十四話 『土蜘蛛戦②』
土蜘蛛は俺たちの姿を認識すると、その口元から大量の糸を吐き出した。
「うお、蜘蛛糸か!ルーカス!」
咄嗟にルーカスに呼びかけると、指示を出すまでもなくスキルを発動する体制だった。
それに合わせるように、俺も腹に力を込める。
「王水…!」
「酸毒雨!」
俺とルーカス、二人の声が洞窟に響き、二筋の毒が蜘蛛糸にぶつかる。
カミラ達の頭上を覆うように広がったそれは溶解性の毒によって空中でたちまち溶け去った。
「ハッ!蓋を開けてみりゃあただのデケェ蜘蛛じゃねえか!」
嘲るように笑う。土蜘蛛は自分の蜘蛛糸が溶かされたことに驚いた様子で、こちらの様子を伺っている。
そこに、全身を完全に硬質化したアンヘルが突撃する。
アンヘルはギザギザと鋭利な傘を振り翳し、渾身のヘッドバットを繰り出した。
ガキィン、とまるで金属同士がぶつかり合ったような音がする。
見れば土蜘蛛の足には傷ひとつついていない。どうやら相当硬いようだ。
土蜘蛛が大きな足でアンヘルを振り払う。吹っ飛ばされたアンヘルが、こちらにすっ飛んでくる。
それを副長のサファイアが、慌ててキャッチしようと落下地点に向かう。
ギャリギャリギャリ!!!
なんとか落下地点に間に合ったサファイアの胴に、アンヘルの鋭利な傘が襲いかかる。
腹にアンヘルの傘が突き刺さり、表面がやや抉れると、サファイアは痛みに震えている。が、何やら隊長を受け止められたことが誇らしげでもあった。
「おい何してんだバカコンビ!」
思わずそう叱責する。アンヘルなんてほっといても怪我しないだろうに。
ウチの副長は馬鹿が多いのだろうか。
というか、よく見たらアンヘルも若干引いているのか、困惑した様子でサファイアを見つめていた。
隊長の指示ではなかったらしい。早急にサファイアの知性を強化する必要があるな。
「しかし、なかなか硬いな…ルーカスの王水がかかっても大して効いた様子はないし。」
先ほどルーカスの放った王水の一部が土蜘蛛の足に被弾していたが、大してダメージを喰らう様子もなかった。どうやらステータスに相当差があるようだ。
「うーん…サクラ、何か策はあるか?」
こういうとき、なんだかんだで一番機転が効くのがサクラだ。俺は何か突破口が無いか、サクラに振ることにした。
するとサクラは少し考える仕草をした後、閃いたようにぴょんと飛びはね、乗っかっていたプラムの傘から飛び降りた。
そのままプラムの方を見やると、何やら察したように頷いている。
この二人は他と違って連携が上手なイメージがある。プラムと相性がいいのだろうか。やはり表面上のステータスだけでは読み取りきれない能力があるな、とカミラは改めて感じた。
するとサクラが今度は俺の方を向く。
「カラダ、カタイ。ケド、目玉ナラ、ヤワラカイ。デカイシ、ツブシヤスイ。」
あらまあ、この子はなんともまあ。賢いというか、残酷というか。
「お…おお。確かにな。しかし、近づかないことには始まらないよな。突っ込んでく途中で蜘蛛糸吐かれたら捕まっちまう。」
サクラはこくり、と頷く。
「ダカラ、ミンナ、エンゴシテ。」
それだけ言うと、サクラはひょい、とプラムの傘の上に飛び乗った。
するとそのまま、プラムは土蜘蛛に向かって走り出した。
「お、おい…!?」
他の毒キノコに比べ、プラムはやや背が高く、足も長い。その分素早いスピードで、どんどんと土蜘蛛に近寄っていく。だが、その動きは恐ろしいほど一直線だ。
俺が困惑していると、ルーカスが横で合点が言ったように頷いた。
「援護…なるほど!カミラ、プラムは囮だ!僕らはサクラの道を切り開くんだ!」
ルーカスはそういい、プラムの後を追うように走り出した。
その後を慌てて俺もついていく。
「おいおい、お前らちょっと優秀すぎるぞ!?」
この中で一番ステータスが高いのは俺なのに、まだ大して役に立っていない。アンヘルはともかく、サクラとルーカスはかなり頼もしい動きを見せてくれている。
すると、前を走っていたプラムに向かって土蜘蛛の糸が噴射される。だが、プラムはお構いなしだ。
まっすぐ突っ込み、糸に捕まる寸前で、地面を踏み締め大きくジャンプした。
すると傘の上に乗っかっていたサクラがぴょんとジャンプし、土蜘蛛の糸を掻い潜る。プラムはそのまま糸に絡め取られたが、サクラは勢いのまま着地すると、さらに土蜘蛛に肉薄してゆく。
土蜘蛛が本能的に危険を察知したのか、更に蜘蛛糸を吐き出そうと口を開いた。
そしてその顔面に向かって、サクラが大きくジャンプした瞬間、三度土蜘蛛の口から糸が吐き出される。
「今だ!」
今度はルーカスの合図で、後ろを追っていた俺とルーカスはスキルを発動させた。
「王水!」
「毒酸雨!」
サクラを絡め取ろうと迫る蜘蛛糸に対し、混じり合った毒の雨がぶつかる。サクラの眼前には蜘蛛糸の代わりに毒液の膜が広がった。
「テヤーー!」
やや間抜けな掛け声とともに、サクラの渾身のキックが繰り出される。
その右足が毒液の膜を突き破る。足先には混ざり合った毒液が絡みつき、その勢いのまま、土蜘蛛の眼球にサクラ渾身のキックがお見舞いされた。
足先が土蜘蛛の眼球に触れ、じゅっ…と何かが溶けた音がする。
次の瞬間、バン、と土蜘蛛の一番右の目が弾け飛んだ。
体液がそこらじゅうに飛び散り、土蜘蛛が痛みに体を振り回す。
その動きで、眼球の窪みに収まっていたサクラは吹き飛ばされ、俺らの後方にぼすっ、と不時着する。
「アトハ…オネガイ」
流石に疲弊した様子のサクラに後を託される。その右足は俺とルーカスの毒液で多少なりとも損傷している様子だ。
「良い根性だったぜ、サクラ。あとは休んでてくれ。」
流石に大金星だ。ふと後ろを見やると、先ほど吹き飛ばされたアンヘルが駆けつけていた。
「ようし、アンヘル。こっちにおいで…しっかり捕まってろよ。」
俺は言われるがまま近づいてきたアンヘルを両手で抱き抱えると__頭上に担ぎあげ、そのまま走り出した。
アンヘルも何も言わず、俺を信頼して体を預けている。
眼球を破壊され飛び散った体液が、他の眼球にも付着している。土蜘蛛の右手側には既に十分な死角が生まれていた。今ならば、俺でも隙をついて土蜘蛛に接近することができる。
(狙うは一点…!)
