4・
大正三(1919)年八月
「出来たぁ」
奥山は達成感に満ちていた。
「これが、この10年で出せる現在地だよ」
鞍山が、そう冷静に評した。
史実における一〇年式艦上機は、イギリス機を参考とした複葉機であったが、現在目の前にあるのは、21世紀のエアレース機を思わせる様な低翼単葉の細身の機体だった。
開発を主導したのは航空エンジニアである奥山であり、投入された理論は21世紀のものである。
しかし、この時代にはカーボン素材などなく、東山が開発を主導したアルミ合金を用いた機体だった。
「カーボンじゃ無いから、ちょっと重いよなぁ。実験的に鋼管桁なんかも試してみたが、中々良さそうだぜぇ」
飛べるエンジニアである奥山は、自ら飛行服姿でそんな事を曰う。
「エンジンもアルミ鋳造が出来る様になったから良かった。とりあえず、ライカミング並のエンジンには仕上がってるよ。ガソリンの問題で馬力は低いけどね」
エンジンを担当した鞍山も、そう説明する。
「東山、深山、小宮山もしっかりやってくれたしな!今はこれで十分っしょ」
時代を間違ったフォルムの戦闘機は、総合科学研究所の主導による研究開発として軍の委託を受けている。
しかも、陸海軍で違いはなく、双方が国産を志向し、明治四二(1909)年から奥山を中心に開発に着手し、まずは鋼管フレームの機体、そして、アルミ合金が実用化されたここ数年は全金属への移行が行われていた。
「んじゃ、吉良さん、後はヨロ〜」
奥山は試験飛行をおえると、海軍側の飛行隊長へとそう手を振る。
「ここは自由すぎる場所だな」
吉良は呆れながらそう奥山へと呟いた。
「空母の方も設計は順調?」
奥山は吉良へと問いかける。
「詳しい事は知らんが、横須賀に甲板と同じ規模で訓練場が作られるそうだ」
その返答に、奥山は満足そうに頷く。
「それにしても、まさか二次防CVHをベースにするとか、東山もちょっとやりすぎてないかな」
鞍山がそう呆れて言う様に、日本は世界の技術から逸脱をはじめていた。
「どっちにしろ、狭いスペースに降りるんだ。気をつけなよ〜」
奥山にとって、空母が史実から外れたものである事は、あまり興味のない話だった。
「鳳翔が二次防CVHで良かったのか?」
深山が東山に尋ねる。
「サイズは史実の鳳翔と大きく変わらない。それに、ラフ画や想像図しか無いから、それっぽいだけだな」
東山もそう言うだけだった。
空母の設計は、総合科学研究所が動き出した後、その技術研究内容に興味を持って接触して来た平賀譲が請け負う事になった。
この時点で史実から外れているのだが、東山は平賀に対して空母の基礎知識を教え、空母黎明期の試行錯誤を飛ばし、確立された要素を学んだ平賀は何の疑念もなく、20年は先をゆく空母を設計していた。
本来、二次防CVHの想像図では、戦前の空母を彷彿とさせる艦首部分をクローズドバウとし、この時代においては、イギリス空母イーグルを参考にした様な印象を与えている。
艦橋は煙突一体型で、戦後のアメリカ空母JFKやイタリア空母カヴールの様に外へ煙突を傾斜させ、隼鷹型の様に船体より右舷へと張り出している。
飛行甲板は大型艦橋を避ける様に中心線を左へオフセットさせた護衛艦いずもの様なレイアウトとなり、前方エレベーターは艦橋直前にあり、中心線より右舷へオフセットした位置に配置され、後部エレベーターは艦橋後方の舷側外に設置され、この部分は二次防CVHや制海艦に近いレイアウトとなった。
着艦装置はイギリス式の縦索ではなく、後に標準化される横索式のアレスティング・ワイヤ、日本海軍が太平洋戦争中に実用化した三式がモデルになっている。
明らかに時代に合わない要素を含むが、まだ知られていないレイアウト、機構のため、海軍では「そんなもんか」と感心こそすれ、驚いてすらいなかったりする。
