二十三話 『予感』
「…いやいや、てっきり力を貸してくれ、とかそういう話だと思ってたが…」
俺は唖然としながら、なんとか言葉を返す。
村を案内するだとか、家に易々と通された時点で、何かしら思惑があるだろうと察してはいた。
話の流れ的に、オーガ族から独立するために力を貸してくれ、とかそんな話だと思っていたが、想定以上の話だった。そりゃ配下も呼ぶわけだ。ていうか決断が迅速すぎるだろ。
「あのぉ、お二人とも。ちょっと口を挟んじゃいますけどぉ」
すると、ふと俺の隣からそう声が聞こえた。サクラだ。ピンク色の髪が照明に照らされて光り輝いている。
「リュドガーさん達はオーガ族、ってやつから独立しようとしてるんですよねぇ。それで、私たちの傘下に降ろうとしてる。それって、私たちがオーガ族と敵対することに繋がりかねないですよねぇ?」
サクラの指摘はごもっともだ。オーガ族からすれば、謎の新興勢力が領土に突如現れ、民諸共土地を奪われたように見えるだろう。
「それとぉ…幾ら何でも、話が急すぎますぅ。」
サクラの喋りは口調こそ柔らかいが、淡々としていてどこか無機質だ。
その瞳は訝しげに細められている。
「____もう、引くに引けない事情、あるんじゃないですかぁ?」
サクラの視線が、リュドガーを真っ直ぐに射抜く。
問われたリュドガーはぴくり、と反応すると、観念したかのようにため息をついた。
「…驚いた。何とも洞察力に長けたお方だ。__まずは、疑念を与えてしまい申し訳ない。言い訳になってしまうが、それについては今から話そうと思っていた。」
どうやら、この予想外の頼み事にはそれなりの事情があるようだ。リュドガーが何やら配下に指示を出す。
すると先ほどガドラスと呼ばれていた無骨なエルフが、腰に掛けたポーチをごそごそとまさぐる。
ガドラスはそのまま、取り出した何かを机の上に置いた。
バラバラと固い音がして、小さな物体達が机の上に散らばる。
よく見れば、何かの生き物の骨のようである。リュドガーはそれを一つ手に取ると、我々に見えるように掲げた。
「__先日、村にやってきた、オーガ族達の角だ。体の方は、裏山に埋めてある。」
「……!」
驚きに言葉を失う。しかし同時に合点が行った。
どうやら、既に事は始まっているという訳だ。
「村の娘達を年貢として捧げよ、などとふざけた冗談を抜かしたものでな。」
リュドガーは、平坦な口調でそう付け加えた。
だがその表情の奥には静かな怒気が迸っている。どうやら、堪忍袋の尾が切れた様子だ。
「…ことが起きたのは3週間ほど前。オーガ族の集落から、この集落までは歩いて1週間ほど。もうそろそろ、帰ってこないこ奴らの様子を見に、別の連中が来てもおかしくないだろう。」
「なるほどな。そんな状況で、俺たちがあの崖上に現れたって訳か。」
「あぁ。崖上にいる貴殿らの様子は、昨晩のうちに見張りから聞いていた。色々話し合ったが、先ずは話を聞きに行くしかあるまい、との結論に至った。」
「それじゃさっき、もし俺らがオーガ族の手下だ、なんて言っていたら…」
今朝の問答。リュドガーは最初に、俺らがオーガ族の遣いであるかどうかを聞いていた。
「__そうであれば、貴殿らに振る舞う茶葉を少しばかり変える必要があっただろうな。まぁ、そんな物が貴殿らに効くとは到底思えんが。ハッハッハ!」
そう言うと、リュドガーは茶目っけたっぷりに笑った。
横でサクラが額に青筋を立てているのが見える。
うん、言いたい事は分かるんだけど落ち着いて。
ふと見やれば、エルフの若者達もその冗談に若干引いている様子だった。
(集落を束ねる立場ってこういうやつじゃないと務まらないんだろうか?)
