二十八話 『憧れ』
「俺は、正直お前達のことを信頼していない。」
「…いきなり不躾だなァ…どーした、オッサン。」
テントに戻ろうとしたキングの足がぴたりと止まる。
ダグラスに向き直ることはせず、面倒臭さが滲み出るような声色でそう返した。
「…お頭があぁ言わなければ、我々だけでオーガ族に勝負を挑むつもりだった。貴様らのような、得体の知れない魔族共の力を借りずにな。」
「…前取り立てに来たオーガ共を殺った時、不意打ちでも何人かやられてんだろ?今回俺らがいなかったら、とか、考えた上でそれ言ってんのか?」
自身も驚くほど、キングの口からはスラスラと言葉が出た。
先ほどの侮辱はそれほど不快だったのだろうか、とキングは自身を俯瞰する。否、正確には違うだろう。
自分達の長が自ら名乗りをあげ、どれほど危険かもわからぬ旅を行っているのだ。
こちらにも利があるとはいえ、これほど献身的に動いているカミラ陣営へ悪態をつかれれば反射で言葉も出ると言うものだ。
とはいえ些か言いすぎてしまったか、とキングはダグラスの方に体を向ける。
「っ…?」
と、そこでキングの視界に映ったのは、拳を握りしめながら震える、ダグラスの姿であった。
「お、おい‥そんなに怒ったかよ…?」
慌てた様子でキングがそう問う。すると、ダグラスはその状態のまま口を開いた。
「貴様らは、"地の世界から来た"、と言ったな。」
地の世界は、ここでいう迷宮の低階層のことだ。聞き慣れない単語を脳内で変換すると、キングはひとまずその語りを黙って聞くことにした。
「聞けば、地の世界では貴様らに敵うものはいなかった、と。…ならばなぜ、貴様らはこの深層まで辿り着いた?さらなる強者を求めて、であろう?」
(…めんどくせ。こんなんで喧嘩したら、カミラ様から大目玉喰らっちまう。)
ダグラスの問いかけに、キングは沈黙を選択した。ダグラスの普通でない様子に、キングはどう立ち回るかを脳内で思案し始める。
すると、ダグラスはその反応を待つことなく語りを続けた。
「貴様らの考えは全く理解できん。…我らエルフ族は、悠久のような人生を、森や川と共に生きる。更なる何かを求めずとも、そこには全てがある。」
ダグラスの視線が、キングの眼を射抜く。その声は怒りに震えながらも、強い意志を宿している。
「貴様らも、オーガ共も、本質的には何も変わらぬ。この世界の覇を求め、争い続ける。___それは遅かれ早かれ、我らエルフにとって破滅を意味するであろう。」
「___あー、それは違うと思うぜ、オッサ…ダグラス、サン。」
名前を言い直すと、キングはそこでダグラスの語りに口を挟んだ。
「お前らにゃ不気味に見えてるだろうが__うちのボスは、何つーか、簡単に言えばドの着くお人好しだ。直接の眷属じゃなくたって、あの人はオメーらのことで今頃しっかり頭を悩ませてるだろうよ。」
分裂体として、眷属達はカミラの記憶の一部を授かって生まれ落ちる。客観視できる分、彼らはともすれば本人以上にカミラの本質を理解していた。
「後なァ…お前が俺らを分かんねーように、俺もお前らが分かんねぇ。…あんな村に閉じこもって、一生をあそこで過ごして、何が楽しいんだ?」
ダグラスが咄嗟に口を開きそうになる。だがそれより速くキングが言葉を続ける。
「外の世界にはここより高ェ空があるんだ。アラシとかいう風の神はそこら中で暴れ回って、カザンとかいう山の化け物が、火の吐息を撒き散らしてる。」
その言葉は一層熱を帯び、キングはさらに捲し立てる。
「殺しあう魔物としての本能じゃねえ。俺は一人の生き物として、それが見てぇ。」
キングは普段のおどけた様子ではなく、淡々と、しかし芯のある声色でこう続けた。
「俺からすりゃお前らは、自分達が弱ェ理由を正当化するために、あの村に引きこもってるようにしか見えねぇ。」
そう言われると、ダグラスは完全に沈黙した。
地面に俯き押し黙る。と、数刻ののち、バッと顔を上げ、キングを睨みつける。
「き…」
「…き?」
「きっ、きさっ、貴様…!!!」
どうやら怒りがおさまったわけではないようだ、とキングは察した。ダグラスが拳を握り固め、キングに襲いかかる。
「おぉ!?ステゴロかよ!?いいね、やろうぜェ!!アーケロンぶりの喧嘩だァ!!」
ダグラスの拳がキングの頬を掠め、お返しとばかりにキングがパンチを繰り出す。ステータスの高い2人の魔族の衝突は、すぐに魔力の波となって周辺のエルフ達に異常を伝えた。
「ダっ、ダグラスさん!な、何事ですかこれ!」
