三十六話 『化かし合い』
オーガ軍の中で最初に異変を感知したのはバウマンだった。
(いきなり魔力の高え野郎共が出てきた。これは___)
「連中、やっぱり魔力を隠してやがったか…」
バウマンはオーガ族の中でも知能が高い。セズールからその弓の腕を買われ鬼弓隊の隊長に就任すると、視野の広さも相まってメキメキと頭角を表した。
そのバウマンの勘が、戦場に現れた新たな脅威をいち早く察知した。
「ひとまず、様子見だ。」
バウマンの大きな弓がギリリ、と軋む。
狙うは門から出てきたそのエルフ達の中でも、異質な魔力を放つ一人。
引き絞った矢は限界まで引き絞られると、その黒髪の男__キングめがけ、一直線に放たれた。
「おォ!?」
ボッ、という空気を裂く音共に、凄まじい速度で飛来する一本の矢。
刹那、キングは咄嗟に目の前で両手を合わせる。合唱のような構えを解くと、手と手の間には膜のように光沢のある液体が生まれる。
それを操り、飛来する矢にあてがえば、矢はその膜に絡め取られ完全に停止した。
バウマンは自慢の矢が完全に受け止められたことに驚く。
「なんだありゃあ…粘液かぁ…?あの人間、変なスキル使いやがる」
すると、キングは遠目に見えるバウマンににやりと不敵な笑みをこぼした。
「ハッハァ!プラムがやられたって聞いたから警戒してたが、大したこたねぇなァ!」
「油断するなキング、相手はオーガの中でも手練れだ。」
調子に乗るキングをバウマンが諌める。
その様子を、後ろからリュドガーが眺めていた。
「あれがキング殿の能力…」
リュドガーはキングのステータスを改めて思い出す。
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【眷属:カレオバナタケ(キング) Lv.44】
HP:101/101
MP:94/94
力:85 敏捷:82 知能:88
■スキル
・どくのからだ
・毒酸雨
・魔毒粘菌
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「キングは機転が回るですぅ。格上に対してでもそれなりに対処できるし、こういう時にもってこいですぅ」
「なるほど…」
一見雑な扱われ方だが、様々な試行錯誤の末に辿り着いた結論なのだろう、とリュドガーは脳内で補完した。
前線を見れば、飛来する矢を躱しながらエルフ達の援護をするキングの姿が見えた。
「とにかく、まずは手玉を隠して今日を乗り切るですぅ」
キング達の登場によって、防衛戦線は崩れることなく維持された。
敵の弓部隊の攻勢はキングとプラムによってほとんど阻止される。またダグラスはエルフ族の中でも異質な頑強な肉体で、オーガ達を圧倒していた。
様子を後方の陣から観察していたセズールは、予想以上の苦戦に驚いていた。
「敵も敵だが…地形も悪い。川と崖に囲まれてやがる。」
セズールがそう呟く。キング達の奮戦もさることながら、オーガ達が攻めあぐねる一番の要因は集落の地形にあった。
村の東側には大きな河川が、また西側には鬱蒼とした林と高い崖がある。
オーガ達は正面から突撃する他なく、その圧倒的な人数有利を活かしきれずにいた。
更にそこにはサクラが主導となって作り上げた罠の数々が広がる。
罠に警戒し動きが鈍くなったオーガ達に、エルフの正確無比な矢が叩き込まれてゆく。
「あのニンゲンども、面白えことしやがる。手の内も明かしきらねえし…だが、それも時間の問題だ。」
セズールはそう言うと、ふいと前線から視線を逸らした。
セズールの言う通り、拮抗しているように見えた前線は、じわじわとオーガ達が押し始めていた。
トラップにも数の限りがある。罠を張り巡らしている時点で、素の力の底は知れている、とセズールは読んでいた。
「何日でも遊んでやるよ。このまま嬲り殺しで終いだ。」
そう呟くセズールの元に、一人のオーガが走ってくる。伝令役を任うそのオーガは息を切らしながらも報告を始めた。
「セズール様!奴隷のエルフどもが、敵の思念通話を盗聴しまして…」
「ほーお?」
この報により、セズールは敵の狙いを知ることとなる。獣人族との友好条約。そして、村に遣わされる援軍。
「ふふっ、くくく…時間を稼いでいるとは思っていたが…」
セズールは口の端が歪むのを抑えられなかった。
この一連の騒動に、セズールは最初から違和感を感じていた。長年の戦いの勘が告げる、得体の知れない力の気配。
深層という人外魔境の環境で、油断は即ち死を意味する。
だからこそセズールは、たかが集落一つを潰すために1万の軍勢を組織し、更に自ら赴くという異例の決断を下したのだ。
だが蓋を開けてみれば、敵の策略はあまりに稚拙だった。
「今日のところは適当に攻めておけ。明日、援軍が来るより前に__全員、皆殺しだ。」
部下にそう命じると、セズールは戦を見ることもせず、後方に張られた天幕の中に入っていった。
・・・
「耐えろっ!オーガどもを抑え込めッ!」
「撃てっ、撃てっ!!守らなければ、皆死ぬぞ!!」
戦場にはエルフ達の怒号が飛び交っていた。
開戦から数刻が経って尚、エルフ達は戦線を維持することに成功していた。
数百人の隊列が崩れそうになるたび、防壁から的確に敵に矢が打ち込まれ、キングやサクラがフォローに走る。
隊ごとに思念通話を統制し、一糸乱れぬ動きで連携する。その動きはさながら一つの大きな獣のようであった。
しかし、紙一重で紡がれるその獣の命にも、翳りが落ちる。
オーガの軍勢は未だ尽きることない。落とし穴と矢雨で数百の命が犠牲になって尚、その進軍は止まらない。
じわじわと追い込まれ、劣勢になってゆく戦線。その様子を察知したサクラは、一つの決断をした。
防壁から全体の指揮を飛ばすリュドガーの元に戻ると、サクラはリュドガーに作戦を伝える。
「サクラ殿!そろそろ戦線も限界だ。それに、敵の弓部隊が出てからこっちにじわじわ犠牲者が出ている。」
「分かってるですぅ。そろそろあいつを倒さないとですぅ。…暫く動けなくなるから取っておきたかったけど、これはもう仕方ないですぅ」
そういうと、サクラは両腕を伸ばし、ストレッチを行う。
「リュドガー、後の指揮は任せたですぅ。私は__あの弓野郎を倒してくるですぅ」
そう言うと、サクラは全身に魔力を込めた。
溢れ出た魔力が光を発し、サクラの体が淡く輝く。
光の中でその容姿にも変化が生まれる。めきめきと背から二対の薄膜が現れる。それは蜂の翅を形取ると、奇妙な金切音と共に高速で振動を始める。
サクラはその場にふわりと浮き上がると__
刹那、その魔物は誰の目にも視認されぬまま、戦場の渦中へと飛び込んでいった。




