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明治五十(1917)年四月
「まさか、明治が50年続くとは」
小宮山がそう感想を述べる。
「医療関係が居ないっても、21世紀の健康知識ってのは、バカにならんって事っしょ」
と、奥山がそれに応えた。
東山と深山は、どこか深刻な顔で話し込んでいる。
「鞍山ちゃん、なかなか自動車作れなくてストレス溜まってない?」
奥山が、鞍山にそう声を掛けた。
「いや、そんな事ないよ。石油発動機は老後の趣味にしたかったし、まさか、それを自分の手で作り出すなんて、ひとつ夢が叶った気分。耕運機も、自動車の基幹になる部品製作になるから」
と、鞍山自身は陽気に言う。
「それにしても、何でわざわざ大阪や岡山の会社に出してんだ?関東にもあるだろう?」
小宮山が不思議そうにそう聞く。
「それは、僕の趣味だよ。農機と言えば、日本有数の農機メーカーって、四社とも西日本発祥だから、その人らが起業や発展しやすい様にしてるんだ」
鞍山にとって、農機は総合科学研究所で扱う普及技術であり、自身が全てを扱おうとは考えて居なかった。
「それから、岡山ってエンジンやミッションに必要な基幹部品を作るメーカーが多いんだ。自動車も、岡山でやろうとした人が居るし、ちょうど総科研に来たから、しっかり学んでもらったよ」
史実に囚われない動きをする鞍山は、そう誇らしげに語る。
「それは俺も一緒だけどさ。レーヨン量産に手を貸した。今じゃ安定して量産出来てる。ナイロン系の量産も始まるから、養蚕農家の転業も考えないとな」
小宮山も、そう言って話し込んでいる2人を見る。
転移直後、深山を中心に天皇や元老たちに語った中には、健康法などもあり、脚気対策などは明治天皇のその後を変えた。
その結果、医者不信が改善し、5年ほど長生きしたのである。
「医療関係のヤツが居たら、もっと根本的な改善が出来たかもなぁ」
奥山がそう言うが、居ないのだから仕方がない。
「やっぱ、次は大正か?」
「たぶん。元号に関わる人らにも知る人は居るけど、知らない人の方が大半だしね」
明治天皇崩御に伴い、彼らの今後も何か変わるかも知れないと言う話になっていた。
「俺ら、総科研の主要研究員だから何か変わるとは思えんけどなぁ」
そんな3人とは違い、東山、深山には深刻な懸念があった。
「予想通りだが、元老たちは後継者育成って点じゃ、完全に失敗してる。俺らも、機密に関わる研究者って辺りに落ち着くんじゃないか?」
東山は、今後の身の振り方をそう考えていた。
過去に転移して、そこで重要な地位に就いて歴史を動かす。小説に有りがちなストーリーと自分たちは、明らかに異なる歩みを迎えていた。
5人の知識は軍上層部にとって重要なものではあるが、軍の開発機関の頭ごなしに何かが出来る地位などは与えられず、新たに設けられた総合科学研究所の研究員として、軍や産業界の技術開発に関与する程度となっていた。
その分自由度は高いが、軍や政策への関与はあまり出来ない立場にあった。
これまで転移から10年あまり、歴史改変小説の様な日本の劇的な変化というのはあまり見られない。
産業振興によって資源需要が増した事で、イギリスやフランス、オランダとの関係は切れなくなったが、それも政治家や軍の思惑次第の面が強い。実力が伴えば、太平洋戦争の様な南進政策に舵を切る可能性は、常に考えられていた。
転移後すぐ、戦艦河内の主砲問題を提起はしたが、設計、運用の現場の意見が優先され、史実との違いはない。歴史改変小説のように意見が即座には反映されたりはしていない。
八幡製鐵所の操業は、東山の助力によって史実より前倒しになり、東山の発言力はある。が、あくまで鉄鋼技術の分野に限られたものとなっていた。
