二十六話 『火蓋』
「おい!誰もいねぇのかぁ!?」
閑静な集落に、野太い声が響き渡る。
集落の通りには、背が異様に高く、筋骨隆々な、さながら鬼のような魔物達が押し寄せていた。
「俺たちオーガ族にビビっちまったかぁ!?おい、出てこいよリュドガーさんよぉ!」
特徴的な額のツノを振りかざすように、エルフ族の集落を我が物顔で歩く彼らはオーガ族の末端構成員だ。
さりとてその実力はその辺の魔物なら相手にならないほどである。彼らの目的は、行ったきり帰ってこない仲間達の安否確認だ。
人口三百のエルフ族に対し、オーガ族の数は僅か三十名ほど。しかしステータスの差から考えれば、そこには十分過ぎるほどの戦力差があった。
エルフ族に比べ、オーガ族のステータスは近接戦闘において優位を誇るのだ。
通りを歩くオーガ達に対し、真正面から近づく1人の男の影があった。
「…我が村で、そう声を荒げないでくれるか。貴殿らには話すことはない。」
金髪の精悍なエルフがオーガ達にそう語りかける。
「お一人かあ、リュドガーさんよ…?この間、ここに来た俺らの仲間をどこにやった?」
そのエルフ_リュドガーのただならぬ気迫に押され、オーガ達の威勢が削がれる。するとオーガ族のリーダーがリュドガーにそう問いかけた。
リュドガーは、その問いに特に答えるでもなく、ただ手に持った布袋をぶん、とオーガ達に放り投げた。
それはオーガ達の僅か手前の地面に落ちる。
布の帯は緩み、中からパラパラと硬いものがこぼれ出た。オーガ族の、切り落とされた角である。それを視認した一人が悲鳴を上げた。
「こっ…これ…!あいつらの…!?」
「リュドガー!!!テメェ、覚悟はできてんだろうなぁ…!!」
一瞬にして、オーガ達のボルテージが跳ね上がる。彼らの怒号が村中響き渡り、各々が武器を構えた。
「こっちはとうにそのつもりだ__総員、構え。」
そういうや否や、通りに立ち並ぶ家屋の屋根上から、突如何人ものエルフが現れた。まるで瞬間移動でもしたかのように姿を現した彼らは、皆一様にオーガ族に対して弓を構えている。
「なっ…!こいつら一体どこから…!」
「さっきまで誰も…!?」
オーガ達の間に動揺が広がる。
リュドガーはその様子を冷静に眺めながら合図を下した。
「撃て!!」
その声を合図に、矢を番えていたエルフ達が一斉に掃射を開始する。
「う、うおおっ!弓を撃ち落とせぇ!」
「ダメだ、数が多過ぎる!!」
オーガ達は突然の急襲に、未だ混乱がおさまらない状態である。すると、その中でもリーダー格の一人が、周りを落ち着かせるように声をあげた。
「お前ら落ち着け!どうせ相手は格下のエルフだ!矢なんて大したダメージになりやしねえ!」
「お、おお、そうか!確かに!」
オーガ達に安堵の声が広がる。しかしそれも束の間、弓が直撃したオーガの1匹から悲鳴の声が上がった。
「あああっ…!痛ぇ…!んだこれ、毒…!?ガッ、アアアア!?」
見れば、矢の当たった箇所の皮膚がじゅうじゅうと溶け、大量に出血をしている。
「くそッ!!こいつら矢に毒を塗ってやがるッ!!」
「お、おい、このままじゃあ全滅だぞ!!」
「ひとまず逃げろッ!!全員散開だ!!」
統制を失ったオーガ達は、散り散りに逃げ出した。
民家の脇や、来た道を慌てて逃げ帰ってゆく。すると、そのうちの1匹のオーガが、半狂乱で駆け出した。その先には、仁王立ちでその光景を睥睨していたエルフ族首長、リュドガーがいた。
「あ、ああああ!リュドガー、死にやがれぇ!!!」
ほとんど錯乱した状態で、リュドガーに襲いかかるオーガ。するとリュドガーの横から、またしても突如として人影が現れた。
