三十三話 『開戦』
オーガ族の足止めに成功したとの一報は、その日のうちに、集落全員に思念通話で行き渡った。
夜、集落の者たちは作戦に身を投じたエルフ達の死を悼むと共に、彼らが成し遂げた栄誉を讃え、大いに沸いた。
暗い顔をするものは誰一人としていなかった。
皆それぞれの思いを胸に抱きながらも、足並みを揃え、士気を上げようとしていた。
プラム達は帰還すると、急ぎ宿へと運び込まれた。特にプラムの傷は重症で、回復力の高い毒キノコ族とはいえ回復に数日を要するものであった。
一通りの処置が終わり、医療を担当したエルフが帰ってゆく。
宿の一階、応接間には、帰還したエルフ達から直々に報告を聞いた、二人の人物がいた。
「…プラム殿に着いて行くことを志願したのは、家族を亡くした、身寄りの無い者達であった。…皆どこかで、死に場所を探していた。」
リュドガーは、作戦の総指揮を担当したサクラにそう告げた。
「…それ、何かのフォローのつもりだったら、ぶん殴りますよぉ?」
「…そういうつもりでは…いや、失礼した。」
「私は、プラムが作戦のために無茶をすると踏んでたですぅ。それで、プラムを引きずってでも帰ってこい、ってエルフたちに命じたですぅ。」
「ええ、聞いております。」
「…プラムはまだ必要な戦力ですぅ。ここで失うわけにはいかなかった。これは揺るぎようのない事実ですぅ。」
「ええ、勿論です。そもそも、我々は助けを乞う立場。命を犠牲に貴殿らの助けになれば本望です。」
すると、サクラはリュドガーに向き直る。そして、徐に、その頭を下げた。
「サッ、サクラ殿…?何を…」
「貴方達の献身がなければ、プラムが助かることはなかった、ですぅ。…心より、感謝します。」
それだけ言うと、サクラは椅子から腰を上げ、ツカツカとその場から立ち去ってゆく。
「……気難しいお方だ。何より、背負い込もうとしすぎている。」
ふう、と溜息を吐くと、リュドガーはその背中を見つめた。
「…全て終わった後、共に酒でも飲みましょう。」
そう言うと、リュドガーは外に出る支度を始めた。
プラム達の活躍はリュドガーを大きく奮い立たせた。
自身もまた、果たすべき役割がある。
支度を終え、リュドガーは気を張り直すと、すっかり暗くなった夜道を、一人歩き出すのだった。
・・・
「お頭ぁ!やっと見えてきやした!あれが奴らの集落でさぁ!」
プラム達の妨害から一夜明けた翌日。
オーガ達は麻痺毒でやられた仲間の回復を待った後、丸一日かけて行軍を続けた。
結果的に、その大軍が村に辿り着いた頃には、空は再び青く染まり、ヴォイドが輝きを始めていた。
「あーあ、やっとかよ。だが、こっちの損害はほとんど無ぇ。あの山にいたエルフは全員蹴散らしてやったしな。」
「あいつら、最期まで馬鹿みてぇに太鼓鳴らしてやがりしたねぇ。全く、五月蝿いったらありゃしねぇ。」
オーガの配下が、前日を思い出したかのように苦々しい顔をする。
「たっぷり"お仕置き"してやるつもりだったのに、コケにされた奴らが怒り狂っちまって、そらもう無惨な死に方でしたよ。」
「…ま、玩具にされるよりマシでしょうけど…ひひ」
配下がそう付け加えると、セズールはふん、と鼻を鳴らした。
何はともあれ、オーガ族は僅かな犠牲を払いながらも、ほとんど全員が無事なままリュドガーの集落へと辿り着こうとしていた。
民家の幾つかが視界に入ると、戦闘集団のオーガ達が歓喜に吠える。
エルフ達に鉄槌を下してやる時が来た、と騒ぐオーガ達を、セズールは再び諫めた。
「連中はどうせ郊外の民家は捨ててるだろう。荒らしてもいいが勝手にやれ。今日のところは休んで、進軍は明日の朝一から再開する。」
それだけ伝えると、セズールは設営された天幕の中へ引っ込む。
オーガ族用の巨大な寝床の中で、セズールは昨日の戦いを振り返っていた。
(死体を確認したが、馬鹿どもが荒らし回ったせいであのニンゲンの生死は確認できなかった。…体の半分吹っ飛ばして、生きてるとも思えねえが…)
