三十四話 『柵と策』
集落の外に響き渡る怒号。
サクラ達眷属は、木製の防壁に組まれた足場から、村に向かって駆け出したオーガ達の様子を眺めていた。
「始まりましたね…弓部隊、構え。」
防壁の柵にかがみ込み、姿を隠していたエルフの弓部隊が、一斉に立ち上がり弓を構える。
突如現れたその隊列に、オーガ達は一瞬気圧されたが、その大きなうねりが止まることはなかった。むしろ我先にとその足は動き、エルフ達に殺気を浴びせかけた。
「あーあー、煽りが効き過ぎてるですぅ。」
その様子を、小馬鹿にしたようにサクラが眺める。
サクラはオーガ達の動きをじっくりと観察し、指示のタイミングを伺っていた。
「まだだ。引きつけろ…まだ、まだ…」
オーガ達の先頭が、村の防壁に肉薄する。そしてそのまま突撃しようとしてきた足が、突如として地面を踏み損ねる。
「うおおっ!?」
間抜けな声を上げ、集団の先頭に立つオーガが地面に沈み込んだ。
土で隠された落とし穴に嵌まり込んだのである。
あまりにも古典的な罠。だが、怒りで我を忘れたオーガたちにとって、その効果は覿面であった。
「うおおっ!!!?」
「罠だ!!落とし穴だ!!!」
穴は深く、オーガの身長をもってしても這い出ることは難しい。その穴に、後続のオーガ達は止まれることもなく、次々と落ちてゆく。
「プラムが稼いだ時間で、たっぷり準備させてもらったですぅ。」
この1日の間に、村の周囲には数々の罠が仕掛けられていた。前方の大規模な落とし穴は、アンヘルが死に物狂いで土を掘り、作り上げた傑作である。
罠の考案はサクラが行い、リュドガーが配置箇所を設計した。
村を囲う防壁にはエルフ達の魔力が練り込まれ、その耐久性は見かけ以上のものがある。
「今だっ!!!撃てっ!!!」
そこに、リュドガーの号令が響き渡った。
エルフ達が放つ矢の雨が、一斉にオーガを襲う。
矢尻には、とある毒が塗ってある。
それは、プラム達が山中での奇襲の際に用いたのと同じ、ルーカス手製の麻痺毒である。
「うおおっ!避けろ!」
「クソッ、またあの麻痺毒か!落ち着け、これなら死には死ねぇ!」
その毒が回ったものは、数時間身動きが取れなくなったものの、一晩経つ頃にはすっかりと回復していた。
そのため、オーガ族はほとんどの人員を失うことなくこの襲撃に臨んでいた。
「ガッ、ハッ…オエェ…」
毒矢を喰らったオーガの一匹が、その場に倒れ伏す。だが、その様相は前回の麻痺毒の効きとは違うものがあった。
そのオーガは目を血走らせると、ビクビクと痙攣し、口からはびしゃびしゃと吐瀉物を吐き出す。
何匹かのオーガはそのまま息を絶え、絶命していく。
だが、その異変を戦場で察知したオーガは少数だった。殆どのものは戦場の目まぐるしい動きの中で、仲間の様子にまで意識を割くことなく、ひたすらに突進を続けていた。
毒には、とある仕掛けがあった。
毒を分解するため、オーガ達はその体内に抗体を作り出す。だがその抗体は、再び毒が迫った時、過剰に生成されアレルギー反応を引き起こすに至る。
他者からの攻撃には厳しくそのルールを適用するダンジョン内であっても、自分自身のアレルギー反応による死を免れることはできない。
捕虜にしたオーガへの数多の実験の上、その効力はすでに確認済みだった。
「アナフィラキシーショック。これならステータスに関係なく、連中を確実に殺せるですぅ。オーガ達も油断して、矢に対する警戒が甘くなってる。」
「それもこれも、プラム殿のお陰です。彼女が命を賭して貼った布石のお陰で、オーガ族は今日大きく戦力を減らすことになる。」
「…ふん。…にしても、連中も馬鹿じゃない、そろそろ穴を越えるヤツらが出てくるですぅ。」
そういうとプラムはもはや堀と言ってもいい規模の落とし穴の向こうを睨む。その穴には多くのオーガ達が嵌っていたが、やがて死体を積み上げ、穴から這い出てくる。
「えぇ。ここからが正念場です。」
いよいよ防壁に迫りくるオーガたち。
すると、そのオーガたちをまるで迎え入れるかのように、防壁の中心に据え付けられた両開きの門が開いた。
空いた門に立っていたのは、大勢のエルフ族の歩兵たちであった。彼らは門から溢れ出るように防壁の前に陣を組み上げていく。
そして、それだけではない。その後ろにはエルフとは全く別の魔族達の姿があった。
その姿を視認したオーガの戦士達に動揺が走る。
「あれは…ドワーフ!?」
「ゴブリンに…ありゃコボルトか!?雑魚どもが、降る相手を血迷ったか…!?」
「そもそも!あの村の規模は300人って話じゃねぇのかよ?…エルフだけで、どう見ても500匹以上はいやがるぞ!!」
その様子を見ながら、リュドガーは隣で腕を組む1人のエルフに話しかけた。
「助力要請への応答、感謝致します…アンドレイ殿。」
「応じたっ、つーか、ありゃほぼ脅迫だぜリュドガーさんよぉ。」
「あんたらが反旗を翻したら、周辺の集落だってただじゃ済まねぇ。オーガに刃向かおうなんて、アンタ、本当にイカれてるよ。」
エルフは恨み節をぶつける。だが、その表情はどこか喜々としていた。
アンドレイは、リュドガーの集落の隣にある小規模なエルフ集落の首長である。
「その私につくと決めたのだ。貴殿も負けておらぬぞ、アンドレイ殿。」
「…ウチも散々連中に世話になった。そろそろ気に食わねぇと思ってたとこだ。にしてもまさか、隠し玉が"地の世界"のキノコ族とは拍子抜けだったが。」
「彼らは天が授けてくれた遣いだ。案ずるな、我らの元に勝利は訪れる。」
リュドガーはそういって豪快に笑うと、アンドレイに頭を下げた。
「ご尽力、感謝する。共に勝利を掴もうぞ。」
ここ数日、リュドガーは周辺の魔族の集落に助力を求めに赴いていた。
当然、事情を伝えるや否や断られ、何ならその場で襲われることもあったが、それでもリュドガーは諦めなかった。
結果、オーガ族の圧政に耐えかねていたいくつかの魔族の協力を得ることに成功したのだ。
全て合わせて、リュドガー陣営の数は約八百にまで膨れ上がっていた。
一万と相対するとなれば以前心許ないが、単純に元の頭数の倍以上の戦力を確保することに成功したのである。
絶望的だった状況に、わずかな変化が起きようとしていた。
「喋ってる暇はねーですよ。ここまでは敵も様子見。そろそろ、主力が動き出してもおかしくねーですぅ。」
敵営を観察していたサクラが、二人の首長に対しそう呼びかけた。




