二十七話 『反芻と焦燥』
「報告します!集落で戦闘が発生!サクラ殿のご指示もあり、少ない損害でオーガ族を撃破したとのことです!」
「__そうか!それで、こちら側の被害は?」
先ほどの報告から数時間後。カミラ達一行に、戦闘の報告が届いた。カミラはやや覚悟しながら、こちらの被害状況を確認する。
「はっ!___怪我人が数名おりますが、死者はおりません!」
「___了解した!良くやった、と伝えてくれ!」
エルフの青年からの報告に、カミラの表情には思わず安堵が溢れでた。
(圧倒的に力の差があるオーガ族との交戦で、怪我人数名で済んだ。かなりいい方の結果だ。)
内心でそう反芻すると、カミラはひとまず胸を撫で下ろした。
自分が預かる命の量の多さ、その責任の重さに、カミラは真っ向から直面していた。
「…問題はここからだな。前回に加えて十数名のオーガが命を落とした。逃げのびたものもいるだろう。そうなれば、今度は本格的にあの村を潰しに来る。」
カミラは現状を整理する。そして、仮にそうなってしまえば、何百名もの生命が危機に晒されると改めて認識した。
(…村の人口は三百人ちょっと。…その内何人が生き残れば、俺はあの村を"救った"ことになるんだ…?)
ナイーブになっている感情を自覚しながらも、カミラはそう考えずにはいられなかった。前世で、これほど簡単に他者の生命を預けられることがあっただろうか。
「…ミラ……カミラ!」
突如、後方から聞こえた声にハッとする。
ルーカスの声だ。思考の深い沼から脱し、慌てて後ろを振り向く。
「飛ばしすぎだ、カミラ。エルフ達のペースも考えないと。」
そう言われて後方を見渡せば、共に進んでいたはずのエルフ達ははるか後方に居た。
「…あぁ、すまねぇルーカス。」
カミラは乗っていた白狼にストップを掛けた。
やや疲弊した様子のエルフ達が、続々と後ろから合流してくる。するとカミラを見つめていたルーカスが口を開いた。
「君のことだ。…さっきの報告で、焦ってるんだろ。」
図星だ。否定することなく、カミラは観念したように肩を落とす。
「お見通しか。敵わねぇな。」
「当たり前だよ。誰から生まれたと思ってる。」
ルーカスにそう軽口を返され、思わず笑みが溢れる。
するとそこで初めて、カミラは自分がさっきまで強く口を結んでいたことに気づいた。
どうやら自身で思っていた以上に思い詰めていたようだ。
「…今回は運が良かったが、こっから、必ず死人が出る。獣人族との交渉が破綻したり、手間取ったら___最悪、あの村の連中は全滅する。」
「あのさ、キミ、近頃考え方が卑屈になったんじゃないか?」
「…背負うもんが多いんだよ、最近。」
こうして喋っていると、薄暗い地下のキノコ部屋を思い出す。あの時はまだ、ひたすら自分が生きることだけを考えれば良かった。
「あの暗い部屋で、馬鹿みたいに僕を励ましてくれたのに。…今度は僕が励ます側か?」
その言葉に、カミラは思わず目を見開く。その話を、目の前の眷属にしたことはあっただろうか?
「…ルーカス、お前、記憶が…?」
「…本当に、ここ最近なんだ。この名前を与えられてから、時折…冒険者のルーカスの記憶が蘇る時がある。勿論、僕は本人ではないけど。」
そういうとルーカスは何だか気恥ずかしそうに目線を背けた。
「ま、なんだ…今の僕も、前の僕も、君のことを大切に思っている。だから…」
言葉を選びながら、ルーカスはカミラの目をまっすぐ見つめる。その顔は優しく微笑んでいる。きっとあの部屋にいたルーカスも本当はこんな表情で喋っていたんだろう、とカミラはぼんやり思った。
「だから、あまり気張るな。…君の凄さは、僕が保証する。」
「…へっ、相変わらず臭ぇこと言いやがる。」
思わず、口をついてそう言葉が出る。自分自身でわかっている。紛れもなく、これはただの照れ隠しだ。
「…あんがとよ。」
それだけ言い残し、カミラはエルフ達の方に合流した。
獣人族との謁見に際し、その同行に名乗りを挙げてくれた若者達。皆、集落の未来のために自らを犠牲にする覚悟でここまでついてきてくれている。
「おい、お前ら聞いてくれ!ちょっくら休憩だ!水飲んでしっかり休んでろ!周囲は見張っといてやる!」
そう大声で呼びかけると、辺りの様子を確認するために周囲に注意を向ける。
先ほどより多少気分が良い。
重苦しくのしかかってくる重圧は未だ感じる。だが
カミラはあえて軽い足取りで歩き出した。
集落を出て1週間と半日。獣人族の首都まで、片道2週間はかかる見込みである。
しかし、その半ば強引な行軍の甲斐もあってか、カミラ達一行は想定より早いペースで歩みを進めていた。
・・・
カミラ達が進む一方で、その歩んできた道のりに留まるもの達がいた。思念通話の中継役を行うエルフ達である。
思念通話の最大距離は直線で三百キロほどもある。だがそれでもこの大移動には距離が足りない。そこで3箇所の中継地を設定することで、村から最前線を歩むエルフ達まで連絡を行うことにしていた。
更に、彼らにはもう一つ役割がある。カミラ達が戻ってくる、帰りのルートの確保だ。
想定通りに行けば、カミラ達は獣人族と同盟関係を結ぶ。そしてあわよくば、兵の援助をもらうつもりである。
数が膨れ上がって帰ってくるかもしれない戦士達の野営地の確保と、安全でより早い帰還ルートの開拓。
これらの目的も兼ねて、中継地にはエルフ達だけでなく、カミラの眷属が一人ずつ配置されていた。
「…集落の方から連絡だ。村を襲っていたオーガ達は全滅した。こちら側の被害は怪我人数名。」
第一中継拠点と名付けられた、集落から三百キロほど離れた平野。そこでは、ダグラスという無骨な風体のエルフが指揮をとっている。その横には、退屈そうにその報告を聞く、鋭い目つきの男の姿があった。
護衛のために配置されているキングである。
「おー、了解。なんかあぶねー魔物がいたら報告頼むわ。」
それだけ言うと、キングはやる気が無さそうに設営されたテントの中に入ってゆく。すると突然、その背中にダグラスが言葉を投げかけた。
「___俺は、正直お前達のことを信頼していない。」




