第6話 オネイロスゲート
時計の針が0時を指し、萌子は寝ている加奈を起こして、一緒に身支度を整える。
寝ぼけ眼で、まだ夢の中にいる加奈に、
「加奈ちゃん、起きなさい」
ほっぺを優しく突いて、睡魔を取り除いてあげると、
「ママ、おはよー♪」
眠気が一気に取れて、加奈は元気に挨拶をする。
「お二人とも、準備は出来ましたか?」
ルナの言葉に二人は頷く。
加奈はリュックサック一杯に、スマホ、ソーラーバッテリー、電子書籍のデバイスなど、旅行に欠かせないアイテムを詰め込んで、
「うん、大丈夫!」
対照的に萌子は、必要最低限の道具をトートバッグに入れ、
「ええ、もちろんよ」
萌子は二人を見て微笑み、
「二人とも、私から離れないでね」
加奈とルナが集まり、萌子は魔法を唱えると、神鳴きの森にある神社に転移した。
鳥居の前に立ち、
「今からオネイロスゲートを開くわ」
そう言って、加奈とルナの周りに防護フィールドを展開すると、静かに呪文を唱え始めた。
凄まじい風が巻き起こり、木々は激しく軋み、その膨大な魔力は、濁流のように萌子を中心に物質化し、鳥居を覆い尽くすように不規則に乱舞する。
そして、
「我が名はセレーネ。悠久の大河を旅する者。我、此処に、彼の地から、此の地を架けるきざはしを渡らん!」
異界転移のスペルを放った瞬間、鳥居の形はグニャリと潰れ、神々しく、重厚な扉に変化して、ユックリと開いていく。
「二人とも、私の手を離さないで!」
その言葉に、
「うん!」
「ええ!」
光の螺旋に包まれ、三人の身体は細胞レベルまで分解され、その姿は、この世界から、跡形もなく完全に消え去った。
時間にして数秒だが、加奈は、走馬灯のように様々な映像を見ていた。
それは異世界の風景、その地に住む人々、さらには、人ならざる者の咆哮。
ありとあらゆる事象を、瞬時に知覚することで、その情報量に耐えられず、思わず声を上げてしまう。
そんな彼女を、萌子は、ギュッと抱きしめ、
「もう……少しだから、我慢……出来るわね」
本人もその苦痛に、身体が砕けそうになりながらも、加奈を案じ、力強い言葉を掛け続けた。
「見えましたわ!」
ルナが目を見開き、前方に現れた出口を指差し、二人を見て、
「あと少し、頑張って下さ……」
その言葉を言い終わる前に、三人の周囲が衝撃波に包まれ、爆発的なエネルギーとなって空間を跳躍した。
一瞬、音も光もない時間が流れ、次の瞬間、視界が一気に開いた。
三人は小高い丘の上、古びた石造りの祠の前へと転移し、異世界の大地に、その確かな一歩を踏み出した。
漆黒の夜には、星々が煌煌と輝いていた。
この世界にも、月のような衛星は存在していたが、その大きさは、地球で見るよりも巨大で、クレーターには、しっかりと幾何学的な、魔方陣の紋様が刻まれていた。
「わぁー、きれい♪」
お月様を間近に、しかも、今まで見たことない、ファンタジックな光景。加奈は喜び、目を輝かせる。
一方、その月を見て、ルナは、
(主よ。再び、御身の慈悲深い、その眼差しに触れられる奇跡、感謝致します)
中央に刻まれた三つの目を見て、ルナは深々と平伏する。
ただ一人、その場で、声もなく立っていた萌子は、
「……よかった」
一安心して、胸を撫で下ろした瞬間、
「!」
激しい痛みと共に、萌子の周囲には、制御できないほどの魔力が、その身体を覆い、白く発光し、目が眩むほど周囲を明るく照らしていった。
「セレーネ!」
予期せぬ出来事に、ルナが助けようとするのを、
「だ、駄目、離れて!」
そう叫び、ルナを制するが、
「ママ!」
加奈は萌子の鬼気迫る声に、只事ではないと瞬時に悟り、慌てて駆け寄るが、
「加奈、いけません!」
ルナが羽根を出し、服の裾を咥えて、加奈を必死で止める。
そして、甲高い音が鳴り響き、視界がホワイトアウトした。
加奈とルナが、再び目を開けると、そこには、
「マ、ママ?」
「え、ええ!!」
二人が驚くのも無理はなかった。
目の前には、確かに萌子がいた。
ただ、その姿はまるで少女、加奈より年上に見えるが、年齢で言えば、十代の体付きに変化していた。
その変わりように、
「セレーネ、これは、いったい?」
このような事象など、博識なルナであっても、経験のないイレギュラー。
慌てた様子で、萌子の身体を確認すると、
「ルナ、心配いらないわ。多分、魔力行使の反動、ね」
ぶかぶかになった服を捲って、笑顔で応える萌子は、愛らしく『美少女』という言葉がぴったりなルックス。
加奈は思わず、
「か、かわいー」
母より、お姉ちゃん。
そう呼んだほうがシックリくる、見た目と幼い声に、国民的アイドルを、間近で見るような眼差しで、加奈は萌子の姿を、顔を赤らめ、ジッと見ていた。
「ここは何処かしら?」
改めて周囲を確認し、萌子がルナに尋ねると、
「ここは常夜の大地『ニュクス』ですわ」
「よかった、なら安心ね」
如何に萌子であっても、複雑で高度な転移魔法を行使することは出来ても、任意の土地に、ピンポイントに選択することは、この世界特有の摂理干渉によって、その精度に、僅かな誤差が生じてしまうのは仕方なかった。