騒ぎに気づいたエルフの部下が慌てて駆けつける。と、様子を見ていた別のエルフが、それを諌めた。
「あー、放っておいてやれ。あれはアイツなりの拳の収め方だ。」
「お、収め方って…思っくそ振り下ろしてるじゃないですか…当たってないけど。」
先ほどから、ダグラスの振り下ろす拳はことごとくキングに躱されていた。
それどころか、躱した後におどけた表情で煽りを入れる余裕すらあるようだ。その仕草に、ダグラスは更にヒートアップしている。
「いったい何があったって言うんですか?」
「ガキンチョに痛いところを突かれた。…俺達が、数百年かけて作り上げたカサブタをな。」
「は、はぁ…?」
「ま、俺たちも変わる時が来たってこった。」
そう言うと、そのエルフはどこか気分良さそうな顔で立ち上がった。ダグラスとキングの喧嘩を止める訳でもなく、ふらふらと歩き出す。
残されたエルフの部下は困惑した様子でその後ろ姿を見つめるのだった。
・・・
「ハァ…ハァ…クソッ…」
「あー、弱ぇ、のに、体力だけはあるじゃねぇかよオッサン。」
一時間後。そこには、ゼエゼエと肩で息をする二人の姿があった。ダグラスは地面に五体を投げ、天を仰いでいる。
対するキングの方も、立ってさえいるものの疲労が色濃く見えた。
「…今日、誰も死ななかったのは、お前らのお陰だ。」
「…あぁ?」
「……お前らには感謝しかない。それは、分かっている。…だが……俺に、俺たちにもっと力があれば、と考えずにはいられない。」
「………ふーん」
「………」
暫く、無言の時間が続く。と、ダグラスがふと腰からゴソゴソと何かを取り出した。みれば、古びた巻物を手に抱えている。
ダグラスは上体を起こすと、それをキングに向けて放り投げる。
「うおっ…何だよコレ…?」
突如投げつけられたそれを受け取ると、キングは中を開く。そこには紙いっぱいに、大小様々な点が並んでいた。よくみれば、その点一つ一つに注釈の文字が入れられている。
「夜に空を見ると、遥か遠くに青白い光が見えるだろう。我々はアレをヴォイド、と呼んでいる。それの調べ書きだ。」
「ああ、あの星みてーなやつ…」
キングにも心当たりがあった。夜空に浮かぶ、青白い光の粒たち。深層に初めて辿り着いた日の夜、星だと思い興奮したのを覚えている。
「…幼い頃は、あのヴォイドにたどり着くことが夢だった。そこには別の大地があり、見たこともない獣や、植物があると。…それで、今もたまに観察をしている。」
「…なんだよ、案外ピュアじゃねぇかよ。」
キングがケタケタと笑う。しかしその目線は熱心に手元の紙に向けられている。その目は爛々と輝いており、まるで新しい玩具をもらった子供のようだった。
その様子を見ると、ダグラスはフンと鼻を鳴らした。
「おいオッサン!あ…ダグラスサン!この文字はなんて読むんだ?」
「…それは、古いエルフの言葉だ。この世界の創造神を表すヴォイドのことで___」
そのまま、二人はメモ紙を片手にヴォイドについて話し合った。
ダグラスがヴォイドの並びを説明し、キングがそれに耳を傾け、時折疑問をぶつける。
するとその様子を遠巻きに見ていたエルフ達が、一人、また一人と輪に加わってきた。どうやら、2人の話に興味を惹かれたらしい。
空が暗くなって来ると、その近くに火が起こされた。若いエルフ達が手際よく調理をはじめ、温かいスープを作ると、あたりに香ばしい匂いが広がる。
夜になり、いよいよ空に浮かびあがってきた数多の輝きを前にして、その場の熱気は一層高まった。
ダグラスが熱のこもった口調で、ヴォイドにまつわる古い伝承を語る。
すると誰かが野次を飛ばし、また別の誰かが合いの手を入れる。
村を襲った災厄と、それを打ち倒した戦士達の武勇伝。今では失われた恐ろしい風習や、誰も訪れたことのない秘密の土地の噂。
「そっ、それで、その後どうなったんだァ!?」
「…なんですぐお札を剥がしちまうんだよォ!」
キングはその一つ一つに興味を示し、身を乗り出して聞き入った。その様子に気を良くしたエルフ達もまた、次々と自らの知る話を語り始める。
語らいはいつしか、たわいもない話題へと移り変わっていた。
失敗談に笑いが起こり、武勇伝には歓声が上がる。
帰らぬままとなった仲間達の話には皆がしんみりと耳を傾け、その勇気を讃えて拍手が送られた。
結局、虫達が寝静まる時間までその熱が収まることはなかった。
そこにはただ、夜空の下で語らい合うエルフ達と、その輪の中で笑う1匹の眷属の姿があった。




