三十一話 『夜を待つ 前編』
オーガ族の砦からリュドガーの集落へと続く道。
その間には、周囲を高い山岳に囲まれた狭路がある。
第三の眷属セズール率いるオーガ軍は、丁度その道に差し掛かろうとしていた。
「…面白くねぇな。」
狭路を進む列の中央、前後を配下のオーガ族で固めながら進むセズールは、ふとそう溢した。
(この地形。地の利を生かすには絶好だ。集落なんかよりよほど有利に戦える。…俺ならここで仕掛ける。)
そう思案すると、セズールは配下のオーガの一人を呼び寄せる。
「斥候のゴブリン共に山上を探らせとけ。敵がいねえか分かるまで進軍は一旦中止だ。」
「はっ!」
命を受けたオーガが伝令に走る。
勇んで歩みを進めていたオーガ達は、その指令に首を傾げた。
「折角勢いづいてんのに、こんなところで足踏みかよ!」
「お頭はたかがエルフ共に何をビビってやがるんだ?」
元々気性の荒いオーガ達は、渋々ながらもその命令に応じて歩みを止める。文句を言いながらも、本気で頭領に刃向かおうというものはいない。知能も武力も、到底敵わないことは感覚で理解していた。
結局、ゴブリン達がエルフを発見することは無かった。
だがその代わりに、数件奇妙な報告が届いた。
ゴブリン達が巨大な魔物を見たと言うのだ。
聞けば、葉の擦れるような音が聞こえ、その場に赴くと、そこには誰もいない。ふと森の奥を見れば、不気味な姿の化け物が聳え立っている。
全身は黒く、形は不定形で、体にはいくつもの目玉が覗いているという。
慌てて仲間の方を振り返り、その姿を伝えようとすると、化け物は忽然と姿を消している。
そうした奇妙な報告が何件もゴブリン達から寄せられていた。その結果ゴブリン達は怯え、周辺の探索は想定以上の時間がかかっていた。
「この辺にそんな魔物はいねえ。十中八九、幻術系のスキルだ。仕掛けてきやがったな。」
だが妙だ、とセズールは独りごちた。
幻覚系のスキルがあるならば、それをわざわざ見破られるような真似は避けるべきだ。
セズールならば、ギリギリまで敵を引きつけてから幻覚で混乱を誘い、その隙に一斉攻撃を仕掛けるだろう。
(ゴブリン共をビビらせて何がしたい?そんなもの精々時間稼ぎ程度にしかならねぇ…)
「まさかリュドガーの野郎、尻尾巻いて逃げようってんじゃねえだろうな…?」
その可能性は低いだろうな、とセズールは思い直した。
深層の環境はあまりに厳しい。
下手なところに逃げても、強大な魔物に出会し全滅するのがオチだ。
セズールの脳裏にリュドガーの顔が映る。
矮小なエルフ族の癖に、その顔つきは何故か堂々としていて、とにかく癪に障る輩だった。
「おい、全軍に伝えろ。恐らく敵はこの山中にいる。だがどうせ大した数じゃねぇ。恐れるものはねぇ、進軍だ。」
ともかく、敵の種は割れた。ここから幻術で多少混乱に陥るだろうが、そうは言ってもその数には限りがある。多勢に無勢と判断し、セズールは無理やり進軍することを決めたのだった。
・・・
「プラムさん!連中動きだしました!」
「了解。うーん、思ったより早かったなあ。」
森の中に潜伏していたプラムたち一向は、オーガ族の進軍の気配を察知していた。
(虚仮威しも大した効果は無し、っと。こっからどんだけ長引かせられるか。)
「全員準備して!目標は、夜の帳が下りるまで、連中をここに足止めすること!」
そうして、プラム率いるエルフ達の奇襲部隊は、作戦を決行することになった。その数、僅か五十余名。
オーガ族一万の軍勢に対して、セズールの想定を越す少人数の部隊は、しかし確固たる意志を持って作戦に臨んだ。
作戦参加に手を挙げたのは、家族を失い、オーガ達への復讐に燃えるエルフ達だった。
「ウチの魔力でギリギリまで透明を維持するから。合図したら、一斉掃射でよろしく。」
そう指示すると、プラムはスキルによってエルフ達に透明化を施す。
エルフ達はオーガ軍を囲むように、それぞれの配置についた。
周囲を警戒しながらも歩みを止めないオーガ達。その隊列を見下せる位置まで音もなく忍び寄ると、プラムはエルフ達全員の透明化を一斉に解除した。
「撃てッ!!」
それと同時、山中には大勢のエルフ達が姿を現す。
そこには数百人のエルフの姿があった。
数倍ほどまで、プラムはエルフ達の分身を作成したのだ。
プラムのスキルによって突如として現れたエルフの軍勢に、オーガ達はたちまち混乱に陥った。
「て、て、敵襲だ!!!!何百人もいやがる!」
「お、落ち着け!!こりゃ敵の幻覚だ!!」
(種は割れてるか…でも、意味はある!)
プラムの「幻惑胞子」には2つの能力がある。
一つは、胞子を元に実態の無い分身を生み出す能力。
もう一つは、自身が漂わせた胞子を取り込んだ者に催眠をかけ、幻覚を見せるスキルだ。
透明化は後者の能力を使用したモノで、実際にエルフ達が透明になっているわけでは無い。
プラムは狭路にはいたるところに胞子を撒き散らしていた。結果、その催眠はオーガ族のほとんど全員に及んでいる。
慌てるオーガ達に降り注ぐ矢の雨。生活に狩りが根付いているエルフ族の弓は、戦場でも重宝される実力を持つ。
彼らの弓は正確にオーガ達を射抜き、またオーガ達の反撃は幻術によって阻まれる。そして、プラムの仕掛けはそれだけではなかった。
「お、おい‥なんだよこの音!」
「太鼓だ…戦太鼓だ!くそ、敵は一体何人いやがる!」
開戦と同時に、山中には激しい太鼓の音が鳴り響いていた。
エルフ族の数名が、戦太鼓を渾身の力で打ち鳴らしているのだ。
谷なりになった地形にその音が響き渡り、実音以上に反響してオーガ達の元へと届く。
視覚と聴覚で圧を感じたオーガ達は最早、目の前の数十のエルフ達を何万もの軍勢に錯覚していた。
「敵は数万の大軍だ!龍人族や獣人族の姿もあるぞ!」
「敵の大将は獣人族の親玉、"黒豹"ドラフだぞー!」
すると混乱の最中、どこからともなくそんな声が上がる。
「おっおい聞いたかよ!ドラフが来たらしいぞ!」
「騙されんなバカ!敵の嘘に決まってる!」
流言の元は、当然エルフ達である。オーガに扮して発した、冷静になればあり得ないような戯言。
だがそんな言葉であっても、混乱を起こした軍勢の中では大いに効果を発揮していた。
こうして、山中の狭路にてオーガ族の軍勢は、僅か五十名の部隊の手によって、一時その足を止めることとなるのであった。
・・・
「おっ、お頭!前方に敵襲が…!」
「あぁ、待て待て。想定通りだっつーの。やっと尻尾を出しやがったな。」
報告を受けたセズールが動揺することは無かった。
後ろに控える配下の一人に目を向けると、冷静に指示を下した。
「バウマン、俺と一緒に来い。…幻術使いを仕留めに行くぞ。」
「承知。」
バウマンと呼ばれたオーガは、セズールの後を追う。
___その背には、人の背丈にも匹敵する巨大な弓が携えられていた。




