三十話 『蜂と狼』
(リュドガー様!聞こえておりますか!)
村を襲ったオーガ達を撃退し、1週間が経とうとしていた頃。
リュドガーに、村のエルフから思念通話が入った。
(聞こえている。何事だ。)
(見回りのエルフから報告が!オーガ族が、大軍にてこの集落を目指していると!)
(来たか…!敵軍の数は!?)
(数は…かっ、数は、およそ、一万とのことです!)
配下が、震えた声でそう告げる。
その報告に、リュドガーは思わず天を仰いだ。
辺境の集落に、1万の大群が押し寄せてくる。
到底信じがたい報告である。だが、リュドガーはその報告を疑うことはなかった。
「オーガ族の眷属達は歴戦の切れ者。こちらの(隠し玉)の気配を感じ取ったか…」
数週間前、突如として村に訪れた、希望の光。
彼らの活躍がなければ、この村はとっくに血の沼と化していただろう。
リュドガーは朝支度もせず通りに飛び出すと、客人達が休息している宿へ向かう。
幾つかの民家を通り抜け、村では比較的マシな造りの建物が視界に収まる。
石の基礎に木造りのその宿はそれなりの客室を持ち、一階部分は応接間となっている。
扉を開き中に駆け込むと、そこには村の防衛をカミラから命じられた3人の姿があった。
アンヘル、プラム、サクラの3人だ。
「お三方。急ぎお伝えしたいことがある。いや、どうやらすでに察している様子か。」
村に迫る危機を感じ取ったのか、3人の表情は堅かった。どうやら既にどう動くかを話し始めていたのか、卓上には村の地図が広げられていた。
「宿にいたエルフから聞いたですぅ…1万って数字は、間違い無いですかぁ?」
「あぁ。目のいい部下の報告だ。オーガ共、どうやら相当我々を警戒していると見える。」
「こないだのオーガ族を皆殺しにしたのはやり過ぎでしたかねぇ。それにしてもなんとも対応が早いですぅ。」
「南方のオーガ族を束ねているのはセズールという巨漢のオーガだ。一見荒くれ者だが、その実切れ者で知られている。」
「切れ者と言っても1万はビビり過ぎですぅ。正直、今のままじゃ私らなんか一捻りですぅ。」
サクラがあっけらかんとした様子でそう告げる。
「お三方の力を持ってしてもか…」
カミラの眷属の実力は、その一員となった今リュドガーも確認することができる。リュドガーは改めてサクラのステータスを確認する。
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【眷属:胞毒魔蜂Lv.67】
HP:110/110
MP:135/135
力:57 敏捷:171 知能:104
■スキル
・猛毒の体
・毒酸雨
◼︎レアスキル
・換装:毒槍蜂
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「…あんまジロジロ見るもんじゃねぇですぅ。」
サクラが、やや頬を赤らめて顔を背ける。理由は分からないが、どうやらあまり見られたいものでは無いようだ。
失礼、とリュドガーは一言詫びてウィンドウを閉じた。
「私は、スキルを除いたら精々敏捷が高いくらいですぅ。オーガ族の眷属とまともにやり合えるのはアンヘルくらいだと思うですぅ。」
「へえ、あっしは近頃薬草採りばっかりでしたから、お力になれるかわかりませんが…」
「…確認してもよろしいか?」
先ほどのサクラの件もあり、リュドガーは念のため事前に確認を取る。アンヘルが二つ返事で了承したため、リュドガーはステータスウィンドウを開いた。
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【眷属:胞魔銀狼Lv.65】
HP:157/57
MP:135/135
力:144 敏捷:75 知能:71
■スキル
・鋼毒の体
・毒酸雨
◼︎レアスキル
・銀狼化
・鋼の胞子
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なるほど、とリュドガーは内心納得した。
レベル自体はサクラの方が高いが、力のステータスはアンヘルが圧倒的に高い。迷宮の規則により、一定以上のステータスを持たないものは上位の存在にダメージを与えられない、と言うものがある。
しかしこれならばオーガ族の眷属達にも届きうるのでは無いだろうか。
リュドガーは自身のステータスを思い出し、その数値の高さに改めて驚嘆する。
3桁越えの数値を見るのは初めてだ。サクラは謙遜していたが、百を優に超える敏捷の値で全力を出せば、ほとんど視認できないような動きが可能だろう。
「…やはり壮観だ。貴殿らが我々に力を貸してくれること、改めて感謝する。」
「やだなぁリュドガーさん。あっしらはカミラ様の考えに従ってるだけでやんす。どうか、その言葉はカミラ様に。」
「了解した。…それで、改めて策を確認したい。」
そう言うと、サクラがプラムの方に視線を向ける。話を振られたプラムは頷くと、集落の地図に目を落とした。
「…現在、集落は急ぎ防衛体制を整えています。石と木柵で即席の防壁を建築中。ここが防衛の要となります。」
プラムは村の一部を指差す。集落に転々としている民家のうち、半分ほどはその防壁の外にある。住民はすでに避難済みだ。
「我々の目的は、カミラ様がご帰還なされるまでの残り5日、時間を稼ぐことです。」
「…しかし、仮に間に合っても、1万の軍勢に対して太刀打ちできるのか…?」
「カミラ様は"信じて待て"、と。」
「…いや、そうか。私が信じなければどうにもならないな。」
リュドガーは降りかかる疑念を頭の中から追いやった。
元より、命を投げ捨てる覚悟で臨んだつもりだった。だが希望が見えてから、リュドガーの中には再び疑いや焦りの感情が渦巻いていた。
滑稽なものだ、とリュドガーは自分を自嘲する。前までの威勢は、ある種無責任な自暴自棄であったのかもしれない。だが、今は違う。
「我らにできることは何でも仰せつかってくれ。」
「有り難く。…1万の軍勢といっても、その全てと同時に対峙する訳ではありません。地形や罠を駆使して、まずは敵の動きを操ります。」
そう説明すると、サクラが満足そうに後ろで何度も頷いている。この二人は師弟関係なのであろう、とリュドガーは察した。
「戦はすでに始まっている。リュドガー殿、村の若いエルフ達の隊をお借りてもいいですか?」
「ああ、承知した。」
二の言葉もなく、リュドガーは了承する。
「これより、行軍の進路にて連中の妨害に向かいます。お姉様、本営の段取りはお任せいたします。」
「理想は、今日の夜まで敵を足止めすることですぅ。…ですけど、くれぐれも、無茶はしないように。…これは命令ですぅ。」
心なしか優しい声色で、サクラがそう告げる。
「勿論です、お姉様。このプラム、必ずや作戦を成功させ、無事帰還いたします。」
そこから、プラムはすぐに支度をすると、数匹のエルフだけを連れて白狼の背に乗ると村を出立した。リュドガーはその背中を見ながら、どうかご無事で、と祈りを捧げた。
「プラム殿のスキルは私もその効力を実感済みだ。こうした場面においては頼もしいことこの上ない。」
「スキルだけじゃないですぅ。あの子は私に次いで頭が回るですぅ。」
「おぉ、そうであったか。それでは百人力であるな。はっはっは。」
リュドガーの軽口を流しながら、サクラはじっとプラムの背中を見つめるのだった。
(無茶、するんじゃねーですよ…)
村の防衛設備を整えるため、サクラとアンヘルはそれぞれ別の役割がある。
自身が前線へ赴けないことの歯痒さを感じながらも、サクラは心配を振り払うかの様に頭を振るのだった。




