではなく、由良以降の6隻にも該当していた。
こうして、ワシントン海軍軍縮条約に沿った仕様で纏められた巡洋艦の建造が始まった。
一等巡洋艦 妙高型
基準排水量9250トン
全長185m
全幅20.6m
出力13万馬力
速力34ノット
武装 20.3センチ三連装砲塔 3基
12センチ単装高角砲 6基
61センチ三連装魚雷発射管4基
二等巡洋艦 由良型
基準排水量9100トン
全長185m
全幅20.4m
出力13万馬力
速力34.3ノット
武装 15.5センチ三連装砲塔 4基
12センチ単装高角砲 4基
61センチ三連装魚雷発射管4基
「奥山君の提案したバルバス・バウを試験した結果、採用する事になったよ。造波抵抗の低減に効果が見られたからね」
平賀はそう微笑みながら言う。
本来なら大和型戦艦に採用されるはずだったものが、この世界では10年早く導入されている。これは、発明国であるアメリカにおいてレキシントン級空母が完成するより早くに採用された事例となった。
さらに、史実において古鷹型や妙高型で採用された正20センチ砲は採用されず、条約を見越した8インチ、20.3センチ砲が開発されていた。
これは史実と同じ性能なので、これと言って特筆する様な事はない。
同じく条約を見越して開発中の15.5センチ砲は未だ途上であり、先に完成している20.3センチ砲を積む重巡洋艦が建造される事になった。
15.5センチ砲も、いわゆる最上砲が開発されており、完成にはまだしばらく掛かる見込みとなっていた。
「あとは、空母だな」
平賀は、得意げにそう切り出した。
「鳳翔の建造は上手くいった。何より、艦載機の翼を折り畳み出来るのは良いな。搭載機数が増える」
「ただ、折り畳み翼だと高さがあるので多段式格納庫は無理になりませんか?」
平賀に対し、深山がそう尋ねた。
「ああ、それは確かにそうだが、エレベーターを外に追いやった分の余裕は出来たし、艦幅をあえて拡めた事で格納庫にも余裕がある。次の空母はさらに搭載機数が増えるから問題無いだろう」
この世界の日本海軍は、センピル教育団を驚かせて得意になっている。
ただ、史実とは違い、英本国へも艦隊を出した事で現実を知る事になった。史実の様に日本海海戦の勝利で鼻を伸ばしっぱなしとはいかず、英本国でへし折られる格好になっている。
何より、艦隊決戦が戦争の帰すうを決められなかった姿を目の当たりにし、ドイツ潜水艦によって北海において装甲巡洋艦が撃沈された事で恐慌状態に陥っていたほどだ。
「空母には、しっかり艦隊を見張って貰わんとな!」
日本海軍において、第一次大戦の教訓として何よりの脅威は潜水艦と刷り込まれている。
鼻高々に英本国へ派遣されながら、為す術なく潜水艦に沈められたのである。急激な方向転換も仕方の無い話だった。
ワシントン海軍軍縮条約では、未成戦艦を利用した大型空母の建造が認められているが、日本はそんな事よりも艦隊を潜水艦から守る事を優先し、公称1万トン、実際には1万5千トンになる中型空母の量産を計画していた。
こうして、平賀は深山や東山から教えられるまでもなく、鳳翔をスケールアップする事で、ひゅうが型護衛艦に相当する中型空母を設計していたのである。
サイズはともかく、いずも型と言った方が5人には理解がし易いデザインだろう。
この艦を5隻建造する計画になっている。
航空母艦 翔龍型
排水量1万4900トン
全長212m
船体幅23.8m
飛行甲板幅35m
出力13万馬力
速力30ノット
武装 12センチ単装高角砲6基
2ポンド高角機銃 6基
搭載機数 41機
史実から見れば物足りない機数だが、この時代の日本海軍は対潜水艦戦を主任務と考え、攻撃機には深山が開発した磁気探知機が積まれていたほどである。
「何か違うんだよなぁ。蒼龍じゃなく、ひゅうが型でもないナニカ・・・」
それを見た深山の顔は、少々複雑だった。
「考え方が史実の自衛隊に近いってのは、やっぱり潜水艦による撃沈が効いてるのか?」
東山も、思惑とはズレた海軍の歩みに苦笑していた。
「何だ?何か変な事を言ったか?」
そんな2人の考えなど理解の及ばない平賀はひとり、疑問を投げかけるしかなかった。
何せ、日本海海戦の栄光が援英艦隊派遣によって崩れ去り、自信喪失状態にあった海軍の面々が縋りついたのは、総科研であった。
最新の技術を提供してくれる5人は、ただ機械技術だけでなく、空母や新しい用兵にも聞くに値するものを持っていた。
その中には対潜水艦戦に関するものもあり、欧州派遣前には聞き流していた対潜戦術の話に俄然興味が湧いてしまった。
当然だが、5人の知る対潜戦術と言えばハンターキラーグループの事になるが、それを拡大解釈して艦隊護衛という形で練り上げた結果、数千トンの低速護衛空母ではなく、1万トン級艦隊型空母によって対潜作戦を行うという考えに至り、こうしてそれが形になってしまったのである。
これが果たして有効に機能するかどうかは、まだ誰にも分からない。




