二十二話 『魔族と天界』
集落に近づくと、ある程度整備された道が見えてきた。やや開けた通りの左右には木造りの民家が立ち並び、ポツポツと人影が立っているのが見えた。
「おお、リュドガー様がご帰還なされたぞ…!」
「後ろのあのもの達は人間か…?何と禍々しい魔力…!」
ステータスで強化された聴力が、村人、もとい村エルフたちのそんな会話を拾う。
「カミラさまぁ、あいつらなーんか怯えてるみたいっすよ。」
どうやらキングも聞いていたようで、エルフ達の様子を興味深そうに観察している。
「…なあリュドガー、俺たちの魔力って禍々しいのか?」
「気を悪くしてしまったならすまない。エルフ族は特に魔力感知が鋭くてね。」
リュドガーが申し訳なさそうに謝罪する。
そして、一呼吸おいて言葉を紡いだ。
「君たちの魔力は、人族のそれと違って何やら物々しい。触れればただでは済まない、といった気配がする。」
「まじか、全く気が付かなかった。」
気付かぬうちに警戒されてしまうのはあまり良いことではないな。物々しいっていうのは、俺たちのスキルが毒主体なのが関係してるんだろうか?
「魔力って隠せたりしないのか?」
「訓練すればある程度は隠せるようになる。森で狩りを行うときには必須の技だ。」
そう言いながら、リュドガーはある家の前で歩みを止めた。他の家より一回り大きく、屋根の衣裳も立派だ。石で基礎を固めてあり、中世風の家屋といった印象を受ける。
「どれ、着いたぞ。ここが私の家だ。狭いが、まぁくつろいで行ってくれ。」
・・・
「あ、お父さん!おかえ…ヒッ!!」
玄関をくぐると、居間の奥から幼い子供がパタパタと走ってくる。リュドガーに気付き駆け寄ったが、俺たちの顔を見るや否や表情を曇らせる。
(まじか…そんなにアレな魔力してんのか、俺達)
内心ショックを受ける。幼い子供のエルフは今にも泣きそうな顔で立ち尽くしている。
罪悪感がすごい。
慌ててリュドガーが宥めると、少し向こうに行ってなさいと通路の奥の部屋に送り返した。
そのまま客間に通される。ゾロゾロと7人で入ると、客間には立派な長机と椅子が並んでいた。
「普段は村の会議をする場所だ。適当に座ってくつろいでいてくれ。」
客間のスペースは広く、椅子は二十脚ほど並んでいる。
というか、どう考えても外観より広いスペースがある気がする。
拡張魔法で空間を広げているのだろうか。
そんなことを考えているうちに、リュドガーがお茶の乗った盆を持って現れた。ほんとに、何というか呆れるほど律儀なやつだ。使用人とかいないのだろうか。
「森で取れる薬草を煮詰めた物だ。」
基本的に、毒キノコたる俺たちに一服盛るのは不可能と言っていい。
特に心配することはないか、と思っていると、アンヘルが最初に茶に手をつけた。陶器のカップを持ち上げると一啜りし、ほう、と一息つく。
「これはなかなか、味わい深い。上では見ない薬草ですなぁ。」
薬草採集を任せているアンヘルとしては興味深かったのだろう。感嘆したようにそう言葉を溢す。茶髪の少年が、見た目にそぐわず年寄りくさい喋り方ををしているが、リュドガーは特に気にする様子もない。長寿の種族だとその辺は曖昧になるのだろうか。
「味わってくれたようで何よりだ。…それで、"上"というのは、貴殿らはやはり…」
「…あぁ。お察しの通りだ。俺たちは長い長い階段を降って、この世界の上からやってきた。」
リュドガーも何となく予想はしていたようだ。俺がそう答えると予想していたかのようにふむ、と頷いた。
「貴殿らが元いた場所を、我らは総じて天界と呼ぶ。この世界の上には暗い"地の世界"が広がり、そのさらに上には無限に続く"空の世界"が広がっている、と御伽噺で聞かされて育つ。」
地の世界がダンジョンの低階層のことで、空の世界が地上、と見て間違いないだろう。
「貴殿らがきたであろう階段からは、時折人間の冒険者達が降りてくる。だが、彼らの多くはあっけなく命を散らす。」
「それは…環境のせいか?それとも、魔物に襲われて?」
「環境的な要因は少ないだろうな。魔物…というのも、貴殿らが想像している魔物とは訳が違う。知能も高く、会話ができる。そうした魔物を魔族と呼ぶ。」
リュドガーは茶を一口啜ると、神妙な面持ちで話を続けた。
「今、この世界の魔族は大きく3つに分かれ、覇を競っている。オーガ族、獣頭族、龍人族。どの種族も強大な力を持ち、人間達の力ではひとたまりもない。
我々はその中の、オーガ族の傘下だ。」
「魔族達が争い合う理由は?」
「天界に行くためだ。」
リュドガーは言葉を続ける。
「ここで生まれた魔物達はあの階段を登ることができん。登るためにはただ一つ。この地下世界をすべた最初の魔族に、創造神が加護を与え、その時初めて我らは天界に足を踏み入れることができる…などと、まあこれも御伽噺ではあるが。」
2年前ルーカスに聞いたのと、同じような話だ。実際カミラも浅層から外の世界に出ようと試みたことは何回かあったが、断念している。