気になるのは、昨日幻覚スキルを駆使して立ちはだかった人間だった。配下の弓自慢に射止めさせ、すぐに命を失ったものと思ったが、幻覚はその後も止まらないどころか、より一層勢いをつけオーガ達を翻弄せしめた。
「まぁいい…どうせあの集落に、俺たちに対抗する力は残っちゃいねぇ…」
セズールは微睡む意識の中、自分に言い聞かせるよう
にそう呟いたのだった。
・・・
翌朝。結局一晩待機を言い渡されたオーガ達は、行軍が始まると、我先にと集落の民家に襲撃した。
セズールの読み通り、そこはすでにもぬけの殻であった。
だが、そこでオーガ達は予想だにしない光景を目撃する。
「連中、ここまでやるのかよ…」
「ふざけやがって…!エルフのゴミども、碌な死に方できると思うな…!」
オーガ達は皆一様に、民家の中の光景に怒りを露わにしていた。その様子を見たセズールが、中を確認するためにそのうちの一つに立ち寄る。
「おい、なんの騒ぎだ?こりゃ…」
「お頭、あれを…あれを見てくれ!」
セズールが民家の中に足を踏み入れる。
一見なんの変哲もない、石造りの古民家だ。
だが、入ってすぐの居間にその騒ぎの原因はあった。
居間の中央には、既に息をしていないオーガが、縄で首を括られ、吊り下げられていたのである。
その角は二本とも折られ、全身はだらりと弛緩し、空中で静止している。
「…降ろして、やれ。」
セズールは、震える声でそう命じた。
怒りと共にに、あの穏健なエルフ族が、ここまでするのかという驚きがあった。
死んだ同胞の死体は、天井の梁から垂れ下がる紐で吊られている。
配下のオーガがその紐を力任せに引きちぎると、その巨体がどしゃり、と地面に落ちた。
民家の中に、冷たい空気が流れる。
と、その直後、天井から突如何かが落下してきた。
それは大きめの麻袋であった。
地面にどしゃりと落ちると、中から粉のようなものが溢れ、あたり一体に広がる。
「ゲホッ、ゲホッ…なんだこれ、重しか…?」
粉を吸い込んだオーガ達がむせる。
___刹那、セズールは先程までの怒りも忘れ、咄嗟に古民家の外へと飛び出した。
「吸うな!!毒だ!!」
セズールの号令に一瞬オーガ達の時が止まる。
と、事態を理解した一人が、慌てて外へと飛び出した。
その一人を皮切りに、ほかのオーガ達も続々と外へ飛び出してゆく。
(くそっ、抜かった…!)
セズールは内心で悪態をついた。まさかあのエルフどもが、ここまで卑劣な策を弄してくるとは。
流石のセズールを持ってしても予想外だった。
(あいつらは、もう助からないか…?)
民家の中を見やる。もうもうと立ち込める粉が晴れてゆく。
そこには、不思議そうな表情でセズールを見つめる、オーガ達の姿があった。
「お、お頭…?俺ら、何とも無いですぜ…?」
きょとん、とした顔のオーガ達。その顔色に異変はなく、目立った変化はない。
セズールは警戒を緩めず、じっとオーガ達を緩める。
だが、一分が過ぎ、二分が過ぎようとも、彼らに異変が起きることはなかった。
・・・
結局、どこの古民家も、その中身は同様であった。
各民家には一体ずつオーガの死体が吊るされていた。
謎の粉の正体は判明しないまま、セズールはその遺体を地面に降ろすことも、触れることも禁止し、急ぎ集落の中心部を目指した。
オーガ達の怒りは、集落を歩むほどに、沸々と湧き上がっていった。
民家を見るだけで、その中に吊るされた仲間の遺体を想像するのだ。中には命令を破って死体を降ろしに行くものまでいた。
やがて、集落の中心部が見え始める。即席で建てられた、木製の防壁が視界に入ると、オーガ達は怒号を飛ばしながら、我先にと集落へ走り出した。
「殺せ!!!!あのゴミども、骨も残さねえ!!!!」
「女は犯せ!!!!ガキでも犯せ!!!」
「ウオオオオオ!!!!」
そうして、荒れ狂うオーガ達は、集落への侵攻を開始したのだった。
カミラ達の帰還まで…残り3日。