この男、先ほどから垣間見える決断力といい、豪胆がすぎる。それにしても、いきなりの話に思考がまだ追いついていない。ひとまずは時間が欲しいところだ。
「…急ぎのところすまないが、回答には少し猶予を貰いたい。」
俺がそう告げると、リュドガーは当然だ、と頷いた。
「参考までに聞いときたい。オーガ族の規模っていうか、力量はどのくらいのもんだ?」
「…数で言えば。魔物の総数は、数十万はくだらないだろう。勿論、全て合わせれば、の話だが…」
「数十万…ハハ、もはや一大国家だな。」
思わずごくり、と唾を飲む。敵の勢力は想像以上に強大だ。リュドガー達の鬼気迫る様子も納得である。
一集落が相手取っていいモノではない。
「私が今まで見た中で一番力量があったのは、この南の領地一体を統治している、セズールと呼ばれるオーガだ。一度徴兵された際、間近でその戦いぶりを見たが…」
リュドガーは一息置くと、意を決したように言葉を続けた。
「単純な魔力だけで言えば、恐らく今のカミラ殿より高いだろう。言葉を選ばず言えば…もし一騎討ちをしたとして、カミラ殿が勝つ未来は、正直想像し難い。」
リュドガーのあまりにまっすぐな物言いに、ウチの眷属の何人かが殺気立つのを感じる。エルフの若者達が、それに呼応して警戒の色を強める。
「おい、やめとけお前ら。侮辱じゃねぇのは聞きゃ分かんだろ。」
俺はそれを片手で諌めると、リュドガーの言葉を噛み締めた。低階層では殆ど敵なしであった俺たちだが、やはり深層はレベルが違う。
「ちなみにそいつは、オーガ族の中でどんくらい強いんだ?」
「セズールは第三の眷属と名乗っていた。オーガ族首長、直属の眷属だ。」
(三番目の眷属で俺以上、か。こりゃ、初手でラスボスに喧嘩売るようなもんだな…)
眷属でその強さだというのだから、親玉は一体どれほど強大な力を持つのだろうか。俺たちが敵対しようとしているものの大きさが一体どれほどなのか、皆目検討もつかない。
何はともあれ、唐突に降って湧いた重すぎるお願いに対し、俺たちは悩まされることとなるのであった。
・・・
その日の晩。村では突然の来客にも関わらず、カミラ達の歓迎の宴が広場で開かれることになった。
見たことのない魚料理や上等な酒が振る舞われ、広場の脇ではハープなどの楽器を持った楽団が心地よい音楽を奏でている。
毒キノコ族には元々嗅覚も味覚もない。しかし人型に近い種族進化を重ねるにつれ、五感を擬似的に再現することが可能となる。
流れる魔力を鼻や口の部分に集中することで徐々に会得してゆく高等技術。と言ってもわざわざそれを練習する物好きは少ない。
元人間のカミラと、人間の文化に興味のあるキングだけが味覚をある程度再現していて、初めて見る料理に舌鼓を打っていた。
「おめーらも"擬似味蕾"鍛えとけよォ。折角美味ぇのに勿体無ェぜ。」
むしゃむしゃと料理を頬張りながら、キングは何とも満足そうにしている。
話しかけられたプラムとサファイアは、遠巻きに楽団の演奏を見つめていた。
「えぇ、それもまた興味深いですが…ところで、カミラ様はどうなさるおつもりなのでしょう。」
サファイアが、視線を動かさずに口だけでそう答える。その目線の先には、音楽に合わせて踊る妖艶な踊り子の姿があった。
「うーん、カミラ様一人だけならわかんないけど。…ウチらのこと、相当大事に思ってるからなぁ。」
話を振られたプラムが、あっさりとそう答える。やや自惚れた発言のように聞こえるが、他の眷属に問うても反論がない、満場一致の意見である。
「あー、この間のサファイアの件も、結局お咎めなしだもんなァ。フツーだったら、傘ごとちょん切られたって文句は言えねェ。」
キングが首に手刀を当てるジェスチャーをすると、サファイアが素知らぬ顔でそっぽを向いた。
どうやら、流石に罪悪感がある様子である。
「…いくらエルフ族数百人が配下に降ったとはいえ、相手は数十万規模の大勢力。真っ向から戦ったって勝ち目はありませんね。」
サファイアがそう言うと、キングは何やら楽しげに笑みを浮かべた。
「けどよォ、ウチのボスは知っての通り相当キレ者だ。そこにサクラ姉やルーカス隊長が加わりゃ、そりゃー面白ェことになるんじゃねェか?」
キングが、カミラ達の方向に視線を向ける。
カミラと3人の隊長達は、主役にも関わらず、気づけば宴の輪のやや外側に居た。近くにはエルフ族首長のリュドガーもいて、何やら真剣に話し込んでいる様子だ。
「アンヘル様を忘れていますよ、愚か者。」
「黙れィ馬鹿者。アンヘル兄はちょっとばかしぽやっとしてるだろォ?俺はそこが好きだけどよォ。」
言い争いになりそうなルーカスとキングに割って入るようにして、プラムが言葉を発する。
「ってか、思ったんだけど。…そもそもこういう場面でカミラ様が手を引くの、想像つかないわ。」
そう言われると、二人はしばし黙り込んだ。想像の中で、自分たちの頭領の姿を思い描く。
ここ一年程は、確かに低階層で強敵という名の強敵と遭遇することは無かった。
しかし振り返ってみれば、かつて巨大な土蜘蛛と突然の戦闘となった時、誰よりも勇んで戦いに興じていたのはカミラであった。
「あー…こりゃ、ちっとばかし覚悟を固めとく必要があるなァ。」
「…私も、少し早いですが今日はもう就寝することにします。
明日…いや、"明日以降"に備えて、ですね。」
何かを察した3人は、そう遠くない未来に起きるであろう波乱の予感に、武者震いするのであった。
そうしてその翌日。その予感は見事的中することとなるのである。