物理的な結界があるわけではないが、迷宮の入り口に一定以上近づくと体の自由が効かなくなるのだ。
この迷宮に生まれた魔物は皆そうプログラムされているのだろう。
「なるほど。大体分かった。…んで、こっからが本題だよな。」
俺は改めてリュドガーの方に居直る。
ここまででなんとなく、深層の情勢は分かった。この集落の状況にも、なんとなく察するところがある。
この集落には活気がない。その住民達にもだ。
「来る道で見た家々はボロボロに荒れ果てていた。家屋の割には住人の気配も少ない。…オーガ族ってのが関係してるのか?」
「…ご明察だ。奴らが課す年貢や、争いのたび起こる徴兵で、この集落は荒れ果てている。挙げ句の果て、大人が足りなければ女子供まで差し出せと言われる始末だ。」
リュドガーは悔しげに表情を歪ませた。
その目の奥には、強く固い意志を感じる。
「私は今三百歳だ。だが、それでもエルフ族の中ではまだまだ若い。…父上や、村の兄貴分達は、皆戦争で帰らぬ人となった。」
なるほど。見た目は二十代にしか見えないが、やはりかなりの長寿なのか。リュドガーから感じる洗練された雰囲気はその年の功が成すものだったのだろう。
「この集落を代表する身として、私にはその命運を決定する責務がある。村の若い者を集め、以前からこっそりと機をうかがっていた。」
「機、ってのはつまり…」
「あぁ。このまま食いつぶされる前に___オーガ族に、反乱を起こす。」
リュドガーは、特に躊躇うこともなくそう言い放った。冗談を言っている雰囲気ではない。
「このだだっ広い世界を牛耳る三大勢力の一角に、か。…一応聞くが、勝算は?」
そう聞くと、リュドガーは困ったように苦笑いした。
「…あれば、もっと以前に反乱している。…だが、このまま何もせず消えていくのでは、先祖に申し訳が立たん。」
「…恐縮ですが。会ったばかりの我々に、なぜそこまで内情を…?」
恐る恐る、といったようにルーカスが声を上げる。
「貴殿らがどこの軍門に降る気も無いのは、その眼を見れば分かる。さすれば…あぁ、暫し待て。」
家の入り口の方に数名の気配がする。鋭い敵意は感じない。
「失礼。村の若い者たちだ。先ほど思念を飛ばして呼んでおいた。既に話も通してある。席に座らせてもいいだろうか?」
断る理由もなく、俺は頷く。
それと、一つ気になるワードがあった。
(思念を飛ばした、か。何かしらのスキルか?)
エルフに特有のスキルだろうか。興味深いが、今は聞くタイミングではないと感じ口を閉じる。後で教えてもらおう。
「おい、上がっていいぞ。」
リュドガーがそう呼びかけると、若くて丈夫そうな体つきのエルフたちがぞろぞろと客間に入ってくる。
5名ほどのエルフが俺らと向かい合うように席についた。
どのエルフも緊張や警戒心が顔に出ている。
言わずもがな、俺たちの魔力が原因だろう。
「ふむ。すまない、普段は気のいい奴らだが、少々内気なところがある。」
そうリュドガーが茶化すと、エルフたちが不服そうに首長を見つめる。
「いや、しかしですねお頭、いきなりこんな突飛な話を聞かされたら我々だって…」
リュドガーの隣に座ったエルフがそう反論する。
小麦色の健康的な肌で、鍛えているのが分かるどっしりとした体つきをしている。華奢な体つきのエルフが多い中でその風貌はかなり異質だ。
「まあそういうなガドラス。元々無茶なことをやろうというのだ。突飛の百や二百を起こさねば、道理は通らぬ。」
リュドガーは、ガドラスというらしいそのエルフを宥めると、改めてこちらに向き直った。
「ここにいる若い衆は、集落に残った数少ない動ける者たちだ。今は私と彼らが先頭だって、集落全体を率いている。」
そういうと、紹介されたエルフたちが恐る恐るといった様子でこちらに頭を下げる。
「ああ、どうも。俺がこいつらの頭をやってる、カミラってもんだ。」
俺が口を開くと、エルフたちの間に明らかに動揺が広がった。
「こんな幼い少女が…?」
「…馬鹿、あの魔力を感じねーのか。あれは仮の姿だろ。」
ヒソヒソとそんな声が聞こえる。うん、まぁ当然の反応か。だが魔力が感知されてる分、必要以上に舐められなくて済むな。
アーケロンにいた時は舐められている方が都合がいいこともあったが、戦乱の世である深層ではそうもいかないだろう。
「必要な者は揃った。改めて、ここからが本題だ。」
リュドガーがざわついた場の空気を切り替えるように、そう言葉を発した。しん、と客間が静まり返る。
「集落を代表する長として、貴殿らに頼みがある。
__我ら一同、本日より貴殿の傘下に就かせていただきたい。集落の新しき首長として、その強大な御力で我らを導いてはくれないか。」
「……はい?」
一瞬、言葉の理解が遅れる。
リュドガーの口から発せられたのは、なるほど確かに配下の反応も納得の、予想外の頼みだった。




