二十話 『第一村人』
「ミリアさまぁ、なんか上の方が暗くなってるですぅ…」
「驚いた…"夜"まであるのか。」
俺は深層の上空を眺めながらそう呟いた。
「うおっ、なあプラム!あれ、ホシってヤツじゃねーか!?」
キングが、暗くなっていく上空に煌く何かを見つけたようだ。
興奮した様子でその光を指さすと、隣にいたプラムに声をかける。
話しかけられたプラムも、返事こそしないもののその光景に感じるものがあるようで、じっと空を眺めていた。
「深層がこんな世界だとはな。とりあえずアンヘルに調査に行ってもらってるが…」
アンヘルは副長のサファイアと共に周辺の探索に出ていた。問題児もとい変態のサファイアは、気が良くいい意味で適当なアンヘルと相性がいい。
というか、アンヘルの基につけたからあそこまで自由に育ったのだろうか、とカミラはふと思いついた。
そんな益体のないことをぼんやり考えながら、空を見つめる。夜になり、気温が下がったのかひんやりとした風が心地いい。
草原の奥には鬱蒼と茂る森が広がっている。
また右手には大きな崖があり、そこから更にひらけた世界が広がっている。
地平は広く、全体をぐるりと囲うように迷宮の岩壁が広がっているが、その奥は霧がかっており、一体どれほど広い空間になっているか見当もつかない。
まるで本当の地上のようだ。
ずっと薄暗い洞窟の地下に居たからか、何となく体の力が抜けているのを感じる。
(噂に聞いていた深層とはえらい違いだ)
そのままくつろいでアンヘルの帰りを待っていると、茂みの向こうからガサガサと音が聞こえる。
「カミラさまぁ。調査完了いたしましたぁ。」
「おーう、ご苦労。何か変わったことは?」
「向こうの森の奥はどこまでも続いている様子で、えぇ、何匹か魔獣の気配もしました。ナワバリがあるみたいだったんでそんなに近づいてはいませんが…」
そこまで言うと、アンヘルは言葉を一区切りする。
「それと、右の崖を下った向こうで面白えもんが見えました。」
「面白いもの?」
「へぇ、おそらくですが…あれは集落ですなあ。何の種族かまでは分かりませんが、あたりが暗くなって、火をおこしているのが見えました。」
・・・
崖の先には、確かにアンヘルの言う通り焚き火の火が上がっていた。ステータス上昇により強化された視力で目を凝らす。
焚き火の周辺はある程度ひらけており、木製の民家がそれを囲むように並んでいた。
カミラは遠目に映るそれらの風景を眺めながら、今後の動きを考えていた。
「ルーカス、あれは人間の集落だと思うか?」
「深層の魔物は知性が高く会話も成立するものが多いと聞くし…一概に人間のものと決めつけはできないかな。」
「だよなぁ。」
すると、話を聞いていたサクラが口を開いた。
「どうせお互い魔物なら、殺しあうようにできてるはずですぅ。であれば、先手必勝、的な?」
カミラはそう聞くとふむ、と考える。
一見して血の気の多い作戦に聞こえる。だが油断をすれば命を奪われるこの環境では、そうした考えが有効な場面もあるだろう。
カミラは熟考のうえ、判断を下す。
「うん。その考えも一理ある。でもそれは、知性が低い魔物の場合だ。上層の魔物と違って、あいつらは話せばわかるヤツかもしれない。それに…」
「深層の勢力図がわからない今、迂闊に手を出すのは危険。で、合ってるかな?」
横でルーカスが合いの手を入れる。
俺はそれに頷くと、最終決断を下すことにした。
「ここで暮らしていけるってことはそれなりにステータスも高い奴らだろう。
こそこそやって怪しまれるより、正面から堂々と、お喋りしに行こうや。」
俺はそう言うと、いったん元の野営地に戻るよう指示した。今日アクションを起こさなかったのは、夜なのもあるが、本音を言えば単純に疲れているからだ。わざわざ顔には出さないだろうが、眷属達もそれは同じだろう。
キノコに筋肉疲労はないが、MPの消耗や精神的な疲労は存在する。
「出発は明日の朝。それでいいか?」
眷属達の知性が高まって以降、俺は定期的に彼らに賛否を問うことにしていた。
彼らは既に俺の分身としてではなく、一個体としての自我が芽生えている。
仲間として彼らを尊重するためにも、意見があるときは忌憚なく述べるように、と俺は眷属達に指示していた。
俺の問いかけに、特に不満はなく、眷属達は肯定の反応を示す。
野営地に戻った俺たちは交代制で見張り番を決めると、各々地面に寝転がり休息を取ることにした。
俺は仰向けに寝転がると、いつぶりかの星空を眺めながら、ゆっくりと瞼を閉じるのだった。
・・・
「…さま。カミラさまぁ。」
朧げな視界の中心に、ぼやぼやと何かが映る。
灰色の塊に見えたそれは、よく見れば幼い少年の頭部だ。
だんだんと思考が鮮明になってくる。
俺の体を、アンヘルがユサユサと揺らしていた。
どうやら相当ぐっすりと寝ていたようだ。ぼうっとする頭の中を振り払うようにして、何とか体を起こす。
「おお…おはようアンヘル。もう朝か…?」
「へえ、ちっとばかし早いですが…カミラさま、向こうに客人でさぁ。」
「客…?」
こんな深層に、知り合いがいただろうか。寝起きでまだ頭がうまく回っていない。
「昨日の、集落の連中でさぁ。何でも、エルフ族だとか名乗ってまして。」
「エルフ…エルフって、あのエルフか?」
耳と手足が長くて、弓とか使う、あの?
俺は慌てて起きると、周囲を見渡した。周りの眷属達は既に起きていて、何やらざわざわと一方に視線を向けている。
その視線を辿れば、そこにはアンヘルの言っている客人の姿があった。
「あなたが、首長であるか。」
整然とした声がそう告げる。
声を発した主は、声色に負けぬ精悍な顔つきをしていた。凛々しい眉と目元を持つ、美しい金髪の青年が、そこに立っていた。その耳元は横に長い特徴的な形をしており、背には弓を背負っている。
「私は崖下の集落に住んでいる、エルフ族の者だ。…相当な魔力量とお見受けする。貴殿達は、オーガ族の遣いであるか?」
突然の問いに困惑する。オーガ族?俺はたしかに、言うなればこいつらの首長ではあるが。いや、そんなことより…
「耳と手足が長くて、弓とか使う、あのエルフだ…」
寝起き一発目で、ファンタジーの代表格を目にした俺は、問いかけに答えるでもなく、ただ間抜けな感想を溢したのであった。




