第7話 恋慕の眼差し
周囲を一頻り確認し、萌子は魔法を使い、この世界に合わせるため、コスチュームを変化させる。
「加奈ちゃん、ジッとしててね♪」
加奈の周りに小さな妖精達が、糸を紡ぐように、クルクルと踊り出すと、淡い光に包まれ、真新しい衣装に生まれ変わる。
「すごーい、妖精さんだー」
絵本やアニメでしか、見たことない存在が、加奈を見て、楽しげなダンスを披露し、この世界の来訪を祝福するように、ニッコリ微笑む。
妖精は服の裾を摘まみ、カーテシーをして、何もない空間に消えていった。
「街まで、少し距離があるわね」
遠くに見える、無数の外灯を見て、
「ルナ、お願い出来るかしら?」
その言葉に、
「もちろんですわ、っえい!」
ルナはクルッと回転する。
ボンッと、煙が立ち籠め、それが消えると、
「わぁー、猫バスみたい♪」
名作アニメ映画のオバケより、どちらかと言えば、軽自動車のタントのような、ユッタリとした機能的な車輛に、ルナは変身して、
「さ、行きますわよ」
スライドドアを開けて、二人が乗るのを確認すると、安全なスピード、運転マナーを遵守した紳士的な走行で、地面を滑るように移動していく。
心地よい風が車内に流れ込み、未知の世界の景色に、加奈の知的好奇心は高まる一方だった。
そんな彼女に、
「加奈ちゃん、これ舐める?」
萌子は七色に輝く、綺麗な飴玉を、加奈に差し出し、
「頂きまーす♪」
口の中に含むと、スーッと、喉に清涼感が広がり、
「ふふ。これで加奈ちゃんも、この世界の人達と、いっぱいお喋り出来るわよ♪」
「え?ホントに!」
この飴玉は、例えるなら、猫型ロボットの便利道具の一つ、おでんの人気食材による、Google先生も顔負けの、翻訳機能を持ったアイテムと同じ効果を持っていた。
ゴトゴトと、眠気を誘う振動に、
「街まで、まだ時間が掛かるから、加奈ちゃん、少し寝てなさい」
「う……うん」
眠気に勝てず、加奈は萌子の膝枕で、ウトウトと、重くなった瞼を閉じ、夢の世界へ。
その頃、地下深く、無数の柱、澄んだ水が滾々と湧き出る泉を湛えた、中央の祭壇に、黄櫨染の衣に、特徴的な眼帯で、その目を覆った人物を囲むように、多くの神官達が立っていた。
シルエットから女性、そのミステリアスな雰囲気と、神々しいまでの存在感は、常人ではないことを窺わせる。
「……あの者が、還って、来ました」
口は動いていないが、頭の中に響く声に、
「おお!」
「素晴らしい!」
神官達は女性の言葉に、歓声を上げ、胸を躍らせて、その事実を祝福する。
女性の両側には、二人の同じ顔の男性が、恭しく頭を垂れて、
「巫女姫様、おめでとうございます」
「このような僥倖が、再び訪れる奇跡。私の心は猛っております!」
二人は『巫女姫』と呼称される女性に、身を乗り出すように、上気した顔を上げて、近くの従者達に、
「今すぐお出迎えの準備を!」
「くれぐれも丁重にな」
念を押す言葉に、
「御意!」
神官達は声を揃え、一瞬にして姿を消す。
巫女姫は、その人物を使い魔である、揚羽蝶を介して視認すると、
「セレーネ、よく戻って来てくれました。これで……この世界は」
そう微笑み、巫女姫は、セレーネの横顔に、僅かに頬を赤らめ、何度も、その名を囁いていた。
だいぶ街まで近付き、萌子は、僅かな魔力反応を感じ、周囲に神経を集中させる。
すると、ヒラヒラと、一匹の揚羽蝶が、自然界の法則を無視するように、車の速度と併走して飛んでいるのを確認すると、
「!」
萌子は瞬時に詠唱し、その蝶に向かって、光の矢を放つ。
高度な精度で撃ち抜き、蝶は粒子となって消滅した。
「セ、セレーネ!」
少し遅れて、ルナが焦った口調で、
「ふふ」
降参のポーズを取る萌子に、
「流石ですわね」
誰が間者を送ったかは、固有の使い魔と、魔力残滓を読み取れば、すぐに検討はついた。
「最初に気付いたのが巫女姫様なんて」
「……」
ルナが無言で対抗策を考えるが、相手が悪すぎた。
「どうしよっか?」
当の本人は、余り危機感も無く、受け答えするため、ルナは、
「解ってますの、セレーネ?」
少し苛立ちを隠せないルナは、平静を装うことが難しいほど、心にさざ波が立ち、不安な心境を吐露するように、萌子を見て、
「まだ、他の勢力に気付かれるよりは……ね」
含みのある言葉に、
「それは……そうですが」
ぐうの音も出ないルナに、
「もし『獣の王』に、私が戻って来たことを知られちゃったら、そっちの方が困っちゃうでしょう?」
「ええ、あの御方は、セレーネにぞっこんですからね。国を挙げて、大挙して来ますわよ」
「ふふ、でしょ♡」
萌子は、ルナの気持ちを和らげようと、わざとオチャラケて、ルナの身体を触って、緊張を解くと、
「時間稼ぎ程度ですが、陰行の魔法を強化しますね」
ルナの申し入れに、
「ええ、お願いするわ」
鈴の音が、チリンと鳴ると、周囲の空気が僅かに振動して、一般の者には、全く効果が無く、代わりに、萌子と同程度、或いは、それ以上の能力を持つ者に有効な、高密度のステルス魔法を展開した。