標的は、サクラが先ほど切り開いた、土蜘蛛の眼球のあった空洞。
未だ身悶えしている土蜘蛛目掛け、俺は大きく飛び跳ねた。両腕で掲げたアンヘルを、ハンマーのように振り上げる。
「喰らえ!!!」
ぽっかりと空いた土蜘蛛の眼球、その空洞にアンヘルの傘が突き刺さる。
「ギイイイイイイイ!!!!!!」
土蜘蛛の、地響きのような鳴き声が洞窟いっぱいに広がった。
やはり他の部位に比べ、眼球の内側は柔らかかったようだ。
土蜘蛛が大きく首を振り、俺は体ごと吹き飛ばされる。だが、未だその眼球にはアンヘルの傘が深々と突き刺さっている。
「とどめだ…アンヘル、鋼の胞子!!!」
俺の呼びかけに答え、アンヘルの傘がこぉ、と魔力を灯し発光する。
次の瞬間、鋭利に尖ったその傘の先端から、手榴弾のように鋼鉄の胞子が弾けとび__土蜘蛛の脳天を、ぼん、と内側から吹き飛ばした。
「グギィッ!!!」
最後に一際大きな鳴き声を上げ、土蜘蛛の体ががくん、と項垂れる。力を失ったその足先はふにゃりとまがり、巨大な図体がずずぅん、と音を立て洞窟の床に倒れ伏した。
その衝撃に、大きな土煙が上がる。
やがて視界が少しずつ晴れると、そこにはぴくりとも動かない土蜘蛛の姿と、その頭部に未だ突き刺さったままのアンヘルの姿があった。
「よおぉーーし!」
俺が勝利の雄叫びを上げると、眷属たちもわっと歓声をあげた。
キングは土蜘蛛の亡骸の前で渾身のタップダンスを披露している。サファイアはアンヘルの方に近寄っていったかと思うと、その周辺に転がる鋼の奉仕に興味を示し、幾つか拾って自分の体につんつんと当てがっている。
…分かった、あいつ多分痛みがご褒美のタイプだ。最悪な野郎を副長につけてしまった、ごめんアンヘル。
「…ルーカス、お疲れ様。すまんが、糸に囚われてるプラムを助けに行ってやってくれ。あとアンヘルも。」
サクラの囮となったプラムは、未だ土蜘蛛の糸から抜け出せずもがいていた。
「承知した。…しかし、かなりの大物だったね。」
「あぁ。こりゃ大金星だ。」
恐らくだが、土蜘蛛のステータスは相当高かった。通常の物理攻撃じゃ歯が立たなかっただろうし、レベルは60くらいあったんじゃ無いだろうか。
「それと、一つ興味深いことが。本来のステータス差じゃ、精々君の攻撃以外は土蜘蛛に効かないはずだ。だが最後、アンヘルのスキルは土蜘蛛に有効だった。」
「…そう言われりゃそうだな。」
何も考えずに命令してたが、鋼の胞子が土蜘蛛に効果がない可能性もあったのか。やべ、気づいてなかった。
「あくまで予測だが、僕たちが君の眷属であることが関係しているんじゃないかな。マスターである君からの恩恵で、僕らは本来ならダメージが通らないような敵とも戦えるようになる、とか。」
なるほど。ある程度筋の通った仮説に思える。
眷属との間にはどうしてもレベル差が生じる。だからといって、今回のように強敵との戦いで眷属の攻撃が一切通じないようであれば、そもそも眷属がいる意味がなくなってしまうからだ。
「ダンジョンのシステムの一つなのかも知れねぇな。…ま、んなことより!ひとまずはこの勝利を祝おうぜ!」
後ろで疲れてぼーっとしているサクラにも声をかけてやる。
「サクラ!右足は平気か?」
サクラは地面に五体を投げ出し天井を見つめていたが、俺の声に反応するとぴょんと体を起こし、無言でポーズを決めた。
ほんとに、このテンション感であの作戦を考え出すのはなんだか不思議なもんだ。
今回は随分眷属たちに助けられたな、とカミラはしみじみ感じていた。
[レベルアップ!]
すると、聞き慣れた通知音が頭に鳴り響いた。
「お、来た来た。」
そこからしばらくの間、眷属の分も含め、総勢6人分の通知音が俺の頭の中に流れ続けることとなるのであった。
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