「…!?ガキ…!?まずはテメェからだ!!」
突如現れた桃色の髪の少女に、オーガは錯乱しながらも狙いを定める。
その手に握られた刃物が振り下ろされる直前。
少女は恐ろしいほどの速さで、オーガの喉元目掛け右足を振り上げた。ゴッ、と鈍い音が鳴る。
「ガッ…!?」
とてつもない衝撃で顎を蹴り飛ばされたオーガは、声も出せないまま後方に吹き飛ぶ。その後少しの間ピクピクと痙攣していたが、やがてぴたりと動きを止め、そのまま絶命した。
一連の流れを、微糖だにせず見つめていたリュドガーが、少女に声をかける。
「…かたじけない、サクラ殿。」
「別に、どうってことないですぅ。それより、後は残党処理ですぅ。」
サクラは特に何の感慨もなさそうにそう答える。
その脳内では、オーガ族の人数と逃げた方角から、集落への被害のリスクを予測していた。
村民の多くは、オーガ達が襲来したという報を受け、既に集落の中心に避難が完了している。だが、一部のエルフは逃げ遅れ、油断はできない状況だ。
「あっちの方角はアンヘルが構えてるですぅ。リュドガー殿は反対のフォローをお願いしたいですぅ。」
「承知した。それとサクラ殿。」
その指示に頷くと、リュドガーは行きしなにサクラの方を振り向いた。
「私はカミラ殿の眷属としては後輩だ。どうか、気にせず呼び捨てで呼んでくれ。…それでは。」
爽やかな笑顔でそれだけいうと、リュドガーは走り去っていった。
残されたサクラは一瞬呆気に取られたが、すぐに不機嫌そうな顔を作るとリュドガーの背中を睨みつける。
「…わたしはまだ、お前がカミラ様の眷属だって認めてねぇんですけど…!」
頬を膨らましながら文句を吐くサクラの様子を知りもせず、リュドガーは走り去って行ったのであった。
・・・
「はぁ、はぁ…くそ、ここまで逃げれば…!」
集落の脇道を抜け、争乱から逃れた1匹のオーガ。
通路の物影で息を整える彼は、ふとその奥に気配を感じ取った。
「…こんなところまで、いやがるのか。」
通路の奥から、影は少しずつその姿を表す。そこには、茶色の髪を持つ少年がいた。だがそのオーガは直感で理解していた。こんな場所で、オーガに対して少しの恐怖心もなく近づいてくる人間が、まともであるはずがないと。
「へぇ、あっしはこの辺を見張ってまして。…ま、運が悪かったってことになりますかねぇ。」
へらへらと緊迫感のない表情で、その少年はオーガの元へと歩み寄る。しかして、その右腕はまるで金属のように
硬質化しており、指先の爪は獣のように鋭く変形していた。
「動かなければ、楽に逝かせてあげられますんで。」
「…くそっ、ガキが、舐めやがって…」
オーガは、もはや抵抗する気力すらなかった。悪態をつきながらも、少年の姿を見やる。と、そこである違和感に気づいた。
「…てめーら、その耳ーーエルフじゃねえな?…一体何モンだ…!」
思えば、先ほどの毒矢にも違和感があった、とオーガは回想する。そもステータスの低いエルフの作った毒であればオーガ達に効くはずもないのだ。
「へぇ、そいつは秘密でさぁ…失礼しやす。」
オーガの疑問の声に特に応えることなく、アンヘルはオーガの胸に右手を添える。
そしてそのまま、鋭く尖った爪先で一気に心臓を貫いた。
絶叫が通路に響き渡る。同時に溢れ出た鮮血に衣服を汚しながら、アンヘルは慣れた様子で右手を抜き取り、次の獲物を探して彷徨うのだった。
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