設計を指揮する平賀自身、東山から教えられたレイアウトや機構を、何の疑念なく取り入れている。
「まあ、サイズはせいぜい一万トン級だし、海外から必要以上に注目される様な船じゃないか」
深山は、そう自分を納得させるのだった。
大正七(1923)年二月
「さんみぃ」
「寒いな」
竣工した鳳翔では、三年式艦上戦闘機が吉良大尉の手により発艦していった。
開発担当者として同行している奥山、鞍山は、鳳翔艦上で震えながらその姿を見守っている。
「確か、日本初の着艦って、イギリス人じゃなかった?」
鞍山が記憶を手繰り、そう疑問を口にした。
「知らねぇ。何か来たけど、逆に驚いてばかりだったじゃん。アイツら。教えに来たとか言って、教えたの俺なんですがー」
奥山は、来日したセンピル教育団を逆に指導していた。
飛べるエンジニアである彼は、100年先の飛行技術を教える側となり、センピル卿らのプライドを引き裂いてしまっていた。
奥山にとって、そんな来日イギリス人が来るより先に、吉良俊一ら海軍パイロットに操縦を教え、吉良たちも陸上に設けたら仮想甲板における着艦訓練を重ね、センピル教育団の来日に際して、その技量に驚かれたほどだった。
ただ、奥山は爆撃や雷撃技術などは知らなかったため、センピルたちも何とか面目を保つ事は出来たのだった。
「あ、吉良さん降りてくる」
鞍山が発艦した吉良の機体を追っていると、艦後方からアプローチを始めている。
「東山の言ってたミラー着艦装置は機能してんのか?陸と違って揺れるからなぁ」
奥山は心配そうに吉良機を見つめている。
一度目は着艦せず、甲板ギリギリをフライパスして上昇していった。
そして、2度目のトライ
「あ!」
上手く着艦出来たかに見えたが、そのタイミングで鳳翔が波に乗って浮き上がり、車輪を蹴り上げられた吉良機はバランスを崩して海面へと滑り落ちてしまった。
「おい、吉良さん!」
奥山や鞍山だけでなく、水兵たちも駆け出したが、遠く海面に浮かぶ機体からは吉良の無事な姿が見えていた。
「もう一度、やらせてください」
救助された吉良は、すぐさま服を着替えて再挑戦を懇願し、新たに用意された機体へと飛び乗っていった。
「根性あるなぁ」
奥山が呆れを込めて発艦する吉良を見送る。
そして、再度アプローチに入り、しっかり3番目のワイヤーを引っ掛けて着艦に成功した。
「やったな!」
鳳翔艦上が沸き立つなか、奥山や鞍山も喜びの輪に加わった。
「しっかし、マジで舷側エレベーターを実現するとはなぁ」
その後、吉良が何度か着艦を成功させ、帰途についた頃、奥山はしみじみと艦橋後方を見ながら呟いた。
「クレーンがモノになってるからね。その技術を応用したんじゃないかな」
後方エレベーターは、鞍山が見ている間に艦橋横に置かれていた吉良機が載せられ、下降に入るところだった。
「着艦スペースに穴が空く心配が無いんだ。それで良いんだろな」
東山や深山と違い、舷側エレベーターの歴史にさして興味のない奥山は、まったく歴史とは関係ない実用的な理由で納得していた。
その横では、鞍山が苦笑している。彼自身、空冷水平対向エンジンの歴史に異物を混入した自覚があり、奥山ほど気楽ではなかった。
もちろん、全金属艦上機が空母黎明期に登場するという、もっともエポックな歴史改変を行った奥山は、自分が行った事の重大性に、自覚がなかったりする。
こうして、鳳翔は無事に飛行隊を載せて運用出来る目処が立ったのである。
日本の航空業界、そして鳳翔の艤装について、センピル教育団は大きな衝撃を受けたが、当時のイギリスは、まさか日本が自分たちより遥かに優れた技術を持つなど理解し難く、センピル卿らの報告は重視される事なく忘れ去られる事になるのだった。