5人によって提言した鉄道の改軌も、未だ実現していない。耕運機の20年早い出現により、道路行政に変化があり、そこへの助言を求められるようになっているが、まだまだ初端に就いたばかりの部分が多い。
ただ、韓国併合は行われず、朝鮮への資本投下も縮小したので伊藤博文はハルビンで狙われることなく、今も存命である。
しかし、もはや高齢な彼も政治の表舞台からひく年齢となっている。
「せっかく色々と提言したんだけどな。河内はそのままだし、海軍は収賄事件起こすし、陸軍も大して史実と変わってない」
深山も嘆く。
「いや、伊藤さんが存命だから、問題はある程度解決したじゃないか。憲法にこそ手は付けられなかったとは言え、内閣と統帥権の問題には切り込めた。ドイツの政軍関係を見て、伊藤さんがさらに踏み込んでくれた。一応、史実よりマシな体制は実現出来たじゃないか」
東山はそう返す。
「だが、どうするんだ?袁世凱を信じて秘密条項を加えるなんてバカなマネこそしなかった。変わったのはそれだけじゃないか。無理やりドイツ租借地を攻める事になった。ほとんど史実をなぞるような道しか歩んでいない」
深山は、そう危機感を募らせている。
「海軍は金剛、榛名をイギリスに派遣したんだ。随分と史実よりマシさ。ピクリン酸を変えたから、河内や筑波も沈んでいない。イジメ云々以上に、ピクリン酸の扱いに問題があったと判明して良かったじゃないか。あれは俺たちの成果さ。全てが俺たちの思い通りになる訳じゃないのは、もうわかっただろう?」
だが、東山は深山ほど悲観してはいない。
金剛型に続く国産戦艦は、扶桑の失敗を知って初めから伊勢型の砲塔配置となっている。
確かに、深山が指摘した遼東半島問題は先送りされ、史実の推移を見せたが、その穴埋めの形でイギリスから金剛型買取の打診が来る前に率先して派遣を提案し、遼東半島問題への対策としていたのである。
「派遣艦隊の船が欧州で沈んで、海軍は大騒ぎしてたなぁ」
日本海軍はイギリスからの要請を受け、準備していた金剛、榛名を含む艦隊をイギリス本国へと派遣、さらに地中海へも艦隊を派遣している。
ユトランド沖海戦には参加していないが、北海では装甲巡洋艦が、地中海では複数の巡洋艦、駆逐艦が潜水艦に撃沈され、海軍内部では派遣責任を問う問題に発展していた。
「これで、決戦主義の無意味さに気付いてくれたら良いんだが」
東山はそう嘆息した。
「陸軍はどうだろうな。出すだろうか?」
深山は、東山に問いかける。
「今の国内世論じゃ、無いだろ。小説みたいに上手くは行かないさ。それに、国内の発展で大陸への欲求も減っている。陸軍がいくら叫んでも、今の世論じゃ、満州国も出来ないかもな」
日本は大戦景気によって沸いている。
その高景気を利用し、彼らの提供した農機は爆発的に売れている。
「鞍山の奴、運搬車と軽トラを売り出すんだって?」
この景気の波に乗り、耕運機アタッチメントとして牽引荷台を発売。その荷台をベースに2輪用エンジンを乗せた小型4輪貨物車も発売する事になっている。
「今がチャンスだからな。あと1年で戦争は終わる。戦後は電力不足に対応したダム建設や自動車や耕運機の増加に伴う道路整備っていう公共事業に金をまわすことになるだろう。史実よりも国内投資が増えるし、不況も多少はマシになってくれるだろう」
「金融関係は、しっかり達磨さんに話が通ってる。下手な時期の金解禁が起きない様にはなっているはずだ」
明治天皇が崩御し、元老たちも高齢となり政治の現場から身を引きつつある。過去を直接知る者たちが居なくなれば、5人の提言が政策へと影響する可能性は、より低下して行くのは避けようがなかった。
「いよいよ何らかの結果を出して、総科研の発言力を高めていかないと、埋もれる事になるな」
深山は、そう今後への決意を新たにするのだった。
そのすぐ後、新たな元号は大正と発表され、歴史は次の幕を開く事になる。




